シリア内戦を仲裁する露イラン
https://tanakanews.com/150904syria.htm
7月にイランと米国など(米露中英仏独)が調印した、対イラン制裁を解除する協約(合意文)について、米議会(上院)が反対しきれないことが確定的になった。
上院では、共和党のほぼ全議員と民主党の一部議員が、イスラエルの強い圧力の言いなりになってイラン制裁の解除に反対している。
上院は、大統領府(ホワイトハウス)がイランと締結した協約を拒否できる新法を作り、9月中旬に協約の可否を決議する。
議会が協約の破棄を決議しても、オバマは拒否権を発動して破棄を無効にできるが、議会の上下院の両方で、決議が3分の2以上の圧倒的多数だった場合、オバマは拒否権を発動できない。
議席数100人の上院では、67人以上の議員がイランとの協約に反対なら、オバマは拒否権を発動できず、米国は協約に調印しなかったのと同じになる。
9月2日、民主党のミクルスキ上院議員がイラン協約への賛成を表明し、賛成派が上院の3分の1を上回る34人になった。
反対派が66人以下となることが確定し、米議会がイランとの協約を廃棄できないことが確実になった。
これは外交面のオバマの勝利、イスラエルと米共和党の敗北とみなされている。
イラン制裁は来年初めまでに段階的にすべて解除されていき、米国を含む世界の企業がイランとの間で投資や貿易ができるようになる。
1979年のイスラム革命以来、米国と敵対関係だったイランの首都テヘランには、旧米国大使館などいくつもの建物に、米国を非難する巨大な壁画や宣伝文が掲げられてきた。
テヘランでは今、反米的な壁画や宣伝文を消す作業が行われている。
イランの制裁解除や国際社会への復帰が正式に決まるとともに、シリアの内戦の解決や、ISIS(イスラム国)退治の主導役をイランが担う準備が進んでいる。
米政界ではいまだにイラン敵視が強いが、欧州ではドイツのメルケル首相が8月31日、イランがシリア内戦の停戦交渉で大きな役割を果たすことを歓迎すると表明した。
ドイツは歴史的にイランとの関係が深いが、これまで米国やイスラエルからの圧力もあり、米国と横並びでイランを敵視せざるを得なかった。
今回メルケルは、イランがイスラエルを敵視しているのは受け入れられない、とイスラエルへのお追従(実はイスラエルの方がイランを敵視しているのに歪曲)の言葉をはさみつつ、中東政治におけるイランの台頭を歓迎した。
イランは、単独でシリア内戦の解決を主導するわけでない。
ロシアと協力して主導する。
ロシアの方が、シリア問題の解決で国際政界の前面に出る主導役だ。
イランは、
アサド政権(シリア政府軍)、
シリア軍を支援するレバノンの民兵ヒズボラ、
ISISと戦うイラクのシーア派民兵団と政府軍、
イラクやシリアのクルド人民兵団といった、
ISISやアルカイダと戦うシリアとイラクの現場の武装勢力のほぼすべてを傘下に入れているので、
内戦終結の主導役として期待されている。
ロシアもイランもアサド政権を支援しており、アサド政権が軍事的に潰されるかたちでの解決はあり得なくなった(事態が安定した後、選挙でアサドが負けて下野する可能性はある)。
イランは、ISISやアルカイダと戦うシリアの大半の武装勢力を支援しているが、それらは地上軍戦力であり、空軍の面で支援が少ない。
ISISは最近、砂漠を進軍し、アサド政権の本拠地がある首都ダマスカスの郊外を攻略し、ダマスカスがISISの砲撃を受け、アサド政権は危機に瀕している。
この問題を解決するため最近、ロシアが初めて空軍の顧問団をダマスカスに派遣した。
ロシアは07年に6機のミグ戦闘機をシリアに売る契約をしていたが、その後の内戦でロシアが販売を棚上げしていた。
今回ロシアは棚上げを解除してミグをシリアに引き渡し、露空軍顧問団の支援のもと、シリア軍がISISへの空爆を強めている。
ロシアは今回初めて、シリア軍にロシアの軍事衛星が撮った映像を配給するようになった。
これにより、シリア軍はISISやアルカイダの動きを正確に把握できるようになった。
これまで米軍は、アサド政権を潰す作戦の一環として、シリアの「穏健派反政府武装組織」に、米軍の人工衛星が撮った映像をリアルタイムに配給していた。
「穏健派」と称される武装勢力はISISやアルカイダと密接な関係にあり、彼らは米軍のリアルタイムな衛星画像によってシリア軍の動きを正確に把握して回避・反撃してきた。
これがISISの強さの秘訣の一つだった。
