フィクションも現実に存在する
僕にとってフィクションというのは現実に力を与えるものなんだ。
現実の難問にぶつかった時に、人は考え始めるだろう。
原因、可能性、解決法…。様々なことに考えを巡らせる。
時にはふと別のことを考えて気を落ち着かせたり。
それの目的はすべて、現実の難問に向き合う為の行為なんだ。
それは僕の捉え方だ。人に強要するのは間違っているのもわかってる。
でも、僕は悲しくなる。
現実に立ち向かうことから逃れ、フィクションを麻薬の様に使われると。
現実はつまらないから色とりどりのフィクションの世界に行くなどと、
心底つまらないことを言う人間に会うと。
自身の現実に色を付けるのは常に自分だ。
フィクションで虹色を操れたとしても、
空想の枠から出ることを拒めばただの空っぽの空虚だ。
現実の美しさを、多過ぎる情報を稚拙な脳味噌が処理できるように、
フィクションは夢のように存在するのだ。
フィクションは起きながらにして見る夢なのだ。
脳の整理なのだ。ポンコツのセンサーに認識させる為の。
私は悲しい。
フィクションを麻薬のように使われることが。
用法用量を守らないでバカみたいに乱用して自滅する人間が。
そのバカの所為でフィクションのレベルが下がることが。
私は悲しい。
思考することが認められているなら、フィクションだって認められる筈だ。
思考の中で簡略化していくことであらゆる閃きを得、
現実に適用することによって想像もしない反応を見られる。
自分の愚鈍な脳味噌には到底導き出せないような驚きが、
目の前で起こる。その鍵を見つけるだけの世界なのだ。
フィクションは現実と呼応する。
裏と表になり得る。
フィクションも現実になる。鏡の国のように。
その世界で得たものを現実の豊かさに還元できる。
ファンタジーは常にそれを言ってきたのに。
一体何を見てフィクションが好きなどと宣っていたのだ。
動機は逃避でもいいかもしれない。
あくまで動機であってほしい。
フィクションの中で経験してほしい。
フィクションは人を成長させる力を持ってるんだ。
真面目に向き合って、現実を生きる為に、
光り輝く現実の色を、受け取れるくらいに、成長する為に。
フィクションを使って欲しい。
所詮人間が書くものなんだ。
ロボットと同じで模倣先が素晴らしいことに気付ける扉なのだ。
美は常に、目の前にあるんだ。
フィクションを人殺しの道具にしないでほしい。
中毒者のように堕落して腐敗して死んでく者を作るような。
そんなものではない筈だ。
明日へと歩みを進められる、そういうものである筈だ。
現実が美しく感じられないなら。
二次元に飛び込んで帰ってきたくないのであれば。
あなたはフィクションの闇に囚われ呪われた者になってしまっている。
あなたはフィクションの世界を脅かす存在になってしまている。
二次元に入ったら光の世界の住人になれると何故勘違いしているのか。
今居る現実すら向き合えない人間は、闇の世界で永遠に苦しむのだ。
どの世界だって、向き合って生きる者だけが光を見れるのだ。
バカめ。
悪役ってのは悪ではないんだよ
自分クズだから自分の権威守る為に相手を蔑むって行為は理解あるんだよね。
だからこそそれを他人にやられると腹立つっていうか、
どういう心理状態でやってるのかわかるから余計に苛つくっていうか。
まぁ突き詰めれば「こいつに舐められてはいけない」という感情だから
ある意味で脅威を感じられているということで不名誉って程ではないのだが。
「俺より下の人間が俺を見下すとかアリエナイ」っていう心理が
透けて見えるから腹立つんだろうね。
そしてこういう発想の人間は実力で見返したところで
難癖つけて何らかの形で蔑もうとするわけなので
もう手の施しようがないっていうのもわかるから余計につらい。
