深刻化させていくいじめられっ子の謎
なんだかんだ虐めを深刻化させたことがない肉です、こんにちは。
虐め系の胸糞映画を観てると、どうしても疑問が拭えなくなります。
「何故このいじめられっ子は虐めを深刻化させていくのだろう?」
いじめっ子の心理は単純なのでわかりやすいんですが
(そもそも自分が優位に立ってると思ってるのでやめないのも理解できる)
いじめられっ子の心理が複雑過ぎて僕には難解なわけです。
僕の持論では「いじめ」というのは被害者と加害者のデュエットです。
アクション・リアクションの関係が絶妙なバランスで創り上げていく悲劇だと思っています。
その「悲劇」を食い止めるにはやはりそのバランスを崩すしか無い。
それは部外者でも当事者でもいい。誰かが崩せば深刻化は防げると思います。
冒頭の疑問で顕著なのは「告発しない被害者」です。
告発しない理由は沢山あると思いますが、腑に落ちない点も多いです。
僕が観てた映画では
「シングルマザーで鬱病治りかけの母親に心配かけたくない」
という理由で母親に知られたくない男の子が出てきました。
しかし彼の様子がおかしいので途中から母親がいじめを疑い始めます。
この時点でもう既に母親は心配しているわけです。
このままいじめが解決しないで母親のヒステリーと言われる方が
母親へのダメージは継続していく筈です。
では何故、息子は母親を解放してやらないのでしょうか?
別に母親を鬱陶しく思ってるような描写はありませんでしたし、
母親もいじめの疑いを持った時にパニックになるような人ではありませんでした。真剣に心配して学校に調査を依頼していました。
この時点で母親には証拠はありませんが、本人は体中に証拠があります。
なんだったら先生に相談した上でこっそりマークしてもらって現行犯で捕まえればいい。証人も沢山いる。
本人が情報さえ提供すれば簡単に解決する話です。
一体、彼は何に口を封じられているのでしょうか?
いじめっ子の報復が怖い?
いじめられているなんて情けない?
自分の非が責められて大した解決も望めずいじめっ子に報復されるリスクがあるからかな?
今観てる映画には大人たちが使い物にならない描写がないので腑に落ちませんが、まぁ実際なあなあで済ませたい大人がいるのは事実ですから、これならわからんでもない気はします。
でもだとしたら、「解決」の為に大人を信用できないってだけです。
誰も信用できないなら自分が何かしなければ。
学校の時間だけ、卒業までの間、それだけ我慢すれば…。
我慢すれば?逃れられるのだろうか?
いじめを助長する自分から逃れられるのだろうか?
いじめっ子は世界中に野放しにされているのに。
自分でどうにか出来る修羅場をくぐってきた人間なんて稀だ。
そして虐めを絶え抜いて人生を謳歌する人間も稀だ。
気付かないで謳歌してる人間もいるがそれもまた稀だろう。
手をあげられたらそれだけで傷害に問える。
映画の少年は飼い犬の足を折られてるから普通に訴えて金を取れる。
陰湿は虐めはなかなか難しいかもしれないが、
映画の中のいじめは何故告発しないのは不思議でしょうがない。
何が怖い?いじめっ子が銃を持ってたから?
それも合わせて言えばいい。悪ふざけでも銃を人に向けてくるなら脅迫だ。
大人に頼って縋って守られるのが恥ずかしいのか?
じゃあなんで警察がいるんだよ。みんな頼ってるよ。ダメかよ。
突然、脈絡のない暴力を受けることはあるし、陰口も言われるし、
机に悪口を書かれるし、飼育小屋には閉じ込められるし、
靴は持ってかれるし、物は隠される。全部知らない奴にだ。
でもとりあえず見つけたら地の果てまで追い掛けてボコボコにするだろ。
力で勝てなくても。ボコボコになっても。
そいつをボコボコにしようとするだろ。
小学1年の時に5年のジャイアンにボコボコにされたが、
別にその後、家に押し掛けて荒らされたりとかはしないよな。
上記の件は確かに大人に話したことはない。
大体1回で終わって特に深刻化しなかったからだ。
少なくとも学校に生きたくない理由で勉強に勝ったことがない。
僕の学校は温和な人しかいなかったのかもしれないと思ったが、
よくよく考えれば中学では同級生が知ってるだけで二人不登校になっている。
小学校では不登校はいなかったが、泣きじゃくって不満を訴えてる奴はいた。
あったのかなぁ…「いじめ」。
じゃあなんで僕には続けてくれなかったんだろうか?
なんで諦めるんだよ?もっと熱くなれよ!!
嘘です止めて下さい。人を呼びますよ。
いじめられっ子に非があると言いたいんじゃないんだよ。
何故助かる努力をしないんだよって疑問が湧いてるだけなんだよ。
疑心暗鬼になってるっていうなら理解はできる。
誰に言ってもみんながいじめっ子にチクってもっと酷い目に遭うと思うのかも。或いは何の役にも立たずやっぱり報復を受けるとか。
友達がいない人間恐怖症だから孤立するのか?
