僕私の考える防犯国家案
突然始まる僕私の考える防犯国家案〜〜。
まずは絶対的かつ難しいっぽい「貧困格差撲滅」。
当たり前だけど人は生きる為ならなんだってやるんだよ。
次は「暇を与えない」。
特に暇を持て余すと問題を起こし易い思春期の暇を潰す為に
武術とかを法律で強制しましょう。
若年性生活習慣病の予防・防犯対策・国家一体感といった好付加要素付き。
躾やマナー、礼儀作法も武術は教えてくれるので、
学童・学徒の内なら義務化してもいいと思うんですよね。
勿論国家で無料でやらせるんですよ。強い国に育ちます。
こいつは稀に誤解を招くので余談します。
自称平和主義ババアとかがそんな闘いの技を国家でやるなんて…とか
言いそうですが(偏見)、武術は心を鍛えるものです。
心の強い人間は体も強いのです。
頭の悪い犯罪をする人間は大体、体も弱いのです。
だから武器に頼り、加減もわからず人を殺すのです。
酷い喧嘩が発生してしまったとしても痣で済む、それが理想の形です。
韓国なんかでは若者の徴兵があるみたいですが、
それよりは一旦坊さんにするレベルの話かな。
稚児制度は僕ちょっとよくわからないのでスルーしますね。
えー、次は「常にクリーンな国」。
これはちょっと難しい部分が出て来ると思うので悩みどころが多いですが、
理想をいうと小学校とかの教室の掃除みたいなのっていいと思うんですよね。
やっぱり自分で綺麗にしたところって汚したくないじゃないですか。
そして綺麗だと犯罪率も減る。
だから全国民で一斉掃除デーみたいなのあったらとてもいいかなって
安易に考えたりしましたが…流石にこれは厳しいかな。
もう少しハードルを落とすところでいえばもう実現してる気がするしね。
日本は綺麗だよ。実際。
後はコミュニケーションの問題を緩和させる政策がほしいけど…、
思いつかなかったな…。
心の内を話せる牧師ロボとか考えたけど…うん…どうだろ…。
やっぱり引っ込み思案な人間が一番厄介ですから。
声がでかい系の人間との相性が最悪ですから。
鬱憤を溜めないという何らかの方法が必要かなぁ。
教育か福祉か…うぅん…。
色々書きましたが、まぁ、豊かで大らかな国というのは犯罪減りそうです。
防犯って言っちゃいましたが、正直うつとかにも有効そうだよね。
できれば町づくりももう少し真面目に取り組んでもらって、
ヒートアイランドや日照権の問題をクリアにできたら尚いいかも。
言うわ易し行うは難し。
突然に始まり突然に終わる防犯国家案でした。
それではみなさん、また次回。
強欲
自身の理解力のなさが悔やまれる。
僕は何でも知りたかった。世界の何でも知りたかった。
すべてを知りたかった。わかってないこと全部知りたかった。
例え僕が今、超絶頭が良くなったところで、
すべてを知ることは多分不可能だと思う。
物理的に不可能な壁が出て来る。寿命とか。
知れること全部知りたかった。
夢はでっかくなんて言ったバカはどいつだ。
でっか過ぎてもう手に負えんよ。
でも下手に頭が良くなくてよかったかもしれない。
手が届きそうだったら無理をしていただろうから。
知りたかったなぁ。
深海の底から宇宙の外まで。
なんでこんなに強欲になっちゃったんだろうな。
バベられて3000里
両親が濃過ぎて観察に飽きがこない肉です、こんにちは。
肉の分析・分類処理が遅くて時間が掛かり過ぎているという話はいけない。
僕の両親はよく喧嘩することが多かったのですが、
酷く仲が悪いとかそういうものではなく、
互いがめちゃくちゃコミュ障
ということが長年の観察によって判明しました。
二人とも生活に困らない(或いは生活に困ってることがわかりにくい)
程度のコミュ障なので互いに矯正しようという意思が弱く、
コミュニケーションの壁に日々ぶつかっているように見えます。
お互いがコミュ障だとフォローできる人がいないからね。
コミュ障…というか典型的なオタク気質というか、
二人が陥っているコミュニケーションの最大の壁を
僕なりの仮説をもってだらだらと書きたいと思います。
結論から言うと、
「定義の統一がなされていない」