それを無自覚でやる人間はさらに頭にくる。
ゲスなことしておいて罪を認めない人間とかクソの極みでしょ。
自覚の無い人間の心理で表面化してるのは
「バカにするな」「事実より定評かされてる」っていう心理で、
それって他人に対しての怒りになっちゃってるんだよね。
「他人が、自分を必要以上に蔑むから、対抗(訂正)してるんだ」っていう。
そんな心理状態になってる人間の大半が実際の人間性は低いし、
相応の評価をされてると思うんだけど、
誇大評価が過ぎるのか、はたまた自罰でさらに自分を追い詰めてるのか…。
対抗する必要を感じないとは思うんだけどしちゃうんだよね。
本当に人を見下してる人間っていうのは、
人に対して怒りを覚えない人だよ。
「私は優しいですよ」「私は中立ですよ」「博愛主義ですよ」
こーゆーのの多くはガチで人を見下してる人。
特に、言動がいっちしてない不安定な感じの人は確実。
本人は表現が下手とかいって逃げるかもしれないが、
表現が苦手な人間は隠すのも苦手なので深層心理が出てるんだよ。
つまりガチで見下してるんだから逃げるなよ。
お前は世間の冷ややかな目から逃げてるだけなんだよ。
そういうこというと「お前はどうなんだー!」って最終手段を
投じてくる輩がいるが、僕は「自覚しろよクズ」って言ってるだけだよ。
僕はもう自覚してるから真似したければしてくれて構わないぜ。
「自覚してやってるなんて最低」なんていう人もいるが、
クズだって故意的にやってるわけじゃない。
ホント、どうしようもないクズっていうのはいるんだよ。
自分でも抗えないような。病気って表現は嫌いだが、そんな感じの。
「人に迷惑をかけてしまっているだろうな」って自覚してるだけ。
直せるところは直すし、フォローも出来る限りするけど、
多分全然足りてない。
僕は自分の罪を認めてる人間の方が被害者目線になった時はありがたい。
だってその人はちゃんと「悪役」になってくれるんだから。
逆に認めてない人は被害者面をするので話が拗れるし面倒臭い。
被害者が加害者にされる瞬間が見れるから傍目には面白いけどね。
嘘、つらいだけかもね。胸糞。
ちなみに、自分を守る為の人を蔑む行為とガチで人を見下してる人。
これは多分、かなり紙一重で、リアルが充実しているかどうかで
併発するか片っぽで済むかが変わるんだと思う。
どの道人に迷惑かけてるんだから自覚して悪役になるくらいしろよって思う。
それだけでどんなクズも大分気持ちのいい生き物になるのにな。
殴らせてくれる悪役ってやっぱり好感持てるよ。
永遠に確かめ続けないと不安な人たちしかいない世界
母親曰く、「お前は正社の経験がないから体験はできないかもしれないが、口述だけでも挨拶や常識を教えてやる」。
まぁ、それは御有り難いことなんですが。
僕は頭が弱いので、どうしても理解しようとすると
ついつい質問をしてしまう悪い癖があるんですよね。
昔から両親には嫌がられていた癖なのですが、
外でやらないと怒られる不思議な癖なんですけど。
僕は自分が正社の経験がないことによって
一般社会人と呼ばれる人たちが「常識」としてることを
体験できてない、或いは勉強できてない状態であることは理解しています。
だからこそ僕なりに情報だけでも集めてはいました。
勿論、体験やしっかりした勉強に勝るものではないのですが。
実際、社会人の友人の体験談や情報は得ることができても、
しっかり叩き込まれるわけではないので母親の言わんとしてることは
わからんでもないです。
要は「叩き込みたい」「勉強をさせたい」ということなんでしょう。
ただ、その考えが僕の中でまとまる前に母親は怒ってしまいました。
「口述で教える」というものを僕は「情報」と何が違うのかわからなかったからです。
友人から口述で教えてもらってる常識は違うものなんでしょうか?
