THE CAPTAIN ちいさな独裁者
第二次世界大戦終戦間近の1945年初春、脱走兵のヘロルトは農家の野菜や家禽類を盗みながら逃亡していた。軍からの脱走は重罪である。見つかったら銃殺刑だ。もちろん農民たちに見つかったらお終いだ。やつらは裁判にもかけずリンチしやがるからな。
寒い辛いお腹空いた
なんの希望もなく慢性的な空腹を抱えてただ逃げることばかりを考えていたヘロルトは、路肩に止まっている一台のジープを見つけた。軍のジープだ。反射的に隠れるが、まわりには誰もいない。もしかしたら食い物があるかもしれない。ヘロルトはジープへ近寄り荷物を漁った。後部座席に空軍将校の軍服があった。誰のだ?
ちょうど良さそう!
ヘロルトは軍服を着てみた。ちょっとズボンの裾が長いけど、ちょうどいいじゃん。なかなか似合ってんじゃん。と悦に入っていると「大尉!」と誰かから呼びかけられた。
大尉!ご一緒させてください!
えっ、何っ!?誰っ?ビックリするじゃん!と後ろを振り返るとひとりの上等兵がこちらを見ている。その上等兵はまず自分の隊と名前を名乗り、隊から逸れてしまったので大尉のお供をさせてください、などと敬礼したまま言うのである。
そんなこと言ったってヘロルトは置いてあった軍服をちょっと借りただけだし、それに自分は将校どころかただの脱走兵だし、だもんだからクソ真面目そうな上等兵連れてフラフラするのも危険な気もする・・・。などと考えるヒマもなく、ヘロルトは一瞬にしてクソエラソーな態度で「では運転を任せよう」とかなんとか言って、自分は大尉らしく後部座席へふんぞり返った。
え、大尉って俺?
腹が減ると定食屋で「地方の戦争被害の調査をしている」と大ウソをこいてタダ飯にありつき、農家で暴れている兵士どもをスカウトし配下へおさめる。ヘロルトは架空の「特殊部隊H」をでっちあげ、いかにも大尉らしく振舞った。
エンコしたので部下に曳かせる
そうやってウロウロしているうち、本物の部隊と接触してしまう。相手の大尉はヘロルトの「特殊部隊H」を聞いたことがないと言って疑い、ヘロルトに軍用手帳を見せろと迫る。軍用手帳を見られたら脱走兵だということがバレる。しかしヘロルトは尊大で落ち着いた態度でその場を切り抜けた。
間一髪
そのときヘロルトのついた嘘が原因で、特殊部隊Hはこのあたりを管轄している収容所を視察することになった。そこは脱走兵と略奪者の収容所であった。略奪と脱走は現在でも重罪である。しかしナチスと言えども規律はある。裁判にかけられるまで収容されているのである。その収容所に、かつて脱走兵のヘロルトを追っていたユンカー大尉がいた。
ユンカー大尉は「俺は一度みた顔は忘れない」と豪語するが、ヘロルトには気づかなかった。勲章のついた軍服をきっちりと着こなしたヘロルトは、ユンカー大尉の知っているヘロルトではなかったからである。
軍服に惑わされる
収容所にはシュッテという過激派がいて「犯罪者に裁判など不要、いますぐ処刑すべきである」とヘロルトに訴える。ヘロルトは最初のうちこそ上に伝えるとお茶を濁すが、強固なシュッテはそんなことでは満足しない。いますぐ上に掛け合ってくれと嘆願する。無駄に熱いシュッテに辟易するヘロルトだが、まさかここで身分をバラすわけにもいかないし、かといって逃げ出すことも出来ない。偽物の自分に権限はないが、総統直々の指揮で動いているとウソついた手前、威厳はこのまま保ち続けなければならない。仕方ないので威厳を保ってそれらしき対応をしていると、どういうわけかゲシュタポから収容所の全権限を委譲されてしまった。
これでヘロルトの胸先三寸で即決裁判が出来る。あれだけ大言壮語をかましたあとだ、もう後戻りは出来ない。ここで温情を見せたら自分が危ない。ヘロルトは冷静を装って射殺を命じる。ひとりひとり射殺するのは面倒だ、もうまとめて射殺してしまえ!ということで、まず囚人に穴を掘らせた。
なかなか酷い
良い塩梅まで掘れたら囚人たちを穴の中に並ばせて対空砲で爆殺。あとは穴を埋めるだけだ。
帝国陸軍なんて弾切れしてたのに
このやり方に憤る者もいたが、ゲシュタポから権限を委譲されているヘロルト大尉を表立って非難出来るわけない。そんなことをしたら次は自分が穴の中に入ることになるかも知れないからだ。ただひとり、収容所の所長だけはあまりにも杜撰で残酷な処刑だとヘロルトに文句を言った。しかしそんなことでビビるヘロルトではない。もう手は汚してしまったのだ。ここで引いたら自分が敗ける。敗けることはすなわち死を意味する。ヘロルトは所長を一喝して場を凌ぐ。
このあと逆切れ(しないとバレるから)
収容所に滞在して何日か経ったある日、連合軍からの空爆を受ける。収容所は一瞬にして廃墟になり、主要な将校たちも巻き込まれて死んだ。これで虐殺の証拠は隠蔽された。奇跡的に助かったヘロルトは生き残った軍人を連れて収容所を放棄して街へ向かう。
不幸中の幸い?
