**推手(すいしゅ)**は、太極拳の重要な練習法の一つであり、二人一組で行う対人練習です。推手は、相手との接触を通じて力の流れや方向を感じ取り、相手の力をいなしつつ自分のバランスを保ち、相手のバランスを崩す技術を養います。この練習法は、太極拳の理論である「柔よく剛を制す」を実践する場であり、武術としての太極拳の実戦的な側面を体得するために欠かせないものです。本稿では、推手の歴史、目的、技術、練習方法、そして太極拳における役割について説明します。
1. 推手の歴史
推手の起源は、古代中国における武術の伝統に根ざしています。太極拳が成立する以前から、武術における接触技法や相手の力を利用する動きは存在していました。特に、太極拳の始祖とされる陳家溝(ちんかこう)における陳氏太極拳では、これらの技法が「掤(ぼう)、捋(りょ)、挤(じ)、按(あん)」という4つの基本的な技として体系化されており、これが後に推手の技術として発展しました。
推手が太極拳の練習法として定着したのは、19世紀に楊露禅(ようろぜん)や武禹襄(ぶうしょう)といった太極拳の大家たちが広く普及させた時期です。彼らは太極拳を広める過程で、推手を重要な稽古法の一環として位置付けました。太極拳が単なる健康法ではなく、実戦的な武術としても優れたものであることを示すため、推手は欠かせない訓練となりました。
2. 推手の目的
推手の主な目的は、相手の力を感じ取り、それに適応して柔らかく対応することです。これにより、力を使わずに相手のバランスを崩し、自分は安定を保つことができるようになります。推手の目的を以下に整理します。
1. **感知力の養成**: 推手の中で重要なのは「聴勁(ちょうけい)」と呼ばれる感知力です。相手がどの方向に力を加えているのか、その力の強さや動きを瞬時に感じ取る力を養うことが推手の基本です。この感覚を磨くことで、相手の次の動きを予測し、適切な対応ができるようになります。
2. **柔らかさの追求**: 太極拳の理念である「柔よく剛を制す」を実践するために、推手では力に頼らず、柔らかく相手の力をいなすことが求められます。力で相手に抵抗するのではなく、相手の力を利用してそのバランスを崩すことが重要です。このため、練習では筋力ではなく、体全体の協調した動きを重視します。
3. **バランスの維持と崩し**: 推手では、常に自分のバランスを保ちながら相手のバランスを崩すことが目標です。これは単に相手を押し倒すのではなく、相手の動きや力に応じて自然にバランスを崩す技術を養うことにあります。バランス感覚を鍛えることで、攻防の中でも安定した姿勢を保つことができるようになります。
4. **実戦的応用**: 推手は、実戦的な武術の一環でもあります。相手の力を巧みに受け流し、反撃する技術は、実際の戦闘においても有効です。推手を通じて、太極拳の動きがどのように攻防に応用されるかを学ぶことができます。
3. 推手の技術
推手の基本技術は、太極拳の「掤、捋、挤、按」という4つの技法に基づいています。これらの技術は、攻防の中での力の使い方やバランスの取り方を学ぶために重要です。
- **掤(ぼう)**: 掤は、相手の攻撃を受け止める防御の技法です。体全体を使って相手の力を持ち上げるようにして、攻撃をかわします。
- **捋(りょ)**: 捋は、相手の力を自分の体に引き寄せて流す技法です。これにより、相手のバランスを崩し、相手の力を無効化することができます。
- **挤(じ)**: 挤は、相手の力を利用して押し返す技です。力を使わずに相手を押し倒すための基本的な技法です。
- **按(あん)**: 按は、手のひらで相手を押し倒す動作で、相手のバランスを崩して有利な位置に持ち込むために使います。
これらの技法に加え、推手では「開合(かいごう)」「進退(しんたい)」といった攻防の基本概念を実際に体感しながら習得します。これにより、相手の力に対する適切な反応を学び、攻撃や防御のスキルを高めていきます。
4. 推手の練習方法
推手の練習は、段階的に進められます。初心者はまず基本的な動作を学び、徐々に複雑な技法や実戦的な要素を加えていきます。
1. **定歩推手**: 初心者向けの練習方法として「定歩推手」があります。定歩推手では、両足を固定した状態で、上半身だけを使って推手を行います。これにより、相手の力を感じ取り、上半身の動きで対応する能力が養われます。定歩推手は、自分の重心をしっかり保ちながら相手の動きを感じ取る力を高めます。
2. **活歩推手**: 定歩推手に慣れてきたら、次に「活歩推手」に進みます。活歩推手では、足を動かしてステップを踏みながら推手を行います。これにより、移動しながらバランスを保ちつつ、相手との距離感やタイミングを学ぶことができます。活歩推手は、実戦的な状況に近い練習として有効です。
3. **自由推手**: 上級者向けには、より自由度の高い「自由推手」が行われます。自由推手では、定められた動作やステップに縛られず、即興的に相手の攻撃や動きに対応する力を養います。これにより、実戦に近い状況での対応力や即応力が高められます。
5. 推手と太極拳の関係
推手は、太極拳の技術や理論を深く理解するために非常に重要な役割を果たしています。太極拳の練習は、一般的に「套路(とうろ)」と呼ばれる一連の動作を一人で行うことが多いですが、推手はその套路を対人練習として発展させたものです。
推手を通じて、太極拳の動作が実際に相手との戦闘にどのように応用できるかを体感できます。これにより、太極拳の動きが単なる健康法や瞑想法ではなく、実戦的な武術であることが実感されます。また、推手の練習によって、太極拳の動作の中でバランスや力の流れを感じ取り、それを巧みに操る能力が養われます。
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