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++ Twelve Moon ++

いつかまた、あの欠片たちに出会えたら・・・
そんな想いを笑顔の裏に潜ませ生きてきました。

そしてついにその『いつか』は現実のものとなり、あの欠片たちと再会できました。
夢のような時間はあっという間に過ぎて行きました。



『またいつか』・・・ね。

 

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…ってこれ誰?ww(・∀・)





詳しく知りたい方はヤホーで検索を(笑)









私は全く知りたくもなかったのに、連日のニュースで知る事になる…










八百長問題に関与したこの力士の名が、春日錦だという事を。










ニュースでこの名前を聞く度に、無駄に反応してしまう自分が可哀想!( ̄3 ̄)


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幼児虐待の犠牲者たち、

とりわけ

隠れた犠牲者たちへ…
















作品タイトルの次ページ…


プロローグ前に記されたこの言葉の意味は、実に重い。






けれど、この言葉に込められた著者の真意は、何より重大なメッセージを秘めている。











この作品を手にした当時、そう感じたものです。









つい最近貸していたこの本を返された時、冒頭のページを何気なく捲った自分に後悔した。













ノンフィクション作品という物は、事実に基づいているのではなく、事実そのものなのだ。






どれだけ自分が理想を思い浮かべ、祈り願おうとも、非情な現実だけがどんどん突き返される。






都合良く捻じ曲げる事のできない絶対的なもの。











ただ、その事実を突きつけられた時にこそ、人間の真価が問われるのだと…




試されるのだと思う。












いずれにせよ、真の救いを見いだすのは自分次第という事ですね。











ボクのMessiahとは…?


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はい、勢揃い(笑)




第1弾のグルーミーから春夏秋冬のグルーミー。


総勢5体。








ゴレンジャーだね(笑)









残念ながら私の部屋には飾ってあげられないから、箱に入れっぱでクローゼットに眠ってもらう事になるんだけど。





収集癖があるからこういうパターンが多くて…。






ほんとは飾ったりしたらもっとインテリアが賑やかになるんだろうけど、煙草吸いだし傷むのも嫌なんだよねー。









でもピやAngeloやキリト関連のグッズは、地震や火事の時にはもはや持ち出せる量じゃないからなー。



写真やサインや、1点物とかも瓦礫の下敷きになっちゃう。














うわっ…







それかなり切ないな(笑)









勿論このゴレンジャーも燃えて灰になるという事ですねw











せつなすーーーー\(T∀T)/


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一文字削れば…






God morning!!







神の朝!!










意味わかんねっ!







前髪うぜっ!









ジャージのおっさんに追い抜かれた!









悔しくもない!けっ!










指が千切れそうだからもう終わり!












あ、今度は中学生に追い抜かれた!











だから悔しくないもん!けっ!












着いた。


無神経な人間ほど



健康的な体を持っている。










…そう思いませんか?
















神経質な人間ほど



健康的な体を欲している。











いや…








健康というより





健全でありたい。









…そう思います。


















さて…






明日私はどれ程の神経をすり減らし




室井さんに負けず劣らず


眉間に皺を寄せる事になるのでしょうか。







頭痛と胃痛のダブルパンチだけは避けたいところです。。。











今夜は明日に備えて早寝。






おやしゅみ。



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キリトに続き、ピエロも。






懐かしい。






たまにプニプニした人も写ってますねww







懐かしい体型(爆)













どんな小さな記事でも見落とす事なんか出来なくて。




だけど雑誌をそのまま残しておくなんて事も出来なくて。







だからスクラップする事にした。







定規とカッターと糊を用意して

さぁ図工の時間の始まり始まり。






こういうチマチマした作業大好き。



図工の時間はいつも目を輝かせてた。






彫刻刀とか糸のことかで木を削って作った掛け時計、どこ行ったんだろ(笑)





今ならどんなデザインの掛け時計を作るかな。









たまに無性に何か作りたくなる時がある。



ろくろとか回したり(笑)