今回、ロシアが対抗的にシリア軍にリアルタイムな衛星画像を配給したことは、今後の戦況を転換しうる。
ロシアは、米政府の了承を得たうえで、シリア軍に衛星画像を供給している。
米軍がISISを支援(創設)してきたことについて、私は何度か記事にしてきたが、これまで米当局はそれを認めていなかった。
だが最近、米軍の諜報機関(DIA)の元長官であるマイケル・フリン(Michael Flynn)が、
米軍はアサド政権を倒すため、意図的にISISが強くなっていくように仕向けたと発言し、
それを裏付けるDIAの2012年の報告書も同時期に機密解除された。
米軍がISISを支援したことは、もはや無根拠な陰謀論でなく、米軍の元高官が批判的に語る「事実」だ。
米軍は、ISISやアルカイダに衛星画像を供給してきただけでなく、ISISやアルカイダがシリア軍に空爆されないよう、シリアの北隣のトルコに迎撃ミサイル(パトリオット)を配備していた。
NATO加盟国であるトルコには、シリアやイランから飛んできたミサイルなどを迎撃する名目で、米国とドイツなどがパトリオットを配備していたが、それらはシリア国内を飛行するシリア軍の戦闘機を撃ち落とすこともできた。
トルコのシリア国境沿いにパトリオットが配備されていたため、シリアの空軍機はトルコとの国境から数十キロ以内の地域を飛ぶことができず、この地域はアルカイダやISISの巣窟になっていた。
アサド政権を敵視するトルコは、国境越しにアルカイダやISISに武器や物資を支援してきた。
8月中旬、米国とドイツの政府は、トルコに配備したパトリオットを来年初めまでに撤去すると相次いで発表した。
撤去の表向きの理由は、トルコ軍の防空力が向上して米独がミサイルを配備する必要がなくなった、というものだ。
本当の理由はそんなものでなく、昨年来、本気でISISを退治する策を続けるオバマ政権が、
ISISをこっそり支援してきた米軍をおしのけ、
ロシアやイランに頼みつつISIS退治を本格化する一環として、
シリア空軍がトルコ国境沿いの自国領を自由に飛んでISISを空爆できるようにしたのが、
パトリオット撤去の本質だろう。
露イランは、すでに述べた軍事支援によって、シリアでアサド政府軍の優勢を形成し、並行してISISとアルカイダ以外のシリアの反政府勢力(いわゆる穏健派)とアサド政権の代表を集めてモスクワで会議を開き、和解させようとしている。
穏健派の反政府勢力はクルド人以外、弱い勢力ばかりだが、米欧やサウジアラビアは穏健派へのテコ入れを建前的な戦略としてきたので、ロシアはその建前につきあい、穏健派とアサド政権を和解させ、米欧が満足できる形式を作りたい。
和解が達成されたら、米欧やサウジがアサドを敵視をやめる一方、イラン傘下の武装諸勢力が主導し、ISISとアルカイダを退治する戦闘を本格化する。
退治が完了したらシリアで選挙を行い、新政権を決めるシナリオと考えられる。
露イランは、クルド人の協力を得るため、内戦後のシリアを連邦化し、クルド人に大幅な自治を与える構想のようだ。
アサド政権はそれに同意したようだが、クルド人の独立を何よりも恐れるトルコが反対し続けている。
トルコは、これまで中東で最も安定した国の一つだったが、急に不安定になり始めている。
ロシアは、このシナリオに沿って中東アラブ諸国を説得している。
すでにヨルダン国王やエジプト大統領、UAE皇太子、サウジアラビアの特使などが相次いでモスクワを訪問した。
このシナリオは米国の同意も得ているようで、ケリー国務長官が年初来何度も訪露している。
アラブ諸国の中で最近、アサドを支持し始めたのがエジプトだ。
エジプトのシシ政権は「アラブの春」で作られたムスリム同胞団の前モルシー政権をクーデターで倒して作った元軍事政権で、同胞団を仇敵とみなしている。
シリアでも、政治面でアサドを倒せる最も有力な勢力はムスリム同胞団だ。
同胞団は、20世紀初頭に国際共産主義運動を真似て作られた感じの、エジプト発祥のイスラム主義の国際運動で、アラブのすべての国々で活動している(サウジなどでは弾圧されており弱い)。
アサドの父は、80年代に同胞団を大量殺戮して弾圧したが、アサド家などシリアのエリート層は少数派であるアラウィ派イスラム教徒なので、シリア国民の7割を占めるスンニ派の間では、その後も同胞団への支持が強い。
今後、シリアで内戦が終わって選挙が行われれば、アサドの最大の政敵は同胞団になりそうだ。
エジプトとシリアの政権は、同胞団がライバルである点で利害が一致する。