それならもう治療しかないよ。
結局、自分が使い物にならないんなら助けになる人と交渉しなきゃ。
僕は金を払って人(医者)に会いたくなかったので行けませんでした。
疑心暗鬼になってる時は本当につらい。仲間がいないから。
世界中が敵だったらそりゃ怖いよ。
でもまずそんなに自分に魅力がないことに気付かないと。
嫌いになるっていうのにもマイナスの魅力が必要なんだ。
全世界をその魅力で魅了するのは大変なことだと気付くべきだ。
全世界に嫌われてみろ。絶対無理だから。
たった一人でも、仲間はいる筈なんだよ。
全てを求めてはいけないけれど、敵ではないってのが大事なんだ。
長らくつらつらいじめられっ子に努力を求めるようなことを書いて
こんなのはあまり推奨されてないことだろうとは思うけれど。
僕は別に努力を求めてるわけじゃない。
何がしたいのか理解しかねると言ってる。
これは僕の仮説だが、いじめを深刻化させる人間は
そのいじめっ子と仲良くなりたいのではないだろうか?
僕がいじめっ子とお近づきになれなかったのは興味がなかったからだ。
嫌がらせをやめたらそれ以上彼らに嫌な顔はしないし、いい顔もしない。
そもそもいじめっ子というのは人生に不満のある人間だ。
特に思春期だとそれが爆発して優越感で自我を保とうとしている。
だから、力を誇示できる相手なら誰でも良いんだ。
そこに私怨は何も無い。つまり、災害と一緒だ。
災害と友達になれるか?災害と会話する?
したいならすればいいけど僕は興味が無い。
自然災害には興味があるが。人にはまったく興味が無い。
だからそもそも会話をしたことがない。
業務上したこともあるかもしれないが覚えていない。
嫌なことを言われても覚えておく必要がない。
物理的に攻撃をしてくる相手には証拠が残せるし、大人にも言い易い。
陰湿的な相手は基本無視。所有物を壊されたらそれは証拠。
誰がやったかわからない?「いじめ」があるという事実だけで十分。
そうすればいじめがエスカレートする度にボロが出て来る。
追い詰めているという気持ちがあれば我慢も我慢じゃなくなる。
つらくなくなってくるんだ。しっかり闘ってるからね。
我慢し続ける試合放棄は自分がつらいだけだから。
今回は映画の少年にイライラしただけだから
他のいじめられっ子がどんな理由で我慢を強いられているかはわからない。
同じ映画に出てきた移民の子は確かに難しい問題かもしれない。
大人同士の問題にまで発展するからだ。
しかし少年は何の問題があるのか…。実はまだ最後まで観てない。
途中でつらくなって一時停止をしている。
何故絡むんだ、何故いじめっ子に絡むんだ、何故言わないんだ、何故。
行動の全てが不可解だ。
別にこの映画がクソってわけじゃないんだよ。よくできてるよ。
実際いるよこういう奴。何も言わないから意味が本当にわからない。
環境もよく知っててもわからないんだからプライドかなって思ってる。
プライド守る為だから問題ないというなら、他所でやってくれ。不愉快だ。
僕のよくなかったな…っていういじめっ子対応は
鉛筆で刺したり女子便所にぶっ込んで煽ったり地の果てまで追い掛けたり桜の木の枝でドタマぶち割ったり公園の高台から突き落としたりコンパスの針で刺したり…。
これは過剰防衛で流石に怒られたね。いじめる奴もいなくなったけど。
かといって挑戦者は常にいるから油断できないわけだが。
同級生にも頭ゆるい奴がいて弄られてたけど、
初めて奴が牛乳の瓶でクラスメイトの頭殴った時はなんかあったんだろうなって思ったね。奇行はあるけど人を攻撃することは少なかったから。
でもさーそれでどうでもいい「いじめ対策」が入ったときは
流石にイラッとしたけどね。学校側に。
それ以来か忘れたけど、そのおとぼけ君…親しかったんだけど、
彼がコケたのを笑ったのを先生にめっちゃ叱られたことがあったなぁ。
僕は笑ってほしいと思ったけどね。彼奴も笑ってたし。
そういうどーでもいい対策してないで俺の家に集まってたルーザーズを
どうにかしてやれよって思ったけどな。
在日からアトピーから情緒不安定からオタクまで幅広く取り扱ってたよ。
いじめっ子が見たら鳥肌ものだっただろうね。嬉しさの余り。
僕は情緒不安定の部類だったから動けなくなる状況を作れるまでは
いじめないって作戦を取られてたな。
動けなくなったらフルボッコよ。こわかったー。
ルーザーズチームあるだけで全然メンタルの支え違うからなぁ。
疑心暗鬼になるいじめに遭う前にルーザーズ見つけて友達になれよ。
友達さえいれば深刻化しないし、最後には数で勝てるよ。
閑話休題。
映画の少年でいいなって思った点は、
ネットで同じルーザー見つけてさっさと彼女作ったことかな。
彼女だけじゃなくていっぱい友達つくっちゃえばいいんだと思う。
ホント、社会って人で出来てるから。
派閥や空間で全然空気が違う。理も違う。
怖い所からはさっさと出てって、桃源郷を作り出してしまえ。
追記:
件の映画、見終わりました。想像してたけど少年自殺したわ。
彼女が暴行で死にかけてぷっつんしたのはわかるけどさ、
なんでお前が死ぬんだ?何故?周り全員を責めてるの?なんなの?