頭の中のイメージを絵に描くより、私は昔から物を形作る方が上手く表現できた。






目からの情報だけでは不安なのかもね。





触った感触とか重さとか、少しでも自分のイメージを感じ取ってもらえる要素が欲しいというか。









だから絵画展とかに行くと、自分の想像力が暴走して大変なんだよ。





そんな勝手な暴走を止めてくれる人なんていないし(苦笑)






っていうか、誰かの想像力を抑制する事なんて誰にもできない。







送り手にとっても受け手にとっても、イメージは無限だから。













このスクラップ作業は、今も継続中です。


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傘チョコだってー


かーわーいーいー(´ω`*)






不二家にもこういうチョコのお菓子あるよねー








思い出してたらチョコが食べたくなってきた(´・ω・`)


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キリトがいっぱぁーい(笑)





ちょっと気持ち悪いねwww








まぁ自分が当時スクラップした産物なわけだがww(・∀・)








また偽装音楽業界みたいな連載始まんないかな。









伏せ字大好き!\(^o^)/


4年前の日記を読み返した。




ライヴレポを綴ったものしか移行しないと決めていたにも関わらず、どうしても残しておきたい…残さなければいけないと強く感じたある日の日記。







なぜその日の日記を読み返そうと思ったかはわからない。




強烈な感情に支配されつつ綴ったものだから、その内容は4年経った今でもはっきり覚えているというのに。
















ペンを握り、紙に文字を綴ったわけではないが、あの日の私は正に“書き殴る”勢いでケータイのボタンを打った。












まるで反逆の狼煙を上げるかの如く。















4年の月日が流れた今は、当時抱いた強烈な感情は消えている。



不思議なくらい、きれいさっぱり。








きっと時間が掻き消してくれたのだろう。











ただ、そんな荒れた心を癒してくれたのは、時間だけではないという事を私は知っている。






明確な存在を、間違いなく私の心は感じ取っている。












何に縋れば…



どう救いを乞えば…






何もかもが解らなくて、身動きが取れなくなる時もある。






自分がどうしたいのかさえ解らず、歩く事も戻る事も、止まる事さえ違う気がして。



気持ちばかりがどんどん先走る。









私、結構そういう時はあって。



一人で悶々としてるんだけど…(苦笑)










そういう時は、順を追って物事を捉えるようにしてる。






ここまでの過程を一つ一つ紐解く事で自ずと反省点が浮き彫りになり、ここからの課題が嫌でも見えてくる。





知識や経験に無駄なものは何一つなく、大事な事は、そのプロセスで得たものを如何に活用できるかどうか。








応用できる自分を養いたいものです。


















いやーしかし




数年前の激情はまざまざと見えているのに、今日の視界は実に悪かった!ヽ(`Д´;)ノ






黄砂か?



光化学スモッグか?!







貴重な青空が台無しじゃん。




ばっきゃろぅ。



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窓から空を見上げたら、屋根から氷柱が垂れていた。











ポキッと折れて落ちてきたら、私の脳天は串刺しになっていたでしょうね(笑)







恐ろしや、自然の産物。











でも小さい頃、こんな氷柱を見つけたら、ポキッともぎ取ってガリガリ食べていた記憶がある。






天然の氷だぁーーーっ!!!




…とか、はしゃぎながら。




















私が馬鹿なんじゃない…













子どもという生物は、本来そういう生き物なのだ(笑)












子どもには子どものルールやスタンスがある。






大人には理解できない、介入できない子どもだけの決まり事。









自分の奥深くに眠る遠い記憶を、たまには呼び覚ましてみるといい。








無知な子どもは無知なりに、その瞬間を全力で楽しんでいた。







知識や経験は、時に弊害となる事もある。



自由を奪う足枷だと。











だけどそれは成長していく上で、自らが自分に嵌めた足枷だという事に気づけたなら、また別の視点を見つける事ができるだろう。










生きる上で、絶対のルールやスタンスなんてない。






子どもには子どもの、大人には大人の、そして自分には自分のスタイルが必ずある。





恐いのは無知な自分ではなく、自分に対して無知だという事。






自分を知る作業だけは、生きる上では怠るわけにはいかない作業だと、そう思います。













屋根から垂れ下がる氷柱を見ても、氷柱は食べる物ではないとちゃんと認識できている今の私は、あの頃より随分成長しているんですかね(笑)