「禁色」三島由紀夫著・・・★★★★
女を愛することの出来ない同性愛者の美青年を操ることによって、かつて自分を拒んだ女たちに復讐を試みる老作家の悲惨な最期。
ここのところ、なんやかんやとやる事が多く、本書を読むのに1週間も掛かってしまった。
本作は三島の長編6作目で、1951年~53年にかけて文学雑誌に連載。
「20代の総決算」として書かれた野心作だそうである。
私小説的な作品「仮面の告白」で自らゲイである事を告白した三島は、その作品でゲイである事の内面的な葛藤を描いたが、本作は主人公の美青年・悠一がゲイである事を利用し、過去に付き合った女たちに復讐を企み悠一を操った老作家と、悠一に魅せられ翻弄された男と女たちを描き「仮面の告白」よりもゲイである事を堂々とオープンにした話である。
ストーリーは人間関係がややこしいので割愛するが、それまでの作品の中でも三島節とも言えるクドイ程の修辞と箴言がテンコ盛りな作品である。
二、三の文章を抜き出してみます。
――素朴で恬淡(てんたん)な告白をいさぎよしとしなかった別の結果として、檜俊輔(老作家)は社会科学と芸術との一致をたくらむ一派からも、その無思想をなじられていたが、ヴォードヴィルの踊子が裾をひるがえして太腿をちらかせるように、作品の結末に「明るい未来」をちらつかせることを以て、思想の存在を認定されるような莫迦らしい八百長に、彼が耳を貸さなかったのは理(ことわり)であった。とはいうものの俊輔の生活と芸術に関する考え方には、もともと思想の不妊を招来せねばやまぬ何かがあった。
――この夫婦を結びつけている愛情は、夫婦愛の模範的なもの、つまり共犯の愛情だったのである。婦人にとっても、良人(夫)に対する肉感的な憎悪はすでに昔語りであった。肉感の色あせた透明な今の憎悪は、共犯同士を結びつける解きがたい紐帯(ちゅうたい)でしかなかった。悪事がたえず二人を孤独にしたので、空気のようにやたらと永保ちのする同棲が必要だった。とはいえ二人はお互いに心の底から離別をのぞんでいたが、いまだに離れられないのは、両方で離れたいと思っていたからに他ならない。元来離婚が成立するのは、どちらか一方が離れたくない場合に限られている。
――監獄の囚人たちが道路工事をしている姿を見て
「気の毒ですね」
人生の享楽にだけ心を奪われている若者はこう言った。
「私は何も感じないね」と皮肉屋の老人は言った。
「私のような年齢になると、自分がああなるかもしれないという想像力の恐怖を免除されるんだ。老年の幸福はこいつだよ。そればかりか、名声というものは変な作用をする。無数の身もしらない人間が私に貸のあるような顔をして押しよせる。つまり私は無数の種類の感情を期待される破目になる。そのなかの一つの感情の持合せでもなければ、人非人呼ばわりをされる始末になる。不幸には同情、貧困には慈善、幸運には祝福、恋愛には理解、つまり私という感情の銀行には、世間に流通している無数の兌換紙幣の金準備がなければならんのだ。そうでないと銀行は信用をおとす。もう十分信用を落としたから今は安心だがね」
とまあほんの一部を抜粋したが、分かったような分からないような。。。
本作はこんな文章の連発である。
ウィキペディアによれば、本作は当時大きな反響を呼び、種々様々な観念・芸術論から社会批判に至るまで、多くの文学的要素が盛り込まれた質的にも量的にも厚みを持った長編で、戦後の三島の作家的地位を堅固なものにした作品。。。だそうである。
また、筒井康隆は、作家を目指していた頃に読んだ『禁色』に衝撃を受け、「こんな凄い文章が書けなければ作家にはなれないのかと思い、絶望した」とし、軽い気持ちで作家になろうと考えていた自分の気持を根本から変えさせ、「それなりの修業」の必要性を痛感させてくれたとして、「そのお蔭でぼくは、マスコミによって便利に消費されてしまうような作家には、ならずにすんだかもしれない」と語った。。。そうである。
多くの評価を受けた本作だが、ストーリーの面白さや各人の心理描写や観念、難解な芸術論などはそれまでの作品の中で一番読み応えがあった。
ところで表題の「禁色(きんじき)」について調べたところ、ウィキペディアによれば「日本の朝廷において、官人の官位等に応じて禁じられた服装である。特定の色のほか、地質等にも及んだ。平安時代の9世紀半ば以降、特定の官人に上位の衣服を許す「禁色勅許」が出されるようになり、特権として重視された。逆に誰でも使用できる色のことを「ゆるし色」と言った。」だそうで、そんなものがあるとは初めて知った。
地質ってどういう事だ?
何故これを本作と結びつけたのか?
理解不能である。
という事で、何だか引用ばかりの書評になってもうた。。。(;´Д`A
禁色 (新潮文庫)
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