街のホテルを指令室として占領し、ここでヘロルトのタガが一気に外れる。酒を飲み女を漁り、気に入らない人物は部下であっても理由をつけて射殺。規律も抑制もなく、誰もヘロルトを止める者はいない。ヘロルト即決裁判所などと口ではデカいことを言いながら、規律もなく抑制もなくやってることは私刑とバカ騒ぎである。部下たちに選択肢はない。共犯者になるか、それが嫌なら死しかない。
ちいさなサロン・キティ
ヘロルトたちのこういった行為は当たり前だが周辺の住人たちの目に余ったようで、ある日憲兵隊(?)の不意打ちをくらい全員逮捕された。
―略―
ただの脱走兵が、あれあれという間に大尉に化けて勝手なことして自滅する。ヘロルトは20歳に満たない少年の面影さえ残している青年である。それが大尉として間違えられたときから、後戻りはできなくなった。
そもそも大尉の服を盗んだところでそれに伴うほどの威厳を備えることが出来るのか?上手く行きすぎじゃねえか?と思うかもしれないが、詐称も収容所の虐殺もひとりの脱走兵による実話である。主犯のヴィリー・ヘロルトはそのときたった19歳の若者だった。
彼は最初から大尉に化けようとしていたのだろうか?成り行きでこうなってしまったのだろうか?なぜ囚人虐殺という勝手な行動を起こしてしまったのか?なぜホテルで派手な乱痴気騒ぎを繰り返したのか?これはタガが外れたの一言では済まされないような気がする。
お着替え直後は能天気でいられた
ワンカットだけ、ヘロルトの心情を表しているシーンがあった。それは囚人をまとめて対空砲で虐殺するとき、ヘロルトは恐ろしさのあまり耳を塞いで割れんばかりの悲鳴を上げる。彼は本当は虐殺など望んではいなかったのだ。どうしてこうなったのだろう?
外面では平気な表情、しかし内面は悲鳴を上げている
戦場を生き延びるには、怖れられることが最も有効な手段なのだ。感情を表に出してはいけない。へりくだってはいけない。気安く声を掛けられるような人物ではダメだ。これがヘロルトの武装であった。その武装は、将校は冷酷で残虐であるべきと期待する彼の部下や過激派のシュッテによって更に強化されていく。ヘロルトが武装した「大尉」という人格は、ヘロルトだけではなく、集団で作り上げられたといってもよい。ここで個人の意思は全く失われてしまっている。
多くの独裁者は独裁者になろうと思って独裁者になるわけではない。周りからの「持ち上げ」「忖度」「期待」を受けて初めて独裁者として完成するのではなかろうか。
常に振舞わなければならないドツボ
ただ、部下の中にはヘロルトの詐称に感づいた者もいる。しかし敢えて糾弾することはない。なぜならそんなことをしても何の得もないし、なによりヘロルトは空軍大尉の軍服を着ているからである。
軍服は偉大である。我々は中身より軍服に敬意を表すものだからだ。みてくれほどイメージを左右するものはない。それが宇宙一カッコいいナチスの軍服だったら尚更だ。なので大尉の軍服を身に着けたヘロルトはそれらしく振舞わなければならなかったし、そう振舞った方が部下も安心するのである。
ヘロルト即決裁判所と書きつけられたジープで現代のドイツを走るエンドロールが素晴らしい
さて今作品はカラー上映だったが、カラー上映はどうやら日本だけのようである。監督はモノクロでの上映を想定しており、実際に日本以外はモノクロ上映(一部カラー)である。それを知ったマダムは「???」と思った。
なぜ日本の配給会社はカラーを選択したのか?その理由を配給会社は公式に説明したのか?たぶん、公式な説明は出ていない。チラシにもそれらしきことは書いてなかった。モノクロとカラーではずいぶんイメージが違うのではないか?監督がモノクロを想定しているのであれば、モノクロで上映するべきではないのか?そこのところが引っかかり、さらに後味の悪い作品となった。
ついでに「ちいさな独裁者」という邦題も全然合ってないと思う。原題は「Der Hauptmann」、英語で「THE CAPTAIN」である。キャプテン、大尉でいいのかな?それがなぜ「ちいさな独裁者」になるのか理解に苦しむ。「ちいさな」という形容動詞のイメージと重い内容が乖離し過ぎている。なので作品のシリアスさを矮小化しているように感じる。わざとか?
カラー上映といい邦題といい、内容とは関係ないところで問題が際立った作品であった。もったいない。
↓↓↓こちらの記事もどうぞ↓↓↓