みなさんいつもありがとうございます!

 

大仏殿を後にし、奈良公園を通り過ぎました。

まだ時間に余裕があったので、そのまま春日大社へ向かうことにしました↓

 

 

ここで少し補足ですが、前回紹介した「チェーンを噛んでいた鹿」には実は動画もあります↓

 

 

他にも何頭か同じようにチェーンを噛んでいる鹿がいました。母は「柵の中に入って出られなくなったのかしら」と言っていましたが、実際のところはどうだったのでしょう。

 

奈良公園の鹿と違って、ここの鹿みんなかわいいくて大人しい~

母鹿が子鹿の毛を舐めている様子↓

 

 

春日大社へ行くことにしたのは、私の会社の社長が昨年12月に奈良を訪れていたからです。案内板を見て東大寺から近いのかと思っていましたが、実際に歩き始めると山を登る形になり、春日大社がかなり山の深い場所にあることを知りました(恐らく社長も春日大社行かなかった…)。

 

春日大社の歴史については、ぜひゆうさんのこちらの記事を併せてご覧ください↓

 

 

参道には果てしなく石灯籠が続いています

 

 

住吉大社を思い出しましたが、ここの灯籠はサイズが少し小ぶりで、その分密度がより高いように感じます。

 

榎本神社↓

 

 

出現石↓

 

 

説明看板をズームイン↓

 

 

 

 

ゆうさんのコメントで「神さびた」という言葉を教わりました。日本の森の中にある神社の、あの神聖な雰囲気を見事に表した言葉です。この言葉を聞いた時、富士北口浅間神社の光景が頭に浮かびました。香港のYouTuberたちがよく神社仏閣で「エネルギー(パワースポットのエネルギー)を感じる」と言っていますが、彼らは「神さびた」という表現を知らないから、代わりに「エネルギー」という言葉を使っているのかもしれません。私も以前はそう呼んでいましたが、私たちが本当に求めていたのはこの「神さびた」感覚だったのだと気づきました。

 

今回は冬のせいか、私の「エネルギー感知レーダー」が反応しにくかったのですが、もしエネルギーが涼しい風ではなく日光として現れるのであれば、ずっと快晴だったので私の定義するエネルギー法則は依然として有効だったと言えます。まだ慣れていないだけかもしれません

 

ようやく本殿に到着しました↓

 

 

灯籠の回廊には入らず、外から眺めるにとどめました↓

 

 

 

 

その時、何気なく撮った写真の中に「鹿の毛の凹みの謎」の答えを見つけました↓

 

 

 

 

最初は観光客が指で突っついた跡かと思っていましたが、正体は「自分で舐めた跡」でした。舐めた部分の毛が固まり、表面に穴が開いたように見えていたのです。

 

帰路では、まだ角を切られていない若い雄鹿を見かけました↓

 

 

なぜか道中にガチャガチャがあるのかよ↓

 

 

 

有名な交差点、遠くに見える山の名前は忘れてしまいました↓

 

 

後で調べて分かったのですが、奈良の鹿は「シカ」という種類ではなく「ニホンジカ」なのですね。冬は毛が生え変わってこの茶色い色になりますが、夏になればまたあの白い斑点模様に戻るそうです。

 

道端には鹿用の給水装置もあります↓

 

 

なぜか一頭だけ、冬なのにまだ斑点が残っている鹿もいました↑

 

 

 

こうして奈良の一日観光を終え、最後はみんなでスイーツを食べて休憩しました。

 

母の抹茶モンブラン白玉団子アイス↓

 

 

ゆうさんのチョコティラミスアイス↓

 

 

そして私の地味な柚子茶↓

 

 

 

今日は案内してくださったゆうさんに心から感謝いたします。素敵な場所にたくさん連れて行ってくださり、外国人の私には分からない背景知識をたくさん教えていただき、本当に勉強になりました。春日大社があんなに登る場所だとは知らず、疲れさせてしまって申し訳なかったです。またお会いできる日が遠くないことを願っています。

 

 

 

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ゆうさんとお別れした後、母と京都に戻り、大丸の上にあるレストランで夕食にしました。

 

大丸の象徴であるピーコック↓

 

 

おでんセット↓

 

 

母のカツオたたき丼↓

 

 

私は念願の「十割そば」を食べることができました(AIを通じてその存在を知りましたが…)↓

 

 

そばについての知識が浅いため味の違いまでは正直分かりませんでしたが、最後にそば湯をつゆに入れて飲むスタイルは、普通のそばとは違う楽しみがあって美味しかったです↓

 

 

ごちそうさまでした!

