窓から空を見上げたら、屋根から氷柱が垂れていた。
ポキッと折れて落ちてきたら、私の脳天は串刺しになっていたでしょうね(笑)
恐ろしや、自然の産物。
でも小さい頃、こんな氷柱を見つけたら、ポキッともぎ取ってガリガリ食べていた記憶がある。
天然の氷だぁーーーっ!!!
…とか、はしゃぎながら。
私が馬鹿なんじゃない…
子どもという生物は、本来そういう生き物なのだ(笑)
子どもには子どものルールやスタンスがある。
大人には理解できない、介入できない子どもだけの決まり事。
自分の奥深くに眠る遠い記憶を、たまには呼び覚ましてみるといい。
無知な子どもは無知なりに、その瞬間を全力で楽しんでいた。
知識や経験は、時に弊害となる事もある。
自由を奪う足枷だと。
だけどそれは成長していく上で、自らが自分に嵌めた足枷だという事に気づけたなら、また別の視点を見つける事ができるだろう。
生きる上で、絶対のルールやスタンスなんてない。
子どもには子どもの、大人には大人の、そして自分には自分のスタイルが必ずある。
恐いのは無知な自分ではなく、自分に対して無知だという事。
自分を知る作業だけは、生きる上では怠るわけにはいかない作業だと、そう思います。
屋根から垂れ下がる氷柱を見ても、氷柱は食べる物ではないとちゃんと認識できている今の私は、あの頃より随分成長しているんですかね(笑)