という一点に尽きると考えております。
割とこれ、普通の人でも勘違いとかでやらかすことなんですけど。
コミュ障はこの摩擦に遭った時、
何故か頑なに自分の定義を通そうとするんですよね。なんでだろうね。
多分、自分に自身がないから知識武装してたのにそこが崩されると思って
恐怖で訂正(地盤を一旦崩す)ことができなくなっちゃうのかもね。
これは大分適当な憶測だけど。
コミュ障の「定義のずれ」って実は一般人のそれと大分格差あるけどね。
吃驚するよ実際。目の当たりにすると。
テレビとかで聞き齧ったエセ科学を語る主婦とか似た感じなんだけど、
偏った情報を自分の中で膨らませて絶対的な定義にしちゃうんですよ。
まぁ、それも会話相手にその会話内だけでの定義として前提を置ければ
何も問題はないんですけど、手に負えないのがその持論を「広義」だと
何故か思い込んでしまっていること。
故に、「周知の事実」なので説明がないんですよね。
相手がそれに付いていけなかったらそれは相手が情弱と思い込む。
互いがそんなあべこべな自分の世界の話をしてたら、
そりゃあ、コミュニケーションにも障害が生まれますよ。
それはもはや日本語を使った外国人同士の衝突だよ。
近年のコミュ障増加もそういう側面があるのかもしれない。
自己申告が増えたというのも勿論あるが、実際摩擦を感じている人は多い。
火の無いところに煙は立たないのだ。
心の鎖国化が進んだが故に心理的バベルが起こっているのかも。
我々が一体何に近付いたというのだ。やめてくれ。
…初心に返り外国人と接するかのように日本人同士もしっかりと
コミュニケーションを取るという構えが必要な時代なのかもしれない。
誰が愚かだとか悪いとかではなくて、ゆっくりでもしっかりと、
丁寧に意思疎通をしていくという過程が、どこかで必要なのかも。
ガチめのコミュ障の人だって結局はコミュニケーションしたいだけだし。
しっかりとしたコミュニケーションを体得したら普通の人だと思う。
イタリアのナンパ授業を取り入れたらどうだろうか。
日本人気質に合わせてナンパではなく手助けにするとか色々変えて。
不真面目なコミュ障予備軍の僕は全力で逃げるけどな。そんな授業。
コミュレベルの低い生徒は別室でハードル低いところから勉強させよう。
閑話休題。だいぶ話が逸れました。
両親の定義の問題は前々から気になってはいたのだけど、
ついこの間、父親の発言が僕をゾッとさせたので吐き出すに至りました。
雑談の中に「ユートピア」の話が出てきた時なんですがね。
僕がユートピアの定義をつい最近知ったので「こうだったんだね」と
説明したんですが、「それは歪められた定義」と父親が言ったんです。
僕はある本でわかりやすく原作をまとめたものを読んだのですが、
Wikiでも同じようなことが書いてあるので多分原作通りの定義を提供したと
思っております。
が、
父親の中でユートピアというものがもう少し綺麗なものだったのか。
それとも俗語として普及したユートピアが馴染んでしまって
意味を誤解している状態なのか。真意はわかりかねますが。
そもそもユートピアとはトマス・モアの創作都市ですよ。
ってことはトマス・モアの提唱した定義が違うなんてアリエナイですよ。
その人が定義した創造物なんですから。
なんですか響なんですか作者の分際で定義を決めるなってことですか。
僕にはよくわからない発想で付いていけません。
僕も原作を読んだわけでもないし思い入れもないから強く言えませんでしたが、人との会話で初めて血の気が引くという感覚を覚えました。
ドン引きっていうか…困惑の域ですよ…。
まさか原作の定義を否定されるとは夢にも…。
こりゃ、人とぶつかることがあってもおかしくないです。
つーか一回でもぶつかったら修復できないタイプの人間です。
そして実際そうであるので大変だと思います。ホント。苦労してるね。
対して母親もこの気はあるのですが、権威主義なところがあるので
証拠をちゃんと提示すれば、なんとか受け入れてはくれるだけマシです。
え?はい、父親は多分証拠があっても受け入れにくいとは思います。