 

 

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充実した一日でしたが、ホテルに帰ったら…靴の裏に鹿の💩が挟まっているのを発見しました!コンビニの割り箸で掻き出してトイレに流す羽目になりましたが(なぜこんなことまで書いているのか……)、幸い後日雪が降ったので、靴底は雪に洗われてキレイになりました。

 

さて、翌日はまだ雪が降る前でしたが、なんと一日のうちに三度も「京都を展望」することになりました。

次回、「一日中3回で京都を展望①:今熊野観音寺と霊山歴史館」。

 

お読みいただきありがとうございました。次回もどうぞお楽しみに!

 

 

 

お待たせいたしました!

 

カフェからほど近い場所に位置する「戒壇院」を訪ねました。

 

戒壇院へと続く道↓

 

 

 

名前を忘れてしまいました建物↓

 

 

 

ちょっと不思議な、何とも言えない形をしたドアノブも見つけました↓

 

 

 

戒壇院↓

 

 

午前中に唐招提寺を拝観した際、「戒壇は屋外にあるもの」という先入観を持っていたのですが、ここは室内でした。調べてみると延暦寺の戒壇も室内にあるそうで、屋外にある方がむしろ特例のようですね。

 

私が今回ここを訪れたのには、特別な理由があります。戒壇はかつての「山門寺門の争い」の原点ともいえる場所だからです。以前応募して落選してしまった漫画を、この「山門寺門の抗争」を軸に仏教漫画として描き直そうと考えており、そのためのロケハンにやって来ました。今後は三井寺や延暦寺にも足を運ぶ予定です。

 

そんなマニアックな目的を持つ私をよそに、他の参拝客の皆さんは「四天王像」がお目当てのようでした。ゆうさんは「広目天推し」とおっしゃっていましたが、実際に拝見すると、そのお姿がまるでマット・デイモンのようですね(笑)。

 

ただ、後でパンフレットの写真を見返すと、現地で見た印象と随分違うことに気づきました。この違和感の正体は、高校の美術の先生が授業で話していたことかもしれません。「仏像は参拝者が下から仰ぎ見ることを前提に造られているため、その角度から見た時に最も美しく見えるよう、あえて比率を調整して彫られている」というお話です。

 

気になってAI(Gemini)に詳しく聞いてみたところ、やはりその通りでした。

 

【AIによる補足】

 

仏像彫刻には「仰視の補正」という技法が使われることがあります。高い位置に安置される像は、下から見上げた時に頭部が小さく見えすぎないよう、あえて上半身や頭部を大きく造ったり、前傾姿勢にしたりすることで、参拝者の視点から見た時に完璧なプロポーションに見えるよう計算されているのです。

カメラが発明される遥か昔、当時の仏師たちが「私たちが下から見上げる角度」こそを理想として魂を込めた結果、現代のレンズを通すと少し不思議な比率に見えるのかもしれませんね。

 

 

戒壇院を後にし、ゆうさんに連れられて大仏殿へと向かいました↓

 

 

 

途中、「シカに注意」の看板↓

 

 

このあたりの鹿はたまに一二頭見かける程度で、とても大人しくて温厚でした。

 

 

遠くに大仏殿が見えてきました↓

 

 

正面からも一枚撮影↓

 

 

 

観光客が非常に多かったので、AIの一括消去機能を使って通行人を消してみたところ、驚くほど綺麗に消えてくれました↓

 

 

本物の古跡である灯籠↓

 

 

ズームイン↓

 

 

 

大仏殿の中には、盧舎那大仏、虚空蔵菩薩、如意輪観音がいらっしゃいます。

実を言うと、出る直前まで東大寺が「華厳宗」であることを知りませんでした。華厳宗の御本尊は密教との共通点が多いように感じます。

 

盧舎那大仏が「宇宙の万物が目の前にある状態」を表しているとすれば、虚空蔵菩薩はまるで「iCloudのナレッジベース」に接続するための「API」のような存在に思えます。空海が短期間で唐の密教を習得し日本へ持ち帰れたのは、以前に「虚空蔵求聞持法」を修めていたため、一度見たものを忘れない驚異的な記憶力を得ていたからだと言われています。

 

 

外に出ると、再び「シカに注意」の掲示が↓

 

 

チェーンを噛んでいる鹿もいました↓

 

 

 

明治天皇奈良行在所碑↓

 

 

 

南大門↓

 