せめて彼女の命と僕の命を引き換えにとか祈って死んだんだったらわかった。
いや大分バカだと思うけど気持ちは理解できた。
違うねん。別に自殺する人間にとやかくいいたいんじゃないんだよ。
この映画という作品にとやかく言いたいんだよ。
被害者少年の謎プライドはまあ実際あるだろうねバカだけどね。
でも「いじめ映画」が自殺〆のいじめっ子タイーホじゃクソだろ。
自殺助長映画にも程があるよ。自殺すれば解決かよ。お前が死ね。
『「いじめ」は皆の責任』じゃねーんだよ。そう思うのは勝手だが。
どんなエスパー求められてるんだよ大人って生き物はよ。
一緒に住んでたってわかるかよひた隠しにされてんだぞ。
嗅ぎ回ったら血相変えて喚き散らすんだぞ。どうしろってんだよ。
まず、血相変える相手を間違えてるだろこのクソバカいじめられっ子。
そんだけ喚けるなら味方のオッサン連れていじめっ子に喚き散らせよ。
そしたらいじめっ子はもう銃を出してくるしかなくなるから警察出動だよ。
確かに問題にしたくないクソ女教師はクソのクソだったけど、
真面目な先生だって存在してたじゃねぇか。
なんだ?一緒に暮らしてる母親は息子の隠し事をエスパーで感じ取らなきゃいけないが、敵味方の判別がつかない少年はただただ可哀想な人間か?
何故常に味方に攻撃をし続ける?
その心理は僕にはわかるよ。
いじめを助長するいじめられっ子ってのはいじめっ子と同じだからだ。
弱い者にしかマウントが取れない。怒りをすべて弱い者に向ける。
いじめっ子のリーダーもそうだったじゃないか。
暴力親父から受けた屈辱を全部弱い主人公に吐き出してた。
同じだ。同じ。
母親や先生、心配して攻撃をしない反省してくれる優しい人たちにしか
喚き散らせない。
見ていて本当に不愉快だ。
人の所為にして自分を保っていた弱い自分を見てるようだ。吐き気がする。
多分、主人公が死んだのは人を責めたんじゃない。
いじめっ子と自分をシンクロさせてしまったからじゃないのか。
そんな気がする。描写的にも。
殺したいほど憎かったか。好きだった彼女と母親を泣かせてもか。
なんでいじめで心配させられないのに、死では泣かせられるんだよ。
理屈がわからないだろうよ。
俺も思ったことあったよ。
「今俺が死んだらこいつらはきっと酬いを受ける」って。
父親に思ったし母親に思ったし職場のババアにも思ったよ。
でもそれ確認できねぇし、
もしかしたら自分の方が悪く言われてるかもしれねぇし、
そもそもなんで俺が死ななきゃなんねぇんだよ。お前が死ねよ。
ってなるじゃん。秒で。
はー…そうかー…。
「いじめっ子=いじめられっ子」の方程式を導き出しているとしたら
意欲的な作品だったかもしれないなー…。
真剣にいじめについて考えてる人間じゃなきゃ
「いじめられっ子くん可哀想…いじめっ子最低…」で終わりそうだけど。
おーなーじーしーこーうーのーひーとー。
類友だろ。
そう思ってみると外野生徒はちゃんと機能してたな。
「彼奴らはガラが悪いから」「関わらない方が良い」って
ちゃんと忠告してたってのにホイホイ何度も近付いてって。
確かに部活仲間だから仲良くなりたいってのはわかるが…。
いやー…別にプライベートは仲良くしなくていいんだよ?
わかるよ類友に惹かれてしまったんだよね。
そういう意味では気付かされた映画だった。
皆まで言うと反感を買いかねない内容だからぼかしたんだな。
はー…なるほどー…面倒な世の中だなおい…。
目の前でいじめが横行してるじゃねぇか。好きなこと言わせてやれよ。
お陰様で答えが出ました。いじめを深刻化させる一つの原因。
強者に抑圧され弱者に吐き出すタイプの人間の鉢合わせ。
(その中で一番力の弱い者が自殺する)
性格診断しておいて対策練った方が良いんじゃないでしょうか。
内弁慶タイプっていうのかな。僕自身もそうだけど。
ネットのお前らネタよろしく別に珍しくない性格じゃん。
ならば単純に「力の強さ=生命力」の図式になるな。
体を鍛えましょう。マンホール摘めるくらいに。
いじめられてもまるで困らないわ。
死ぬまでに、っていうか思考が短絡化するまで追い詰める前に、
やれることは沢山ある。
放っといたっていじめっ子だって生きてるんだからいなくならないんだよ。
親に心配かけたくなかったとか言い訳は死んだら通らねぇぞ。
先発つ親不孝が一番ダメージでかいんだからな。
わからねぇならスマブラDXでピーチ守ってろ。
自分を追い詰めたら絶対バカになるのは目に見えてる。
愚かな考えが常に浮かぶ。実行する。
追い詰めるな。それも自己管理だ。風邪予防と一緒だ。鬱予防しよう。
それでもなるときゃなる。そしたら原因を排除して治療だ。
死ぬってすっげー無責任なことだからさ。
その前にもっと無責任にしちゃってよかったんじゃないのって思う。
その方がダメージ少なかったんじゃないのって思う。
生きたもん勝ちだから自殺した人間にはなんでも言うぜ俺は。
なんせ内弁慶タイプなので。悔しかったら生き残ってみろ。
悔しくねーなら黙って罵られながら死んどけ。
可哀想でもなんでもねぇわバカ。
母ちゃんの入る穴でも掃除しとけバカ。
これでも自殺した息子に「酷い」って言った母親のニュースに憤ってた肉なんだけれど、発言って立場によるから本当に難しいよねぇ。
何気ないポジティブの発言が僕の心を傷付けた
「自分が好き」な人や、そうしなければと努めている人は、
他人の「自分が嫌い」という感情を否定する傾向がある。
勿論、強く否定されることはないし、事実いいことではないのも理解してる。
しかし自称「自分が好き」人間で「自分が嫌い」な人間に
「なんで?」とか「やめなよ」って軽卒に言ってしまう人は、
なんだか心の余裕を感じない。
「自分が嫌い」っていうものにはやはり理由があって、
それを本人が自覚してようがしてまいが、なんらかの原因がある。
しかも面倒で複雑な。
確かに斜に構えた厨二と区別が付けにくいのでイライラする気持ちも分かる。
まぁこれもこれで余裕があるなら構ってやれよくらいには思うが。
上記のような自称「自分が好き」な人間は
「自分が嫌い」というネガティブな言葉を聞きたくないような話し方をする。
でも不思議な話だ。
「自分が好き」でそれを善しとしていて、
人にもそうであることを勧めるのなら、
何故その人の言葉を否定する必要があるんだ?