複数の他人が「いや、こうでしょ」って同じこと言えば信じるだろうけど。
結局どいつもこいつも権威主義の多数主義なんです。
別にいいんだよ。悪いことじゃないよ。好きじゃないけど。同族嫌悪です。
話し合いの場で定義を統一せにゃいかんからもう
「一旦この場ではこういう定義で話をさせて下さい」としても、
「いや、それは間違っている」とか言い出したりするから面倒臭い。
間違ってるとか合ってるとかじゃないの。統一したいの。
定義が間違ってるとかそういうこと言ったら貴方も間違ってるの。
っていうか、定義なんてものは場によって変わる変動的なものなの。
0/0を1とするか0とするかくらい正誤がどうでもいい話なの。
nは整数であるくらい適当なことなの。とりあえずって言ってんだろ。
僕は文系の会話が大っ嫌いです。
どんな人にも通用させられる再現性のある話がしたいのに、
一部の、下手したら本人だけの中でしか成立しない内容なんていらないです。
いうて僕自身も証明の問題とか苦手でしたけどね。
え?そんなことまで説明する?とか思ってました。ホントごめん。
今お前が考えてることなんて説明されねぇとわかんねーよって話ですよね。
あぁ、そこもありますね。うちの両親は。僕のブログもそうだけど。
母親なんて突然、感慨深く謎のコメントを吐き出すことがあるのですが、
なんらかの刺激を受けて呼び起こされた記憶の、しかも自分の解釈バリバリの
コメントを急に吐き出し、よしんば僕にコメントを要求するんですよね。
テレビ見てただけの僕は一体何のことかすらわからずに発言を求められます。
いや、知らんがな。とか言うと気分を害するから面倒臭い。
父親はそういう人の思考を読んで付いていくのが得意と豪語していましたが、
まぁそこの真偽はさておき、その会話法を基本としてコミュニケーションを
図ろうとするとどこかしらで通用しない場面が出てくるから気をつけてほしい。
これは余談なんですが、
僕が子どもの頃(小学生くらい)は父親は僕の思考を当ててくれて、
まったく根拠の無い僕の心理分析をする母親に説明してくれたのですが、
思春期を過ぎる頃から父親の読みが外れるようになってしまいました。
大人になるってこういうことなのだろうと自分の中で処理してたホロ苦案件だったのですが、よくよく考えると父親のデータに僕のような分類の人間が
いなかっただけなのではと思えてきましたよね。
子どもなんてみんな似たようなもんだからな。ましてや自分の子どもだし。
でもその域から出ちゃったんだな。僕が。
最近では「肉の考えていることはよぉわからん」と言われるまでに。
あんなにわかると言って当ててくれてたのに。まぁ成長とはそういうものだ。
逆に僕は父親の思考動機がわかるようになってきちゃったところはある。
流石に現在の思考を予想することはできないけど。
何故そういう思考・行動をしたのかという後だしジャンケンなら自身ある。
僕は直接の被害者じゃない場合が多いから彼の行動に対して冷静に
分析できるけど、母親は多くの場合「意味わかんない」「理解できない」
「生理的に無理」ってなっちゃうんだよな。弟にも言ってる。
男の気持ちがわからん女子なんだろうな。仕方ないな。
…定義から始まったこの記事ですが、
コミュ障の苦手とすることが「相手の定義を理解する」なのではという
仮説に辿り着いてしまった僕です。今、辿り着きました。突然。
何故理解できないかというと、自分の定義が絶対だからです。
それを変更したり、一時的に置き換えたり、パラレルしたりができない。
「この人はこう思ってるんだ」という共感やその場の定義ができない。
いっそ自分と違う価値観や定義を持ってたらその是非を問いてしまう。
別に善悪も好き嫌いも関係ないのにね。
そうなんだなって話してればいいじゃん。
まぁ、他人だとできることが家族にはできない気持ちもわかるけど。
性格や価値観なんて直す必要ないのにね。
そういう性質の物質だと思って扱っていけばいいのにね。
実際そうなんだから。炭素になんで手が4本もあんねんって言わんでしょ。
僕、偶にツイッターで見かける「数学の嫌いなヤツ」まとめとか