 

 

ここは一般の観光客が「慶派」の彫像を合法的に撮影できる、おそらく唯一の場所です↓

 

 

 

数年前に三十三間堂へ行って以来、私は慶派の大ファンです。解剖学の知識があったのかは不明ですが、これほど昔の極東で、ギリシャ・ローマ彫刻のような筋肉美を表現していたとは驚きです。前腕や鎖骨のラインは、まるで現代のボディビルダーのよう。単なる写実にとどまらず、前鋸筋を鱗や鎧のように彫り込むといった独特の芸術的アレンジも加えられており、今見ても全く古さを感じさせません。

 

ここでも「あの邪魔な網を消せるかな?」とダメ元でAIを試してみたのですが、なんと本当に網が消えてくれました!さらに色味まで調整できたので、細部までよりはっきりと拝むことができました↓

 

 

↑顔が範馬勇次郎似てる

 

 

 

 

ついに入り口付近に到着

 

 

ここからは「奈良公園」のエリアということもあり、鹿の密集度が凄まじいです。

 

 

角を切られた鹿たちが小競り合いをしていました↓

 

 

隣りの鹿も鳩も見ている↑…

 

 

鹿せんべいを買ってみると、ぶっちょさんがおっしゃっていた通り、お尻を突っつかれたり袖やバッグを噛まれたり……さらには着けていたマスクまで奪い取られてしまいました!幸い取り返せましたが(もうベタベタになってしまった)、他の観光客がパンフレットを奪い取られ、必死に取り返している光景も目にしました。

 

ただ、鹿たちは日本語がわかるようです。ゆうさんに教わった通り、手のひらを見せて「ないないない!」と言うと、それ以上は寄ってこなくなりました。ゆうさんはさすが経験豊富で、本当に助かりました。

 

母は「お腹が空きすぎているのかしら」と心配していましたが、ゆうさんから「鹿苑でちゃんとご飯をもらっている」と聞いて安心したようです。

 

大混乱の奈良公園はここまで。

 

この後、春日大社へ向かう道中で出会った鹿たちは、打って変わって非常に温厚で礼儀正しく、「ペコリ」とお辞儀までしてくれました。ですが、せんべいはすべて奈良公園の鹿たちに食べられてしまっていたので、申し訳ない気持ちに……。

 

あと、鹿の毛に時々「へこんでいる部分」があるのですが、あれは一体何なのでしょうか?私もこっそり触れてみましたが、ペットのような柔らかさはなく、ザラザラとした手触りでした。

 

後で写真を整理していて、ようやくその「跡」の正体がわかりました。

 

その答えは次回の更新で!

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

次は「春日大社と鹿の毛の凹みの謎」についてお話しします。お楽しみに!

 

 

 

 

いつもありがとうございます!

 

薬師寺を後にして、無事にゆうさんと合流できました。

 

 

行基菩薩の像の前で待ち合わせたわけではないのですが、この噴水は人気の待ち合わせスポットなので写真を撮っておきました。↓

 

 

 

そして、さっそく興福寺へ!

 

 

まず目に飛び込んできたのは北円堂です。今は特別公開の期間中ではないので、柵の外から撮影しました。写真の左側に写っている影は柵のものです(笑)。

 

 

 

今回見ることができた古い建物は東金堂だけで、隣の五重塔は再建中(修理中)でした。AIに聞いてみたところ、現在は「令和の大修理」の期間中で、2031年に再公開される予定だそうです。↓

 

 

東金堂の外に掲げられている文字が気になって、帰ってから調べてみたら『維摩経(ゆいまきょう)』の一節でした。維摩経は法相宗にとって非常に重要な経典です。

 

 

南円堂は、この200年の間に再建された建物です。↓

 

 

 

その付近にある鐘は、1日に数回鳴らされているそうです。↓

 

 

(中金堂の写真は撮り忘れてしまいました……!)

 

それから、国宝館(宝物館)を拝見しました。

ここで、三十三間堂で一目惚れした慶派の仏像と再会できました!足の血管まで見えるほどのリアルさで、一本満足です!

 

具体的な再建の歴史や館内の状況については、ゆうさんのこちらの記事を参考にしてください。

(勝手に引用してすみません!)

 

 

 

多くの人は阿修羅像のような有名な仏像を拝むために興福寺を訪れますが、私の目的は「唯識(ゆいしき)思想」と「僧兵」のためです(笑)

 

実際に訪れていたら、一番気に入ったのは塩ペンというグッズです

 

見た目はペンなのですが、実は塩の容器なんです。これを持っていれば、万が一レストランで味の薄い料理が出てきても、店員さんの目を盗んで「マイ塩」を足すことができちゃいます!