「それはつらいことだね」の一言で十分じゃないか?
関わるにせよ関わらないにせよ、これだけでいい気がする。
「大変だね」で終わりじゃん。
「自分が嫌い」と思っている「自分」を否定する世界を何故作らせる?
ただでさえ受け入れられにくい感情を、何故わざわざ否定する?
ファッション的にやってるなら確かに好ましくないと憤るのもわかる。
「そんなの格好悪い」って伝えたいのもわかる。
ファッションの奴は即刻やめてくれとも思う。
本当に自分が嫌いで葛藤の中で生きてる人間が流れ弾で死ぬからな。
自分が嫌いな人間が追い詰められて死を向かえる時は、
ろくなことをしないし失うものは多く誰も得をしない。
「自分が好き」で心に余裕のあることをアピールしたいなら、
そこらへんにも考えが及んでることもアピールして欲しい。
じゃないと、「無理に自分を好きであろうとしている」人間にみえてしまう。
正直、「自分が好き」だろうが「嫌い」だろうがどっちでもいい。
どっちも「個人の考え」であって、直したいなら直せば良いし、
誇りたいなら誇れば良い。
自分が無理に変わろうとする必要もない。
考え方を披露するのは悪いことではないとは思う。
自分を変えたい人が参考にできるかもしれないから。
でも互いに理解のない発言をするのは「心に余裕のない」人間のすること。
「心に余裕のない」人間が最も危険な状態だと思う。
それは考え方とか個人の違いとかそういうものではないからだ。
本人にとっても他人にとってもろくなことがない。
「自分が好き」な人は心に余裕を持ってほしい。
むしろそれが取り柄じゃないのか?その思考を持ってる人間は?
それがなかったらただのナルシストじゃねぇか。いらんわ。
「自分が嫌い」でもいい。心に余裕を持とうと思ってくれれば。
「好きにならなきゃ」と自分を追い詰めるくらいなら
「好き」になんてならなくていい。いいじゃん別に。何が悪いんだよ。
「自分が嫌い」でも「友達は好き」だから楽しく遊ぶ。
「自分が嫌い」でも「家族は好き」だから頑張って働く。
「自分が嫌い」でも好きなものの為に生きていれば良いんだよ。
「生きる」のって別に自分の為だけじゃねーんだから。
自分の為に生きるのが「生きる」ってことじゃねーから。
「人生」なんて考えるのは「人間の娯楽」なんだよ。
僕はその娯楽が好きだし、大事なことだと思うけれど、
興味がなくったって全然いいわけだ。
頭のいい人が生き残るか、筋肉マッチョが生き残るか、
はたまたニュータイプが生まれるのか全部が揃ってこその生き残りなのか。
そんなの神様すら知らないから、こうやって解き放たれてるんだろうよ。
生き残った奴が最強。こんなに簡単な証明方法はないよ。
だから僕ら生命体が何の為に存在するかって
DNAを残したり、子孫が生き残り易い環境を作ったり考えたり、
あらゆる病気や猛威から逃れる方法を考えたり作ったり…。
全ての生き物が切磋琢磨して「生存」を目指してるんだよ。
それを「バカバカしい」って思って放棄するものいいんじゃないの。
「もっと上手く生きてやる」って奮起してもいいんじゃないの。
何が成功するかわからないんだから。
人類が生き残ることは善か悪か?なんてバカなこと考える人もいるけどさ。
自然現象に善も悪もねぇよ。災害で死んだ人は何を裁けばいいだよ。
生命体全体が「生存」に向かって突き進んでる。
誰が生き残るかわからない。
だからこの世界にはバラエティが必要なんだ。番組の話じゃないよ。
「自分が嫌い」な奴がなんか生き残るかもしれないだろ。
「死にたい…」って言ってる奴が生存競争で勝つとか面白過ぎるが。
ただ白血病発症したまま50年くらい生きて曾孫の顔も見ましたって人は
流石にいな…いたとしても少ないだろう。
健康であることは大事かとは思うんだよな。
「思想」は自由だと思うんだよ。好きに羽ばたいたらいいよ。
そしてそんなバラエティを認めてあげるのも「共存」だと思うんだよ。
「共存」は生存率が上がるんだ。なるべく実現していきたい。
「気に食わない」を我慢する必要はないけれど、
「気に食わない」と思わなくなれば自分のストレスも減ってくる。
同時に「気に食わない」と言われても凹まない胆力も養いたい。
これは誰が頑張るとか、我慢するとかいう話じゃない。
みんなでやっていけばいいことじゃないかと思うんだ。
難しいし、それ自体に反対な思想もあるだろうけれど。
「弱肉強食」なんて言うとまるで酷い話のようだけれど、
肉は食われない方法を考え、捕食者はそれをかいくぐる。
トライ&エラーのくりかえしの話でもあると思う。
だから僕は「切磋琢磨」と言いたいんだな。
人と人はなんだかんだ、コミュニケーションが完璧ではない。
人の常識、人の倫理感、すべては統一されてなく、又するべきじゃない。
それ故にすれ違いも出てきてしまう。
だから喧嘩だって、気持ちのいいものではないけれど、大事なことなんだ。
今のご時世、喧嘩はよくないって子どもにまでそれを強制するし、
