実は、「南無妙法蓮華経」という言葉も、蓮の花にたとえて「One=All(ワンネス)」の真理を伝えたものです。水面に浮かぶ蓮の花は、ひとつひとつ別々の花に見えますが、その根っこはひとつです。すべてのイノチは、地球の中心ではひとつのイノチ、すなわち、「One=All(ワンネス)」だということを教えているのです。
また、蓮は泥水(善悪悲喜こもごもの現実界を象徴)の中にありながら、決して泥水に汚されることなく、逆に、そこから養分をしっかり吸収して、水面上に美しい花を咲かせます。
この蓮のように、たくましく生きるエネルギーの大切さ、それが、私たちのイノチの本質なんだということも教えているのでしょう
さて、地球の引力である愛と、完全に一体になった状態が「One=All(ワンネス)」と書きましたが、地球の中心は太陽の中心につながり、その太陽の中心は銀河系の中心につながり、その銀河系の中心は宇宙の中心へとつながっています。
つまり、すべての存在の中心は、最終的には、宇宙の中心へとつながっているのです。
「世界中の人たちは地球の愛でひとつにつながっている」=「すべてのイノチは宇宙の愛でひとつにつながっている」であり、「地球の中心で私たちはひとつ」=「宇宙の中心ですべてのイノチはひとつ」でもあった…。
さて、前置きがずいぶん長くなってしまいましたが、白山大神は次のようなアドバイスをイザナギにされたのです。
「肉体の死にとらわれてはいけません。『One=All(ワンネス)』の世界で、あなたとイザナミは一度も離れ離れになったことはないのです。そのことを忘れないでください」と…。
イザナギから、アマテラス、ツキヨミ、スサノオの三貴神が生まれましたが、もし、イザナギだけから生まれた子であるなら、三貴神に母親はいないはずでしょう。でも、スサノオは母親のイザナミを恋しがって黄泉の国まで会いに行こうとしたのです。
ということは、スサノオはイザナギとイザナミから生まれたことになるでしょう。
その理由はこういうことだったのです。
白山大神とは、「One=All(ワンネス)」の世界と、私たちをくくる働きをされる神さま…(白山大神がククリヒメとも言われる理由です)。
この神様がいらっしゃるから、私たちは「One=All(ワンネス)」の世界(またの名を「エデンの園」)に、再び、帰還することが保証されているわけです(この「エデンの園」が地上世界に顕現されてミロクの世となるのです)。
今日、この地に僕が導かれたのは、再び、この大いなるイノチの源泉と結ばれるためだった…。ウィーン、ウィーンと袈裟山が鳴り響いたのは、まさに、イノチの世界からのコーリングだったのです(補足参照のこと)。
~補足~
国家風水師の白峰先生いわく、「古代、世界王朝の主だった白山菊理姫(白山大神)は(エジプト文明にも関与していたそうです)、もう一度、日本を中心に世界を結び、新たな世界文明を開く働きをする。それは、日の本の国、すなわち、太陽神界とつながる「霊」の本の国の本来の役割でもある。その「霊」の本のエネルギーで世界をひとつにくくり、「One=All(ワンネス)」の新文明を開く働きをするということでもある。魚座から水瓶座へのシフトは、白山菊理姫という女神の時代となったということ。 それは、女性原理でなく母性原理。水瓶座の時代は、母性原理で世界が動くようになるということ」だと…。