 

 

実は、法相宗は宗派としては大陸(中国)では途絶えてしまいましたが、現在は宗教というよりアカデミックな勉強会や文化サロンのような形で親しまれている気がします。私の唯識に関する知識はすべて香港の「仏教法相学会」というYouTubeチャンネルで学んだものです。情報源がそこしかないので、日本の方々が唯識の専用用語(名相)をどう理解しているのか、同じ言葉でも中国語圏の理解と似ているのか違うのか、とても興味があります。興福寺の公式サイトに関連書籍があるのですが、オンラインでしか買えないようなので、境内に本屋さんがあればいいなと思いました!

 

唯識の最も有名な理論といえば「阿頼耶識(あらやしき)」でしょう。ホログラムのように森羅万象を包み込んでいる仮想システムのようなもので、例えば「今日ケイがここで何を書いているか」や「いつヤクルトを飲むか」といった、重要なことから些細なことまですべてが手帳のように記録されています。

 

その存在理由は、「みんなが良いことをして(良い種を蓄えて)、悪いことをしない(悪い種を減らす)ことで、未来に良い実が結ばれ、良い結果や来世につながる」……と思われがちですが、実はそうではありません!

唯識思想の真髄は、阿頼耶識の中にある「種(しゅじ)」をすべて焼き尽くし、阿頼耶識を「大円鏡智(だいえんきょうち)」という知恵に変えることにあります。

 

これを「転識成智(てんじきじょうち)」と言い、識(五感、意識、末那識、阿頼耶識)を知恵(成所作智、妙観察智、平等性智、大円鏡智)へと転換させる学問なのです。もちろん識の解説部分には、古代インド人が世界の構成をどう解釈したかという側面もあります。私にとってこれは単なる宗教というより、西洋占星術やユダヤ教のカバラのような、非常に興味深い知恵の体系です。これを知れば世の中の煩悩や困難も少なくなると思うので、ぜひ皆さんに紹介したいです!今流行りの「引き寄せの法則」も、唯識の「種子生現行(しゅじしょうげんぎょう)」という理論と同じようなもので、不思議ですよね。この理論をマスターすれば魔法だって使えるかもしれません(笑)。もっとも、唯識そのものは魔法のためのものではありませんが。

 

はい、唯識の話はここまで。興味がある方はコメント欄で一緒に語り合いましょう!

 

 

興福寺の見学が終わった後は、「工場跡事務室」という文化財を活用したカフェでランチをしました!

 

東大寺は世界的に有名な観光名所ですが、すぐそばにあるこのカフェや、隣にある東大寺戒壇院は、観光地の喧騒よりも落ち着いた雰囲気が漂っていて、「ここが本当に東大寺の敷地内なの?」と何度も疑ってしまったほどです(笑)。

昔の乳酸菌飲料の工場を活用したカフェなので、とてもセンスが良いです。

 

 

アンチックなヒーター↓

 

 

 

芸術品のような切子ランプや、今はもう見られない天井の窓。調べてみたら、日本最高齢の切子職人・藤本幸治氏の作品でした!

 

 

瓶のランプも、藤本氏の工場で作られた瓶を使っているそうです。

 

 

お料理もとても美味しかったです。

ここで初めて「梅シロップ」を味わいました!

 

 

母も大絶賛で、「広州に帰ったら家で作ろう」と言っていました。

 

野菜たっぷりのサンドイッチ、具材はパストラミビーフ!

 

 

スタバにも似たようなメニューがありますが、断然こちらの方が美味しいと断言できます!

 

紅茶も絶品でした。

 

 

デザートは「古都華(ことか)」という高級イチゴと、サツマイモ(?)のロースト。

 

 

 

詳しい内容(先ほどお話しした塩ペンの紹介も含む)については、ゆうさんのブログをチェックしてください!(また勝手に引用してしまってすみません!)

この記事のトップ画像に塩ペンを使ってくださり、ありがとうございます!

 

 

ゆうさんがいなければ、こんなに素敵な場所は知る由もありませんでした。ありがとうございます!

 

ごちそうさまでした!本当に楽しい時間を過ごせました。

 

次回は、東大寺の戒壇堂、大仏殿、南大門、そして凶暴な鹿たちについてお届けします!

 

最後までお読みいただきありがとうございました。