2011年、アラブの春を扇動し、同胞団が独裁者ムバラク(彼も元軍人)を倒してモルシー政権を作ることを誘導したのは米国だった。
エジプトの現在のシシ政権は、同胞団を嫌ったサウジアラビアやイスラエルから支援され、モルシーをクーデターで倒して政権をとったが、米国はシシに冷淡だった。
それを見たロシアがシシに急接近し、エジプトはロシアから武器を買うようになった。
この流れで、今回シリア問題の解決を仲裁しているロシアは、プーチンがエジプトを訪問してシシにアサド支援を頼み、シシは目立たないように静かにアサドへの支援を開始している。
シシ政権が、アサド支援を静かに目立たないようにやっている理由は、将軍としてクーデターを起こしたときからシシを支援してきたサウジアラビアが、反アサドの陣営にいるからだ。
サウジは、反アサドの姿勢をとり続けているものの、ロシアのシリア内戦終結のシナリオを事実上受け入れており、以前よりアサド敵視が弱まっている。
サウジは根っからの反アサドでなく、2011年に米国がアサドを許しそうだった時にいったんアサドと和解し、その後米国が再び反アサドになるとサウジも反アサドに戻った。
中東政治に対する米国(反アサド)の影響力が低下し、対照的にロシア(親アサド)の影響力が増す中で、サウジがアサド敵視を弱めるのは不思議でない。
しかし、まだ今のところサウジは反アサド陣営にいるので、サウジから支援を受けてきたエジプトのシシは、慎重にふるまっている。
シシとアサドは同胞団敵視で、サウジ王政もこれまで同胞団を敵視していた(同胞団の窮極の目的は、サウジ王政などを倒し、アラブ諸国を同胞団の国として統一することだ)。
サウジは昨年、同胞団を「テロ組織」として指定した。
しかし最近、意外なことにサウジ王政は、アラブ諸国の同胞団の指導者たちを次々にメッカに招待し、サウジの閣僚と会談している。
7月下旬以来、チュニジア、ヨルダン、イエメンの同胞団の指導者が相次いでサウジを訪問し、パレスチナ(ガザ)の同胞団(ハマス)の外交担当責任者(Khaled Meshaal)もやってきた。
サウジが突然、同胞団との和解策に転じたことは、米欧との核協約によるイラン(シーア派)の台頭に対抗するため、スンニ派の盟主サウジが、スンニ派の同胞団と和解し、スンニ派同盟を強化したのだと解説されている。
だが私はこの見方に懐疑的だ。
サウジは最近、イラン核協約の締結や、ロシアとイランがシリア内戦の終結を仲裁する新体制の出現が不可避とみるや、イランに対する敵視を和らげる動きもしている。
私が見るところ、サウジが同胞団への敵視をやめて取り込む策に転じた理由は、イランへの対抗でなく、シリアの内戦終結への流れに合わせるためだ。
米国主導の戦争でなく、露イラン主導の和解策と選挙によってシリアの問題が解決されていきそうなのを見て、サウジは、きたるべきシリアの選挙でアサドの最大のライバルになりそうな同胞団を支援することを決め、国際組織である同胞団を構成するアラブ諸国の同胞団指導者を次々と自国に招待したというのが私の推測だ。
サウジは同胞団と和解する一方で、自国内では依然、同胞団の政治活動を禁じている。
サウジが同胞団に接近したことは、サウジがアサドを戦争で倒すことに固執するのをやめ、イランが台頭してシリアの内戦終結に力を発揮することを容認したことを示している。
サウジはエジプト(シシ)を支援しているが、同時にエジプトは反同胞団でアサドに接近し、サウジは反アサドのまま同胞団に接近するという、敵味方の関係が入り乱れて転換している。
そこに、イランを敵視するかどうか、米国とロシアのどちらをとるか、などの要素も絡んで、中東政治は複雑な様相を呈している。
米国のオバマは、ロシアのプーチンにシリア問題の解決を依頼しているが、その一方で米国は、ウクライナ危機で濡れ衣的なロシア敵視をやめていない。
9月の米NYでの国連総会にプーチンが議会の議長らを連れて10年ぶりに出席することを決めたところ、米政府は露議会議長(Valentina Matvienko)に米国への入国ビザを出すことを渋り、米国での同議長の訪問先を国連本部だけに限定するビザを出す嫌がらせをしている。
米国はプーチンを怒らせることで、プーチンが米国に頼らずに国際政治を切り盛りし、米国の覇権を崩壊させて多極型に転換したくなるよう、仕向けているように感じられる。
シリア内戦をめぐってはもう一つ、トルコやクルド人の動きが顕著だが、これについてはあらためて書くことにする。