全然共感できないタイプなので本当にごめんねって感じなんだけどね。
なんで速度変える点P嫌うんだよ。お前だって速度変えて生きてるだろ。
数学的会話術って話を整理するのには大変向いてるから、
何か整理したい話の場合は面倒でもやった方が結果早いと思うんだよ。
証明の問題でやる「ここでは〜と仮定する」みたいなやつな。
いいと思うんだ。わかりやすくて。僕はわかりやすい。
もはやバベられた外人同士なんだからさ。
相手をブラックボックスくらいに思ってすっごく丁寧に会話してみるのも
悪くはないんじゃないかなと思うんだよね。
きっと、一緒にいる時間が長いほどおざなりになっちゃうところだろうし。
ね。そこまで人間に興味が持てない自分が悲しくなってくるね。
どうでもいいもん。何考えてようが。
そんなんだからバベられるんや。
要はセンス
毛の悩みには縁遠い肉です、こんにちは。
体質的に恵まれ過ぎてて怠惰が板に付き、流石に無精過ぎる毎日です。
そんな僕なので毛に対する風評というものに疎かったのですが、
日本での禿の扱いこそ気になれど、
髭まで酷い言われようなのに驚きを隠せません。
いや、まぁ、正直半数は脱毛クリニックの業者乙でしょうが。
禿も言っちゃえば増毛クリニックの業者乙なんですが。
海外では髭は勿論のこと、
禿すら恥ずかしいものとはされていない国が多いです。
必死こいて禿隠してるのって日本とイギリスのイメージ。
大分勝手なイメージですが。
でもなんかその他のヨーロッパとかアメリカとかって
おっさんみんな禿散らかしてるのよく見るよね。
最近、日本も禿げ散らかしてきてるけど。いいよそれで。
これは僕の個人的な意見なんだけどさ。
禿だの髭だの白髪だのってモテないっていうのはわからんでもないよ。
年寄りだったり不健康だったり不潔だったりするイメージはあるもん。
が。
根幹はそれが真実でなければいいわけで。
要は若くて健康的で清潔であればいいんですよね。
歳は狙う相手によっては若くなくてもいいしね。
禿でも髭でも白髪でも整えられていたらいいんじゃないかと思うのですよ。
ここらへんはセンスとかも出て来るから大変だろうけど。
でも創作できる部分なので女性のファッション並みに楽しめる場所だと
思うんですよね、僕は。
ホラ、よく「男ウケを狙ってない格好」とか言うじゃないですか。女子って。
じゃあ「女ウケを狙ってない格好」だっていいじゃないですか。偶には。
う…ん、職場でNGの人はもうどうしようもないけどね…。
特に接客だと職種にもよるけど厳しいよね。
そういう日本の社会が「髭=不誠実」なのも如何と思うけど。
僕は感覚が狂ってるのかなーそうやって楽しんでる人の方が好きだな。
「こういうのが好まれる」とか言ってみんな同じ格好になるのはつまらない。
つーか同じ格好になっちゃったらスペック高い方に負けるじゃん。
イケメン金持ち高コミュ力に負けること必須じゃん。
まぁ、中身が伴わなきゃ外見いくら磨いてもってのはわかるんですが。
禿も髭もファッションの一部としてオシャレにできたらいいなぁ。
それが出来てる人が少ないから総括して「嫌」っていう人がいるんんでしょ?
オシャレなら嫌じゃないでしょ?
それでも嫌って言ってたらだいぶステレオタイプだけど。
結局何が言いたいかっていうと、
禿も髭もついでに白髪も、ダメじゃないよって言いたい。
中身を伴わせろというなら外見で判断しないでくれと思う。
そして中身は伴おう。はい。そこは。すいません。頑張ろう。
でも中身が伴ってるのに外見で判断されるなら、それはおかしいよね。
ってことで、なんかよくわからない業者乙モテブログに気をつけて下さい。
僕はむしろ髭濃くなりたかった部類の人間なんで
格好良い髭の人がそんな理不尽な視線に遭ってるのは嫌だよ。
僕の周りは髭の人よく居たからそこまで肩身が狭くもないのかもだけど。
一番クソモテブログでハラハラしてるのは僕でした。
余談だけど、
髭がモテない理由に「髭スーツ好きの女は結構いるから遊んでそう」って
理由があったんだけど…、それってモテてね…?