実際争いなんて御免だから避けてきてしまう。
だからコミュ障でもないのに人とのコミュニケーションに不安がある。
自称コミュ障の大半は接し方を知らないだけだ。理解できないんじゃない。
だから本当は喧嘩をした方がいいんだけれど。
現代では本当に難しいし、喧嘩する前に仲裁されるか逃げられちゃうから。
後、喧嘩慣れしてる人が少なくて大事になるのも嫌だし。
面倒だけれど時代だから仕方ないとして、
理解をしてそれを示していくという方向にやってかんといかんのかなと思う。
じっくり話を聞かないといけないけど。拳で片付かないから。
喧嘩慣れしてない人間ほど、人を殺す喧嘩をする。
自分の見えないところで消えてくれと願う。
目の前で自分の拳を痛めて殴るだけでスッキリするのに。
わざわざその人とその人の周りの人の命と心まで奪う。
怖いから。勝てないかもしれないから。不利益があるから。
分かり合いたいのではなく、自分の力を示したいだけだから。
力のない小さい内に、素手で喧嘩したらいいのに。
道具を使ったら止めればいい。叱ればいい。
それは「武器」を使ったからだ。「喧嘩」したからじゃない。
互いを嫌いになるかもしれない。いつか殺してやると思うかもしれない。
でも僕の経験上、喧嘩した人間とはいつまでも仲良くしてられる。
それを「野蛮」だと言われ、自分自身でそれを否定してしまった。
そんな僕さえいなければ、僕は僕を好きだったかもしれない。
僕は「自分が嫌い」な自分を「変えたい」と思った人間。
でも「変わらなきゃ」と思うと本当につらかった。
「変わっていけたらいいな」程度に考えたら、本当に楽になった。
そして「自分が嫌い」な状態を、「悪いことか?」と言えるようになった。
「自分が嫌い」な自分を少し許せるようになった。
「好き」である必要はない。「許せれば」いい。
そうすれば余裕ができる。
「自分が嫌い」な自分が嫌いなんて思うなら、
それは「自分が好き」であることが絶対だと思ってるということ。
そうでなければいけない。そうだから心に余裕ができない。
そうだから暗くなってしまう。そうだから嫌われる。そうだから悪循環。
「自分が嫌い」でも心に余裕は持てるよ。
変わりたければ焦らず自分のペースでやれたらやればいいよ。
暗くても弱くても仕事はできるし、休めるなら休んでいいし。
休んでる時にメンタル磨り減らす引き蘢りニートみたいなのはダメ。
休むならしっかり休もうぜ。休んだら働くんだよ。
疲れたら休めばいい。
生活というものがある以上、心身の健康は気にかけるべきだが!
「思想」に関しては好きにしたらいい!
いいだろ!嫌いでも!いいよ!嫌いだよ僕も!!大ッ嫌いさ!人生楽しい!!
こう、ネガティブ民はしっかり主張して存在をアピールしないと、
孤独に感じてしまうから積極的にこの世界の片隅で叫んでます。
自分を好きになろうとして無理して人の足を引っ張るくらいなら
さっさと自分を嫌いな自分を許してネガティブな奴らに声掛けてやれよ。
ただでさえメンタル弱いんだからネガティブ。
でもネガティブがメンタル弱いのって仲間が少ないって思ってるからだよ。
味方がいない敵陣で生きてるからでしょ。つらいよそんなの。
生きてるよ。君の知らないところで、ネガティブは生きてるよ。
生きてていいし、根暗でも別に悪くも格好悪くもないよ。
根暗でも頑張ってれば格好良くみえるよ。本気で努力する姿が美しいんだ。
「なんで?」じゃない。
「やめなよ」じゃない。
「そういう人もいるよね」でいいじゃん。
自分は理解できなくても、存在は認めれば良いじゃん。
余裕があれば理解してあげてもいいじゃん。
そしてネガティブ民も、理解がない人とは縁がなかったってことで、
心を整理していこうな。
決して存在否定されたわけじゃなくて、縁がなかったんだ。
ネガティブも大手を振って歩こうぜ。
ポジティブだけにデカイ面させんな。
ネガティブにもポジティブにも使えるところは沢山あるから
共存していこうぜ。喧嘩していいから。
言霊の鎖
母親の感覚は1日単位で動く。
記憶がなくなるわけではない。
感覚が一日単位なのだ。
例えば母親が僕に対して同じ内容の言葉を毎日言っているとする。
結論の出ている件でこれ以上する話がないのに、だ。
1ヶ月くらいだったら穏便に流せるだろう。
だが流石に1年2年と続いたら苛立ちも出て来る。
内容が大したことではないからその件で僕が怒ったら変だろう。
だが、僕が苛立っているのは「何度もしつこくされること」だ。
こればかりは内容じゃなく、彼女の行動を証拠として提示されなければ
僕は満場一致で有罪になるだろう。そんなのは免罪だ。
「しつこいのが嫌だ」と僕が彼女を諭すと
彼女は態とらしい人の神経を逆撫でするようなキョトンとした顔で煽る。
「一回しか言ってないけれど?」
多分これは「今日は」という言葉が省略されている。
どういうことだ?彼女は1日が終わったらすべてリセットされるのか?
