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龍安寺を後にし、GOアプリでタクシーを呼んで大徳寺へ向かいました。距離はそれほど遠くありません。
大徳寺の境内には多くの塔頭が点在しています。拝観料が必要な場所もあれば、門は開いていても「拝観謝絶」の看板が出ている場所もありました。先ほど龍安寺で枯山水を堪能してきたこと、そして大徳寺の枯山水も雪に埋もれている可能性が高いため、今回は見送ることにしました。
大徳寺の枯山水は、また別の淡季に訪れるのが良いかもしれません。オフシーズンであれば観光客が龍安寺へ分散するため、静かな大徳寺を楽しめるはずです。
大徳寺の境内は非常に広く、四方八方に道が伸びているため、どこが出入り口なのか混乱してしまいますが、黄色い壁が見える場所が境内であるようです↓
黄梅院(外観のみ撮影)↓
ちょっと少し中の木を覗く↓
徳禅寺↓
平康頼の塔↓
母が作った雪のイチゴ↓
金毛閣↓
法堂↓
法堂の後ろにある仏殿↓
法堂と仏殿を繋がる明月橋↓
非公開の三玄院、石田三成の墓所↓
聚光院↓
境内風景↓
大徳寺は一休宗純が住持を務めた寺として有名です。
アニメのような「とんちの利いた小僧さん」というイメージとは異なり、一休の破戒ぶりは非常に突き抜けていました。冬の寒さをしのぐために木造の仏像を燃やしたり、仏像に背を向けて拝まなかったり、といった逸話が残っています。住持時代には、盲目の芸妓・森女を寺に連れ込み同居していました。一休は彼女の美しさを漢詩で称えてもいます。
興味のある方は調べてみるのも面白いでしょう。ただし、これらが100%事実とは限りません。芸妓との件は文学的な証拠があるため事実と思われますが、機知に富んだ逸話の多くは、庶民が権力や硬直した宗教のあり方を嘲笑するために作られた側面も強いようです。
破戒僧の物語は世界各地に見られます。中国の「済公」、あるいはブータンの「ドゥクパ・クンレー(Drukpa Kunley)」などがその例です。禅宗が「今、この瞬間」への絶対的な集中を説く(掃除や料理など、何をしていようと、あるいは何もしていなくてもそれに集中する)ことを考えると、その極端さが破戒という行動に現れたとも言えるかもしれません。
結局、今回は拝観料が必要な施設には入らず、境内を散策して終了。外に出ると、すぐ近くに今宮神社がありました↓
そこからタクシーで晴明神社へ向かいました。
晴明神社は2度目の訪問です↓
前回2023年に占星術で不吉な予兆を感じた際に訪れましたが、実際には何も起こりませんでした。それが神社の加護のおかげなのか、占いが外れたのかは分かりませんが、その後も時折夢に晴明神社に関わるものが出てくることがありました(たとえば御守りの期限を気にして、夢の中で使者が更新してくれるような内容とか)。今回はその感謝を伝えるために参拝しました。
一条戻橋↓
晴明井↓
日柱↓
月柱↓
以前購入した御守りは返納しませんでした。AIに聞いたところ、夢の中で加持されたものは普通のものではないため大切に持つべきだという回答があったからです。今回は新たに「遥拝カード」を入手したので、どこにいてもお参りできます。
晴明神社を出て下鴨神社へ向かおうとしましたが、昼食をとっていなかったため、街を歩きながら店を探しました……
途中でなんと崇徳天皇の御霊を祀る白峯神宮を発見!!!!!!↓
洋服の病院、お直し屋さんだろう↓
ランチは隣りのモスバーガーにするのを決めました、理由はバニラシェイクがあること……
母は期間限定メニューらしきチキンバーガーをしました↓
私はいつものように一番平凡なモスバーガーを注文しました↓
かつて広州にもありましたが、今は閉店してしまったようです。
お読みいただきありがとうございます!
今回の旅の記録は、次回の最終回「下鴨神社」へ続きます。
今になって思えば、下鴨神社からタクシーで著名な眼鏡店「OBJ」へ行くこともできたはずでした。しかし、下鴨神社の周辺は住宅街でタクシーを拾うのが難しく、地下鉄駅までも距離があります。その日は飛行機の時間も迫っていたので、どちらにせよ難しかったかもしれません。次回、お金を貯めてから眼鏡を買いに行こうと思います。
























































