僕の友人は母親の社会人経験年数より遥かに上です。
うちの母親も勤続年数は短いものなので。
だからこそ余計に、何が違うのかわからなかったんですよ。
それでついつい聞いてしまったのですね。
まぁ、彼女のパート出社前だったからタイミングが悪かったのでしょう。
当たり前ですが、彼女から切り出してきたんですけどね。
彼女の悪い癖です。
自分で勝手に人との会話の時間を決め付けてそれが上手くいかないと
「面倒臭く」なってしまうらしいです。
普段から自分が口下手なことを盾として生きてるくせに
人がその所為で理解するのに時間がかかるとか考えないんですね。
頭の弱い相手だったら尚更時間がかかるというのに。
圧倒的な理解力のある人か、絶対服従、或いは面倒なので
わかったフリをする人しか会話が上手くいかないパターンです。
会話が上手くいかないのは半分は自分の所為なのだから、
「面倒臭い」と人に責任を押し付けるような発言は危険です。
せめて、腹の底が読まれるとしても「上手く説明ができない」などと言っておけば喧嘩するつもりはないことだけは伝わる気がします。
そして彼女の会話力からみても、正直ものを習いたくありません。
一つに、相手が頭が弱いことを絶対的に許さない喋り方をするからです。
生徒がどこまで理解していてどこで躓いていて何を疑問に思っているか。
それがわからないから「面倒」になるんです。
そうやって大事なところはいつも育児放棄してきたというのに。
環境は可哀想らしいので別に責めるつもりはありませんが、
事実として大事な時にメンタルが折れてダウンするような人です。
安心して身を任せられません。いつ「面倒」で捨てられるものか。
そのメンタルの弱さも習いたくない理由の一つです。
メンタルが弱い先生にはよく当たったので面倒さはよくわかります。
厨房の生徒が煩いだけで毎回50分授業をボイコットする先生とかいました。
虐めがあったりとか可哀想な環境だったのかもしれませんが、
「教わりたいか」という問いには全力で首を横に振らせて頂きたいです。
まぁ、僕の意思など関係なくできるだけのことをして
「自分ができるだけのことをした」という満足感から
今後何が起こっても自分の責任が軽くなるようにしたい心理動向でしょうが。
別にそんなことしなくても僕は「お前の所為だ」なんて本人には言わないよ。
実際誰の所為でもなく、仮に言ったところでそれはやるせない気持ちを吐き出したいが為だけのなんら意味の無い言葉なんですから。
だから嫌なんです。自罰的な人。
勝手に自分を責めて防衛反応で無関係な周りを攻撃してくるんだから。
僕の身を案じてくれてるのは大変ありがたいのですが、
自分を慰めるだけの教育法だけは開始5年目くらいで反省してやめてくれ。
僕は今の業界で挨拶に困ってはいないし、助けを求めてもいない。
確かにフォーマルな場面は特に苦手だと自覚はあるが、
僕の周りにはそんなのしかいない。だからそこで働いてるんだ。
もっと意欲的にいかなければいけないことも理解はしてる。
でもそれをどうにかする方法は挨拶の方法ではなくて意識の問題ではないだろうか。
確かに確固たるマナーを持っていれば自信は多少出るだろうが、
そもそも彼女の教鞭で確固たるマナーは身に付かないと強く感じる。
そう、僕が感じてる時点で僕に自信がつくことはないだろう。
もう少し上手く騙してくれればいいのにと思う。
そんなことをいうと「ただの親だから」とか逃げ出すのだが、
だったら最初から自分で教えようと思わず、プロにでも任せればいい。
そんなへっぴり腰で教えられても自信は付かない。
僕は礼儀作法が完璧でないとやっていけないような世界で生きてはいない。
生きようとも思わない。
そんな苦手科目潰しより、得意科目を伸ばしていきたい。
苦手科目克服人生=年齢の僕がいうんだから間違いない。
苦手科目潰しは、無駄だ。
少なくとも僕の求める人物像にはなれない。
まぁ別に先の会話でそこまでやる気の無い発言はしていないが、
乗り気じゃないのも確かではある。
