小さい男 ナポレオン | 不思議戦隊★キンザザ

小さい男 ナポレオン

ナポレオンを観た。監督は「ブレード・ランナー」「グラディエイター」を撮ったリドリー・スコットである。「戦士、皇帝、将軍、天才、反逆者、悪魔。英雄か、暴君か」ってな予告だけで期待値を爆上げにして公開前から超楽しみにしていた一本だ。

 

初日に観賞したんですけど

 

結論から言う。劇中のナポレオンは史実である将軍と皇帝を別にすると、戦士でも天才でも反逆者でも悪魔でも英雄でも暴君でもなかった。全体的に肩透かしを食らった感じである。うーん、ナポレオンを題材にしてこれは一体どういうことであろうか。2時間半もあるのにものたりない。薄い。ナポレオン本体は濃すぎるくらい濃厚なのに。ということで、なぜ薄いと感じたのか述べてみる。

 

まずナポレオンに若さがない

 

当作品は革命でマリー・アントワネットが斬首された1793年から1821年のナポレオンの死まで、約28年間を描いている。ほぼナポレオンの半生にあたる。欧州中を駆け回って名声を轟かせまくっていた時期である。

革命政府の下でのツーロン攻囲戦から始まり、ヴァンデミエールのクーデタ、年上の未亡人ジョセフィーヌと結婚、革命後に行政府が国民公会から総裁政府へ変わりイタリア方面軍の指揮官として連戦連勝、息つく暇もなくエジプト遠征、ブリュメールのクーデタを起こして統領政府を樹立、第一執政に収まる。第二次イタリア遠征、マレンゴの戦い、アンギャン公暗殺、そして皇帝へ。

 

ダヴィッドの絵画そのまんまのシーンがありました

 

トラファルガーの海戦でボロ負け、アウステルリッツで完勝、ポーランド侵攻、スペイン侵攻、ロシア遠征で大失敗、エルバ島へ体よく追放される。が、隙を見てエルバ島を脱出、勝手にパリに戻ってきて復活、早速戦争を仕掛けるもののワーテルローの戦いで大敗。次こそマジで脱出できないセント・ヘレナ島へ流される。当地で約6年の幽閉生活を送ったのち、没した。

 

え、終わり?って感じの終わり方

 

以上が劇中の流れである。ナポレオンの生涯は振れ幅が激しすぎ波乱に満ちまくっていたのでドラマティックに描こうとすればいくらでもドラマティックを演出できる。どういった功績にスポットを当てるかでナポレオンを英雄にも悪魔にも描くことができるのだ。しかし当作品は、教科書通りにただ淡々とナポレオンの生涯を紹介するだけであった。ドラマティックさは欠片もなかった。これは一体どういう料簡であろうか。

 

ナポレオンを表現する形容はたくさんある。予告にもあったように「英雄」「悪魔」「天才」「偉人」などだ。善だろうが悪だろうが「桁外れな人物」を一言で表す形容である。そう、ナポレオンには「普通」や「尋常」といった形容は一切ないのである。というか、似合わない。怪物じみた縦横無尽な暴れっぷりで平凡さを許されなかった人物とも言える。

 

翻って本作品である。スクリーンでは淡々とナポレオンの業績が積みあがっていく。その偉業とは裏腹に、ナポレオンそのものにカリスマ性は感じない。ナポレオンを矮小化しているように見える。ナポレオンを平凡化させた原因、それが最初の妻ジョゼフィーヌとのメロドラマ的な愛憎劇にあるように思う。ジョゼフィーヌの登場がやけに多いのである。

 

ナポレオン、熟女好き説

 

上司バラスの退屈なパーティーでナポレオンはひとりの女と出会う。ローズである。このときローズはバラスの愛人であった。ローズに一目惚れしたナポレオンはローズを自分だけの呼び名「ジョゼフィーヌ」と呼ぶ。ほどなくしてふたりは結婚する。ナポレオン27歳、ジョゼフィーヌ33歳のときである。ナポレオンは戦争に明け暮れながらジョゼフィーヌのことばかり考える。

 

ジョゼフィーヌは浮気しまくり

 

遠征先でジョゼフィーヌに手紙を書き、返事を待ち、待ちくたびれて本人を呼び寄せる。留守の間に浮気を繰り返していたジョゼフィーヌを館から追い出し、仲直りし、そして子供が欲しいと訴える。ジョゼフィーヌは前夫の子供をふたり生んでいたが、ナポレオンとの間に子供は出来なかった(ジョゼフィーヌは革命時に貴族という罪で牢に入れられており、いつ死刑になるか分からないという恐怖がストレスとなって不妊を招いたものと推測)。

皇帝に君臨したナポレオンはジョゼフィーヌを皇后にしてやる。皇帝になったからには跡継ぎが必要だ。しかし子供は出来ない。焦ったナポレオンはジョゼフィーヌと離婚、オーストリア皇帝フランツ1世の長女マリー=ルイーズを次の妻に迎える。そしてやっと待望の男子を授かった(ただしナポレオン2世は21歳で逝去)。

ナポレオンとジョゼフィーヌの離縁は愛が冷めたからではない。政治的な理由に過ぎない。ナポレオンはマリー=ルイーズと再婚してからもジョゼフィーヌの元を度々訪れる。

 

夫婦というより戦友

 

生まれて間もない2世を連れてジョゼフィーヌを訪れるシーンがあった。ナポレオンは2世をジョゼフィーヌに抱かせる。自分の子供を産めなかった女に他の女が生んだ子を抱かせるなど、普通ならば言語道断である。「ふざけんな!」と追い返されるのが関の山だ。

だがジョゼフィーヌはナポレオンの苦悩を知っている。権力の頂点に立つ男の責務を知っている。そしてジョゼフィーヌとの子供を切実に望んでいたことも。公的な後継がなければナポレオンは破滅するだろう。ジョゼフィーヌはナポレオンの全てを受け入れ、全てを許した。

 

権力者の孤独

 

ジョゼフィーヌを生涯愛した男、ジョゼフィーヌからの解放を拒んだ男。今作品のナポレオンにはそんな印象が残る。そのせいで暴れっぷりが影を潜め、カリスマ性が削がれてしまったのだろうか。ナポレオンの生涯に確かにジョゼフィーヌは不可欠である。しかしジョゼフィーヌに焦点を充て過ぎたため、ナポレオンの弱さが露呈し平凡化されたということか。女のせいか。

 

それでもジョゼフィーヌはいい女

 

女に弱みを見せる男は嫌いじゃないけど、こんなナポレオンを見せられて納得いかない。英語なのも納得いかない。