昨日の体験は蓄積されないのか?記憶はあるのに?
人にしつこくされるということを知らないのか?
その割に彼女自身は人に「しつこい」「絡むな」とよく言ってくる。
この前は弟と口論の最中に言っていて、
いつもは理論破綻している愚弟を嗜めているのだが、
こればかりは「絡んではいないだろう」と彼女を制してしまった。
彼女は強迫症の様に確認を繰り返すタイプの女だ。
気持ちはわからないでもないが、知らず知らずの内に絡んでるのは彼女だ。
毎日同じことを言ってくる人間にうんざりしない若者はいない。
それについで憤ると決まってこっちが絡んだことにされてしまう。
なんだか懐かしい感じがしてそこは弟を擁護するしかなかった。
まぁ、興奮するとどっちもどっちになるから結局絡み合っていたが。
望んだ成果が得られないから不安になるのだと彼女は言う。
それはそうだろうし、仕方が無い。気持ちはわかる。
ただ、無闇矢鱈に言葉で雁字搦めにすれば人が動くと考えているなら
現状を見て少し落ち着いて欲しいと思う。何も上手くはいかない。
言葉で言っても成果が出ないと感じたら別のアプローチをすればいい。
彼女はその仕事を怠っている自覚がない。
こちらには「成果」を求めるのに自らは「成果」を出さない。
「私の言う通りにすれば上手く行く」なんて言い続けているが、
何故周りが言う通りとやらにならないのか考えたのだろうか。
そりゃあ自分の言う通りに人が動けば上手くいくだろう。その人自身が。
その生き方をしてる人間が幸福かどうかは別の話だろう。
愚かかもしれないがあったりなかったりする安寧よりも大事なものが
人にはあったりするんだ。そんなものは人それぞれだ。
そしてそれを上手く表現できるか否か、言いたいか閉まっておきたいか。
そんなのも人それぞれだ。
人を思い通りに動かしたかったら、それを知るべきだ。
「自分の言う通りにして自分の想像する幸福を与えたい」という身勝手な
感情を押し付けるのであれば、それに対して努力すべきだ。
そして、「成果」を出すべきだ。
私は大概思い通りにできている。
人をある程度動かすのは昔からやってきているから。
動かされている人間は「自分でやってる」「私が手を引いたら困るだろう」
くらいに思っていると思う。
そして実際「その通り」だ。
だけれど、彼らは手を引かない。
引けないんだ。
僕が引いてくれと思うまで、きっと引けない。
勿論、差し出される手には数多の問題も付属するわけだが、
そのくらいはしょうがない。どんな行為にもデメリットはある。
それは甘んじて受け入れてこちらで消化している。
弟を見ていて思う。彼はよく僕に似ている。
母親の苛つくポイントや怠惰なところ。誇大妄想とそれに伴う過小評価。
彼の精神状態は手に取る様にわかる。
ただ、1点に置いて顕著に違う部分がある。
人の情を感じ取ることができるかどうかだ。
感じ取り、くすぐることができるかどうか。
これができるだけで大分違う。
こんな言い方をすると母親の様な博愛主義の偽善者が
身震いするかもしれないが、普通にみんながやっていることだ。
僕なんかむしろビギナーズラックに甘えてレベルが低いままだ。
人を喜ばせる、同情を集める、共感してもらう。
欲しがらせたり、困惑させたり…CMを通して一般人ですら知ってる技術だ。
僕はそれを「母親になりたい女」と「全否定されたくない男」にしてるだけ。
ただそれだけだ。
これが僕の生きてきた中で得られた技術なんだ。
これだけなんだよ。
幸い、家族以外にも少数であれば利くもので、
「聖人になりたい人」とか「先輩でいたい人」とか様々だ。
まあ僕は良い死に方はしないだろう。
別に彼らを見下しているわけじゃないとだけは弁明しておく。
むしろ多大な感謝をしている。親と同等かそれ以上の感謝を。
僕に友人がいなかったら多分僕は朝のニュースで死体として紹介されてただろう。
死ぬ瞬間というのはその一瞬だ。
「ずっと食わせてやっただろう」という言葉には感謝するが、
1日、或いは1週間、食ってない期間に幸いにも死んでなかっただけだ。
何度も言われるから何度も言ってしまうが、
それをすっぽり忘れて何不自由なく暮らしてたかのような言われだけは
僕には我慢がならないのだ。
僕が苦労したからじゃない。
僕の友人の金銭を我が者のように言ったからだ。
家族総出で挨拶にいくならともかく、自分の手柄にするなんて。
人として最低だとさえ思う。
僕が友人を作るのは生きる為だ。
決して寂しいなどという弱い動機ではない。
僕の体に染み付いた生きる術なのだ。
たかって生きていこうとは思ってはいない。
だが、その防波堤があるかもしれないと思ってるだけでも頑張れるのだ。
失敗しても帰る場所があると思えるだけでも強いのだ。
帰っても、いないかもしれない人間なんて、何の信用もないんだ。
何度も何度もオウムのように同じことを言っていてはこれはできない。
いや、オウム返しは大変素晴らしい会話法だけどね。
あくまで相手の言葉を、適切に、オウム返しすればだけど。
もっとできるようになったら積極的に相手の欲しい言葉を出す。
そうすればもう立派な詐欺師になれる。
それは勇気と思い込みと頭の回転が必要だ。僕は物乞いが精々だろう。
でも物乞い程度の能力でも、相手を気持ち良くやる気にさせることは
多少できるのではないかと思える。
少なくとも、今の母親のやり方は完全に逆効果だ。
それがわかるだけでもマイナスが減らせる気がする。
と、弟と母親のやり取りを見てても思う。
昔っから理屈だけは教えてあげてるのに向上心がないんだよなぁ。
自分のやり方が完璧でみんなが従えばいいと思ってる。ビッグ・マムだ。
一体何時になったら「成果」を出すのか楽しみでならないよ。
下手したら僕が頑張って得た「成果」を自分のもののように
言い出すんじゃないかと小坊の頃からヒヤヒヤしている。
そして実際そうやられてきたのだ。冗談だとしたらセンスが無い。
「絆」とは「ほだし」だといつかの授業で習ったなぁ。
やっぱり僕はそこらへんが上手じゃないのだろう。
でも僕は、それしか、知らないんだよ。
「どー思う?」って聞き方どー思う?