追記:
この記事はファッションの在り方やあらゆる場面での立場というものを
想定して話しているものではありません。
あくまで「汚い」ものや「嫌われた」ものだという感覚が
個人的に嫌だしそう思ってほしくないなという単純な気持ちです。
身嗜みは礼節であり、場に合った格好が適切です。
まぁでも、少しくらい緩い場面では幅広い格好が許されてるくらいが
なんだかいい空間だなぁと思える気がしますね。
非公開日記は読むべからず
マイノリティだったメンヘラたちがネットで仲間を見つけて
発言を強めて行く…というのを最近よくみる気がする肉です、こんばんは。
彼らに活力が戻るのはいいことだけど、過ぎたるは及ばざるが如しかなと。
今日もついったーで面白トレンドを見つけたよ。
こういう親がいるから子どもは苦しめられるんだよ。-ついっぷるトレンド
冒頭の自コメと記事の内容の是非には言及するつもりはないけど、
この記事で問題になってる親の何が問題って平気で人のプライベートを
侵害してるところなんだよな。
本当に、人の日記を見るって愚かな行為なんだよ。
そもそも人の裏表を気にする人って結構いるんだけどさ、
僕の持論として裏表の無い人間ってサイコパスだと思うし、
一番腹立つ概念として「裏が本性」みたいの持つ人いるじゃん。アレ嫌い。
確かにさぁ…悪い奴はいるよ。羊の皮被った狼っているよ。
だから表面は本性じゃないってなるのはわかるけどさ。
いや、そんな悪い奴ばっかじゃないわけじゃん。
ましてや自分のガキ捕まえてその発想はヤバいよ。
普通に考えてさ、家族に取り繕う顔なんてあったもんじゃないじゃん。
厳粛な家で本人も潔白な人間気取ってる家族ならまだしも、
殴る蹴るの罵倒浴びせ合ってるような病院通いのメンヘラだろ?
何を取り繕うっていうんだよ。今更だよ。
取り繕う必要がない間柄で、わざわざ罵詈雑言を隠すっていうのわさ。
まぁ、面と向かって言う勇気がないっていうのもあるだろうけど、
そういうこと言うような間柄に成りたくないってことじゃないの?
良好な関係をできることなら築いていきたいって気持ちの現れじゃ?
人間なんだからさ。しかも未熟で、いたって凡人の。
嫌な気持ちになることだってあるし、嫌いなものだってあるよ。
まぁ姉妹同士なら喧嘩し合った方がいいとは思うんだけど、
多分この質問者の家庭では喧嘩したら100%長女が悪者で締まりそう。
そう考えたら長女のストレス発散法としてこの日記は妥当だよね。
まぁ、それはあくまで推測なんですけど。
でさ。日記に「憎い」だの「死ね」だの書いてあったから何?って感じ。
心で思うのと行動に出すのとでは天と地の差があると思いますよ。
心配するならそのハードルが下がり始めてる時であって、
まだ日記で暴言吐いてる内は問題ないと思うよ僕は。
ほら、僕だって云十年間100億回くらい家族を心の中で殺してるし
夢でだって殺しまくってるけど両親ピンピンしてるからね。
うっかり生霊が取り憑いて…とかすらないからね。吃驚だよ。
で、多分僕も何回か殺されてるだろうしね。でも僕は元気です。
日記とかそういう見せびらかすようなものじゃない
プライベートなものってさ、心の整理の場なんだよね。
完璧超人じゃないんだから駄々捏ねたいことだってあるさ。
超自我が抑圧しきれなかったものを自我が意識的に抑圧するんじゃない。
個人としての感覚を完全に抑えちゃったらその人が死んじゃうよ。
でも人の個も尊重するからノートに抑えるんじゃない。
そんな心の戦場ともいえる日記を見るって、
マナー以前に自分の為だということを知った方がいいよ。
実際、そんなの見ちゃったら気分悪いじゃん。
長女もそんなことわかってるから口に出さずに日記に隠すんじゃん。
それをわざわざ覗き込んでショック受けるってバカなのか?
それとも何か?我慢を強いたガキが何の哀しみも抱かないと思ってたのか?
その我慢の是非は問わないよ。わからんし。人の家のことだから。
別に人の親じゃない酷い扱いとまでは思わなかったよ。
詳しいことはこのトピだけじゃわからないしね。何も言わんけど。
でもそれとこれとは話が別だから。それが人の心だから。
「悲しい、でも仕方が無い」って割り切って生きるでしょ?
その「悲しい」を一人で慰めて何が悪いんだよ。
日記に書いてんだろ。
それを鬼の首取ったみてーに「割り切ってないのね!?」って思うのか?