だからこそ奴隷の様な選択肢がない者のように振る舞いたくなかった。
納得してからでなければ勉強だって身に付かない。
最終的に「体験しないとわからないことだから」と
捨て台詞を吐いた母親が今日のハイライト。
口述じゃわからないってことじゃないですか。
じゃあ習うだけ無駄じゃないですか。口述で。
彼女が一番長くやってきたのは母親業。
多少最近は色々経験に基づく動きをしているが、やや理解不足。
それは彼女自身にやりたいこと(本人談)があって猪突猛進できないから。
全力でなければ上手にできない人間と自白しているのに。
それでいいとは思う。
好きなように言えばいいと思う。
僕は鏡。
真面目に「僕に」向き合ってる人にはそれ相応の成果を出せる。
出そうと思える。頑張れる。信じられない程やる気が出る。
逆に「自分しか」見てない人に対してやれることがない。
同じ要に自分をぶつけることしかできない。ぶつけているだけマシだ。
こっそり消えてしまうことだってできるのだから。
自分しか見えてない相手の前から消えるのは簡単だ。見てないから。
別にかりそめでもいいんだ。
生徒の目をしっかりと見てるだけでもいいんだ。
わからなくても、わかってくれてると思わせるだけでいいんだ。
難しいのは知ってるよ。だからやろうと思わない。
僕を「見よう」としてくれていることは本当に嬉しい。
それだけで僕は十分だとさえ思う。
でも、彼女自身が言った、「(親との)隙間は埋まらない」。
僕はその通りだと思う。
心配してくれるのは嬉しい。それだけわかれば他には何もいらない。
その他の問題は僕にあると思う。親の所為じゃないと思う。
僕の心の安定の為に何かの所為にすることだってあるだろうさ。
でも、その根底がある限り、その何かに危害を加えようとは思わない。
出来損ないに生まれて本当に悪かったと思ってる。
でも、これも僕の所為じゃない。誰の所為でもない。
確かに教育が特別よかったわけでも環境が良かったわけでもないけれど。
そんなの微々たる要素なんだ。
愛してくれてありがとう。
お父さんも、お母さんも、僕よりも未熟な内から、大変だったよね。
つらかったよね。苦しかったよね。本当にごめんね。
こんなこと言っても喜ばないだろうなってわかってるけど、ごめんね。
もう無理しなくていいんだよって言えればよかったね。
僕のことなんて忘れちゃってって、言えればよかったね。
でも僕はそれが堪らなく怖かったんだよ。
それだけが、堪らなく怖かったんだよ。
死んだっていいから、忘れられたくなかったんだ。
何度も、何度も、忘れられそうだったから。
そんなことないって信じたいけれど、そう、見えてしまったから。
不安を掻き消せなかったんだ。
怖かったんだ。
本当に、ごめんなさい。
視野を広く
今日、愚弟と母親の口論で愚弟が面白いこと言ってたので
ここで大爆笑したいと思ってる肉です。
前置きとして母親は少々言葉のニュアンスが独創的というか、
偏った使い方をしたり、言葉のチョイスが好戦的だったりすることがあります。
それ故の口論から愚弟が、
「俺も早く父さんみたいに母さんの扱いに慣れたい」
的なことを皮肉めいて言っていたのですが。
いつから父親は母親の扱いに長けてたんでしょうか?初耳です。
流石に吹き出しそうになりましたが堪えた僕を褒めてくれる人がいない。
大体真面目な話になったら口論に発展するわ、
挙げ句の果てに面倒になって仕事に逃げてるわで
父親が家族の誰の扱いにも長けてないのは明白なんですが。
夫婦喧嘩の内容を聞いててもお互い解釈がずれたりしたまま
話を整理することもなく感情的に爆発してるので
コントロールする気がないとさえ思っていたよ。
はーやれやれこりゃダメですわって顔して逃げてるだけではないの?
結局問題を解決することもなく成り行きに任せてるだけでしょ?
それを悪いとはいわないし、口を出そうとも思わないが…。
扱いに慣れてもいないし、上手くかわしてもいないし、
一体全体なにを見たらそう見えたのかわからないレベルです。
そう、そこで何故愚弟がその解釈に至ったかを考えるとだね?