こんな出だし、どー思う?
そんな疑問文が嫌いな肉です、こんばんは。
「どー思う?」って聞く人は一体どーゆー心境なんでしょうね?
勿論、詳しい説明もなく突然にその人の意見を強奪しようとする
マナーのなってない聞き方は盗賊のソレなので、
相手の返しによって自分の手札を変える信用ならない人でしょうね。
その人にとってはそれが処世術なのかもしれませんが、
正直聞かれる立場になるといい気はしませんね。
悪戯にそういう質問はしないで頂きたいというのが本音。
詳しく説明してくれる人ならいーんだよ。「どー思う?」自体は。
『○○事件の被害者の死に方どー思う?他殺に見えなくない?』みたいな。
でも『○○事件、どー思う?』の様に酷く曖昧な質問はイラッとする。
一体何についての意見を求められてるのか謎だし、
何らかの期待された答えを望まれてるのか、純粋に聞かれてるのかも不明。
多分一番喜ぶ答えはその件について同志のように語り出すオタク返答や、
「全然わかんな〜い!教えて下さいっ><」みたいな持ち上げ返答だろう。
会話で人を出汁にするのはやめなさいって。
人がいるならまだともかく、一対一でそれやる意味が謎なんだよ。
無自覚なら変に嫌われるからやめた方がいいと思うよ。
大体、相手を試すような質問なんだよ。こういうのは。
試されることが好きな人間って少数派だろうからやめてあげてほしい。
それで合格したら何か得るものがあるならいいけどさ。ないじゃん。
ローリスクノーリターンじゃん。
後、「試す側」っていうのは上位であるので、
要はマウント取ろうとして腰ヘコヘコしてる犬と一緒なんだよな。
とても質が低い行為だと思います。友達選ぶよ。
そんなこんなで、無自覚で使ってるんだったらやめようね。
自覚があるなら明日テメーの枕元に馬の首置いてやるからな。
以上。
結論:総じてメンタル弱過ぎ
久しぶりにTwitterのまとめ見た肉です、こんばんは。
相変わらずコレ系ってリプ欄とか※欄に震えますね。
蓮コラ見た時並みに震える。うひょー収穫し放題だ〜!
友達の地元の子ども新聞らしいけど、子ども記者(小学生)の容赦ないマジレス蛮族ぶりに震える…/ついっぷるトレンド
小学生のコメントが辛辣なのは今に始まったことではないけれど、
そういったものをネタにした塵山の一つですね。
傷も少ない体力も溢れてる人間が守備に徹するわけねぇだろ。
問題はそこじゃないんですけど。
まずね。マジでメンタルが弱い人が多過ぎる。
ネタかもしれないけど、弱いフリしてたらホントに弱くなっちゃうよ。
そもそもモテる為にどれだけの努力をしてるんだ?何を犠牲にしてるんだ?
どれだけの面倒臭いを殺してモテに徹してきた?
どれだけの言い訳を突破してモテようとしてきた?
それらを真剣にやってた人間だけがこの言葉で傷付いていいんだよ。
後、小学生の辛辣発言集の中ではこれかなり甘口だぞ。
むしろどこが辛辣なのか説明してもらわないと理解できないくらいだ。
確かに傷付く代表の正論詰めだが、
先ず非リアの味方である発言(これは流行言葉に近そうだが)。
そして聞かれた立場としてのモテる為の考え。
さらにモテることに焦る人間に対しての諭し。
どの立場にも寄り添ってる素晴らしい回答だと思う。
子どもかどうか疑うならこの配慮の部分だろ。7Kではない。
ちなみに俺も7Kは知らなかったがどこの教えなんですかね。
主コメ・辛辣発言に対する反応だけでここまできてしまったよ。
この子ども記者の要約能力に圧倒されるばかりだ。
後はクソバカかよこいつって思ったコメ欄を独断と偏見でケチ付けるね。
先にまとめの方のコメ欄で見た
「7Kは結局調子のいい人間ぶってるだけ、
子どもの内はいいだろうが45過ぎてそれはマズい」的なコメ。
落ち着いて子ども記者様の文章もう一回読もうね。
「モテなんか知るかよ」ってちゃんと前置きしてるでしょ。
小学生にモテを聞く45のカレーなボケにきちんとハリセンしてるでしょ。
「大人の私から言わせてもらえばー」じゃないんだよ。
「知らねーけどちょっとスマホで調べたらそんなん出ましたけどー」
的な流れだったでしょ、7Kの下りは。
「毛も生え揃ってねぇガキに聞いてねーでテメーで調べろ下さい」って
暗に言ってるんだよ。察しろよ。そしてその通りだよ。
まぁネット慣れしてる人間にはこういうキツい言葉の方が
ネタっぽく聞こえて逆にメンタル保たれるのかもしれないが。
次にリプ欄で見た
「こんなの(子ども新聞に)載せるなよ…」
「これを子どもが見たらどう思うか気になります」
的なやつ。
じゃあ質問してくんなよ。
そして子どもが見たら盛大に笑って終わりだよ。数分後に忘れてるよ。
一度経験した時代を何故そうもすっかり忘れられるのか謎だよ。
モテに強い興味も意欲も然程ない時期にどうも思わないだろ。
一部のませた子どもは別だけどな。時期によっては思春期だし。
そりゃ思春期なら大人以上にショックかもしれないが。
…いやーどうだろうな?結局言われてるのは45歳だからな?