うん、ちょっとこの事例だと割り切ってないかもねとは思うけど。
長女が病院通いしてるからな。割り切れなかったのは事実だったな。
ただ、日記は見ちゃいけない。ダメ、絶対。
古今東西、日記というのは覗き見られるものみたいですが、
こっそり見るならこっそり胸の内にしまっててほしいね。
日記にあることはどんな犯罪でも「未犯」。脅迫にすらならない。
間違いがないようにと構えるのは勝手だけど、未犯で裁くなや。
ちょっとでもイラッとした瞬間にタライ振って来るシステム嫌だろ。
誰が正しいとか悪いとかはもう情報が少ないしそもそも決められないが、
この親に対する意見は「超絶うぜー親」くらいです。はい。
後、病院やめさせたいならお金渡さなきゃいいんじゃないの?
稼いででも行くんだったらもう止める必要ないと思うけど。
いいじゃん。病院行きたくて稼ぐなら。
日記読んだって自分に不利な状況を作るだけなんだからさ。
そもそもメンヘラに対する耐性なさ過ぎでしょ。
メンヘラが使う言葉にいちいちショック受けるなよ。笑うわ。
もうお母さんの存在が面白いな。どっかのお嬢様なの?単にバカなの?
スミマセンね。育ちが良さそうだと思うとすぐ罵っちゃう。
貧乏人の僻だとでも思って流して下さいね。
まぁ、僕の日記なんて親すら見ないんで全然平気ですが。
折角見られても大丈夫なように防衛戦張ってるのに見られないんだよなー。
見て欲しいわけじゃないが、防犯すると効果が知りたくなるアレだな。
僕は生まれてこの方、日記を覗き見られたことはないね。
おおっぴらに書いてた絵日記や学校に提出した絵日記ですらないね。
もはや見られていないね。見せれば見てくれるけど。
おおぴらの日記の時も時々このブログみたいなのが出る人間だったけど、
友達と喧嘩して悔しかった思いを綴った日記に「お前が悪い」と言われてから
親に日記を見せるという行為を止めたよね。
大まかに「嫌なことを言われた。ムカついた。」みたいな内容だったけど、
これ、どっちもどっちでどっちかが悪いような喧嘩じゃなくね。
むしろ、喧嘩ですらなくね。ムカついてるだけだもんな。
なんで俺が責められてんだよ。ムカつかない星人かよお前は。
本筋からずれるかもしれんけど、トピ主とうちの親も含めて思ったのが、
多分、能力がないけど育児に力を入れてる人なんだろうね。
親の能力が低いネグレクトっていうのもあるからね実際。
それは決して愛がないわけじゃないんだよ。下手なだけで。
愛があればなんでもいいという話じゃないけどな。
ただ、愛は認めるよ。僕はあるものは認めるよ。ちゃんと。
能力が無いっていうか…若くして母親になって未熟なままに
肩に力の入った育児をしてしまっているというか…。
正したくなっちゃうんだろうな。必要以上に。っていう印象。
人間の弱いところ、ダメなところ、こういうのってダメなんだよ。
ダメなんだけど…正して行くんだけど…でもそういう時はあるのよ。
それを認めつつも成長していこうとするのが健全なんじゃない。
多分親も人間個人としてはわかってるのよそんなこと。
ただ、やっぱ不安なんだろうね。
成長していこうとする向上心というものは見えないものだからね。
実際ない時あるしね。いや、ないよ。いつもはないよ。
「助長」の語源になった逸話を思い出しました。
稲を引っ張って成長を早めようとしたら枯らしちゃったって話。
昔は近所のババアとかが教えてくれたんだろうけど、
今は核家族だし人間の関係性は薄いしで親も成長の場がなくて大変だよね。
子どもだけじゃなくて親自身も成長できる場に飛び出して行くしかないね。
毒親もメンヘラ娘も喧嘩両成敗なんですけど。
とりあえず一貫して僕が思ったのは
「隠してあるものは見るな」
「見るなら見たことを隠せ」
に尽きます。
日記を盗み見たことに詫びも入れず人様に言いふらすのは
流石に人間としてどうかと思います。
だったらテメーのまんこも見せろよババア。
人心とはそうやって集めるもんなんだよ。以上。