父親が愚弟と話してる時にそういうイメージソースを匂わせてるって
ことになるよね?当然といえば当然ですが。
その光景だけでも大爆笑ものなのに、
あれだけおおっぴらにやってる夫婦喧嘩の内容を把握してない愚弟も
相まって僕の横隔膜は痙攣しっぱなしでした。
でも父親を尊敬するのはいいことだし、
特に思春期の男子には大事なことなので、
静かに黙ってテレビ視てました。偉い。
別に親の悪いところを見ろとかいいたいわけじゃないんだけど、
現実を第三者的に把握しておくことは大事だと思うんだよ。
親だって人間なんだからダメなところだってあるでしょ。
そうだったからって嫌いになったり蔑んだりすることはないでしょ。
良い所だってあるんだから。
ただ、出来てないことをあたかも出来てるかのようにいうのは笑えるよ。
あのね。両親のどっちかがコントロール上手だったらね。
そもっそも、こんな面倒臭い家庭にはなってないんだわ。
ロストコントロールして逃げてるから面倒なことになってるんだわ。
むしろ事件に発展してないだけ偉いレベルの問題先送りっぷりだからね。
すぐに「絡まれた!あっちいって!」ってなるキャパ袋小振りママと、
面倒事は黙ってやり過ごそうとする無責任家庭放棄パパ。
どっちの真似もしちゃダメだよ。
特に人間関係に関してはどっちも壊滅的だから。
パパとママの本当のいいところを習って、
人間関係はもっと上手な人に習おうね。
こういうことがあるので視野は広い方が良いんだよ。
友達できなくてもいいから人を沢山見ようね。以上。
敵の味方は敵じゃないよ
喧嘩して興奮するとついつい冷静な思考が鈍るものですが、
喧嘩相手の好きなものをdisってしまう人をよく見かけるのが
とても残念な肉です、こんばんは。
特にその業界に対して知識がなければ悪く言ってしまいがちですよね。
相手がショックを受けると思って言っちゃうよね。とんだとばっちりだよ。
でもまあわかってるとは思うのですが、
好かれてるものや人というのはまったくの無関係です。
できれば興奮しても無関係の人を殴る行為をしないようにしたいですね。
じゃないと関係ない外野が違うことでぶん殴ってきてしまうので。
炎上で面倒なのはそういうのも出てきて混乱するところ。
戦局を有利に進めるには印象ってとっても大事なんだよ。
こういう場面でよく思うのが、
「こういう時こそ周りを味方にすればいいのに」ということ。
何かを貶める発言っていうのはどうしても口をついて
出てきてしまうだろうけれど、喧嘩の原因というものがあって
それは持論と相手の理論のぶつかり合いなのだから、
貶める発言って実は喧嘩に必要ないんですよね。
相手がバカだのアホだの言ってくるかもしれないですが、
それを同じレベルになる必要はない筈ですよ。
要は自分の意見を通したいだけなんだから。
喧嘩を傍から見ている時に誰も貶すことなく理路整然と話せる人は
見ていても安心ができますし、それだけで好感度が上がります。
それ故に味方が付き易いです。
勿論、厨二が「俺冷静なんだけどお前なに興奮してんの?」みたいな顔して
支離滅裂なことを落ち着いた風を装っていってるのは違うんですが。
喧嘩だろうと結局エンターテイメントにした人間が勝つんですよ。
視聴者がいて、彼らが理解しやすく楽しめる人に味方がつく。
味方がつけば勝ち易い。勝てば意見は通し易いんです。
まあ勝ち負けの話ではないんですけどね。
意見を通したいだけで憎み合いたいわけじゃないだろうし。
アフターケアで喧嘩相手とも穏やかになれる人はカリスマ溢れてます。
この世はエンターテイメントにしてしまえば楽しいものです。
勝ち方も負け方も生き方も死に方も喧嘩も争いも犯罪も自殺も。
そうしろと言うわけではありません。
自分だけのプライベートは自分だけのものにしたい人だっていますし。
そういった人の方が大半だと思うので。
まあだったら喧嘩も誰にも見えないところでしろって思いますけどね。
見えるところでやるなら面白くして下さい。
周囲は不穏な気持ちにさせられて大変不愉快な被害を受けています。
言ってしまえば喧嘩というのは両方が周囲へ加害を行っている状況です。
さらにとばっちりでdisられたもんなら目も当てられません。
喧嘩相手とは別の人間がその場に居た時、或は話題に上がった時、
その人に悪く当たってしまうことに利点はまったくありません。
その態度だけで人間性を計られてしまいます。
嫌いな人が好きなものだから嫌いになるとか、
一体どんだけその嫌いな人に心の中支配されてるんですか。
その人のことで頭がいっぱいなんですか。
アオハルかよ。