オジサンが子どもに正論で返されてるなんて子ども大好きだろ。
いつも五月蝿いけど知識でも力でも勝てないと思ってた大人を
子どもがさっぱりと論破するんだぜ?気持ち良いと思うけどな。
勘違いしてるのかさっぱりわからないんだけど、
あくまで「子ども新聞」は「子ども」が主役なのでね。
オジサンのメンタルとか嬲った方が楽しいに決まってるだろ。
童心を忘れるなよ。折角、精神成長してないんだからさ。
後はもう大体一緒だからまたイライラする前にこのくらいにしときます。
しかし、この記者が子どもがどうかの議論も必要か?って思っちゃうが。
そしてさらに思うのが、これを子どもが書いて驚くか?ってこと。
これが何歳が書いたものなのか知らないが、大体小学生だと思った。
小6なんていったら脳は大分活性化してるし、
憧れる知識人なんかも何人かいるでしょうし、
それなりに高度な返答が可能な子どもが多いかと。
そもそも新聞の記者をやろうなんて考える子どもは博識ぶってますよ。
僕の小学校の学級新聞もそんなのいくらでもあったし。
っていうか僕の小学校は学級新聞が何故か何種も刊行されてて…。
僕もその一つの新聞のメイン記者だったことがありますが…。
思い出したくない黒歴史ですね。格好付けてたからなぁ〜〜〜しにてぇ。
当時の子どもにしては珍しい自サイトも持ってたんでブイブイしてた。あぁ。
…というわけでしてね。
子どもの頃から嫌いだった…子どもだったからこそ嫌いだった、
大人の求める「子どもらしさ」っていうものがとても感じられるまとめでした。
子役に対する自称大人の意見とか、そこら中で見られますけどね。
大人になってきてからそんな気持ちもわからんでもなくなりましたが。
「大人になったらわかる」これだけは確かにと思いました。
そう、大人になったからこそ分かる。その「子どもらしさ」請求。
その心理状態を知ったらもっと許せなくなったね。自称大人死んでどうぞ。
その心理状態については一々説明するとさらに長くなりそうなので大人になって知って下さい。
つまんないドクズの心理なので知らなくてもいいけど。
子ども程さ、大人を目指すしさ、大人らしくなろうとするじゃん。
ガキっぽいのなんて大人の方じゃん。
だってどんなにガキみたいにしてたって大人として扱ってもらえるんだもん。
子どもはちゃんとしてないと大人扱いはしてもらえないからね。
ちゃんとしててもしてもらえないのにね。
子ども扱いなんて侮辱だよ。特に成長を求める人間にとっては。
成長の妨げ。だから本能的に嫌いなの。
大人になってからでしょ。
弱者扱いされた方が楽だからそれに甘んじる人が出て来るのは。
まぁズルい子どももしっかりとやってるだろうけど。
ホント、「無垢な子ども像」ってどこから湧いて出たのか知らんが、
そんな水商売みたいな対応をを子どもに求めてるのどうかと思うよ。
恥ずかしくないのかね。自分の欲求を満たす為に、或いは罪悪感を癒す為に、
子どもをアリエナイ世界の妖精に仕立て上げるの。
クソペド野郎と何が違うのって思っちゃう。
「子どもとは思えない〜」
とか言ってる奴はもし周りの真似してやってんだったら即刻やめて欲しい。
ロリコンの真似して楽しい?正直キモイしか感想が湧かない。
ギャグだとしたらセンスを疑う。
まぁ、騙されたくないの心理が強いのだろうとは思うけどね。
これでこの記者が大人でしたーってのが怖いんだろ。
どっちでもいいよ。別に。誰もお前の恥ずかしいとこなんて見てねぇよ。
そのド滑り古代ギャグ口走った方がこういう無差別殺傷に遭うんじゃん。
ごめんな、機嫌が悪かったんだよ。深い意味はないよ。
ルーティンワークで働いてる人間より、或いはニートより、
週5で強制勉学させられてる人間の方が頭の回転はいいし、
スマホで何でも調べられるし、ニュースも見てるんだよ。
そしてまだ自身から埃が1mmも出ない身だからこそ
ブーメランの被害を心配する必要もなく発言できるんだ。
むしろ意識が高い時期でもあるから前向きな意見が出て来るしな。
プリップリの脳細胞と無限の時間の中でいくらでも小粋な台詞が考えられる。
身の程を知れ、大人共。バーーーーーーーカ。しね。豚のケツ。(大人の鏡)