みなさん、いつもありがとうございます!
今回の記事は薬師寺についてです!
薬師寺は唐招提寺のすぐそばにあるので、少し歩いたらすぐに着きました。
與楽門↓
途中で見かけた梅の花です。↓
まず目に飛び込んできたのは不動堂!
柱に囲まれたスペースに足を踏み入れると、まるで結界の中に入ったかのよう。
中でお参りをしましたが、特に何も起きなかったので平気です(笑)。
不動堂の向こう側の景色。↓
そして金堂へ
金堂では、おばあちゃんへのお守りや家族の分も購入しました
残念ながら写真は撮り忘れてしまいましたが……。
大講堂の写真も撮り忘れてしまったのですが、弥勒像の後ろにある、現代彫刻家の中村晋也さんが作った「釈迦十大弟子像」がとても個性的でした。それぞれのキャラクターの特徴をよく捉えていて、説明看板を読まなくても名前がわかるほどです。例えば、阿難陀(あなんだ)は若々しいイケメンだったり、拳を握った印相を一目見ただけで「あ、これは迦葉(かしょう)だ」と分かったり。人種的な特徴もしっかり表現されていて、一目でインド人だと分かる造りなのも印象的でした。
そういえば、その日は十大弟子像を2回拝見しました。1回目はこの大講堂で、2回目は興福寺の国宝館です。興福寺の方は長い歳月の間に全員は揃わなくなってしまっていますが、異なる時代の仏師たちによる美術表現やキャラクターへの解釈の違いを見比べることができて、本当に勉強になりました!
薬師寺は非常に歴史のあるお寺ですが、多くの部分が焼失してしまったため、現在の金堂や大講堂、西塔は現代になって再建されたものです。↓西塔
再建された現代の朱色と白のコントラストとは対照的に、古い建物はこんな感じです。↓
こちらは東塔です。
ピグ友のタクヤさんのブログを拝読したら、この十数年間解体修理されたようです
あとは東院堂。こちらも元々は焼失してしまいましたが、鎌倉時代に再建されたそうです。↓
そして南門に到着。
ここで何枚か写真をパシャリ。
南門と西塔↓
南門と東塔↓
大本山の柱の隣にある岩。……広告が目立っていますね。
お味噌屋さんもすぐそばにあります(笑)。
残念ながら買いませんでしたが、きっとスーパーで買うお味噌より美味しいんでしょうね。
孫太郎稲荷神社↓
はい、お写真はここまでで~
出る前に、チケットが2枚あることに気づきました。チケット売り場のスタッフさんに聞いてみると、一度外に出てから再入場するためのチケットらしく、外には「玄奘院伽藍」があるとのこと。ただ、「今日は公開日ではない」と告げられてしまいました。
次の目的地へ向かう時間も足りなかったので、今回は行きませんでしたが……。
「なぜここに玄奘の遺骨があるんだろう?」「そういえば台湾にも玄奘のお墓があるらしいけれど、この世に一体何箇所あるんだろう?」と気になって、AIで調べてみました。その答えがこちら。↓
玄奘三蔵(玄奘)の遺骨(頂骨)は、現在世界で10箇所前後に分かれて安置されています。
1942年、南京を占領していた日本軍が偶然、玄奘の頂骨が納められた石函を発見しました。その後、分骨を繰り返したことで安置場所が増加しました。
中国(大陸・台湾)
南京(九華山・玄奘寺):1942年の発見地。
南京(霊谷寺):南京博物館から移送。
西安(大雁塔):南京より分骨。
西安(興教寺):玄奘の本来の墓所。
成都(文殊院):抗日戦争時に南京から移送。
広州(光孝寺):現代に入り分骨。
台湾(南投県・玄奘寺):日本の慈恩寺から分骨。
日本
慈恩寺(埼玉県さいたま市):戦時中に南京から日本へ贈られた遺骨の安置先。
薬師寺(奈良県):1981年に慈恩寺から分骨。
その他
インド(ナーランダ寺院):1957年に中国から贈呈。
なんと!!!広州にもあるのか……。地元民の私ですら知りませんでした。チャンスがあれば、ぜひおばあちゃんと一緒に拝みに行こうと思います。
もし以上の場所をすべて巡ったら、玄奘法師が夢の中に現れて「おめでとう!」と言ってくれるかもしれませんね(笑)。
玄奘法師は生前も遠くへ旅をされましたが、円寂されてからもこうして世界中の色々な場所にいらっしゃる。それもまた、一つの宿命なのでしょう。
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回は、興福寺と「工場跡事務室」でのランチをお届けします。
写真は少なめですが、主に日本の法相宗の二つの大本山(今回の薬師寺を含む)についての考察を綴る予定です。
最後までお読みいただきありがとうございました!

























































