ネガティブ最前線 -24ページ目

もう終わりにしよう

世の中には、どうしようもない事が沢山ある。

持つ者と持たざる者がいる。

誰もが自分が抱えた問題で精一杯の中
僕はその自分の事さえも満足に処理出来ない。

親不孝と言われようが
僕は僕を産んだ両親を恨むし、
もしそれが神だの仏だのの仕業だというならそれらだって呪おう。

自分では何一つ出来ないこんな命なら、初めからいらなかった。

周りは努力が足りないだけだと言うが、僕はやる事は全てやったつもりだし、
その結果は全てマイナスを齎した災厄の火種に過ぎなかった。

僕は100万円をどぶに捨て
親友を自殺に追い込み
周りを後味の悪さに巻き込んだ。

今なら言えるんだ。
自分がやってきた事は
全て間違っていたと。

自分の過ちに
僕は周りの人間を巻き添えにして
さも自分一人の失敗ではないかの様に振る舞ったが、
結局自分が甘かっただけだと気付いた頃にはもう周りには殆どの人間が居なくなっていた。

恨もうが憎もうが
対象は全て自分。
それすら時々忘れてしまいそうな程の愚かさ。

許されるなら
思い切り自分を傷付けたい。
その血に罪を重ねたい。
それも罪だと人は言う。

なら、どうしたら罰を受けられる?
死ぬことも生きることも許されないなら
僕は何処へ行けばいい?

終わらない罪。
重さを増して僕を押し潰す物。

僕はただ
罪が降り積もり
報われないこの疲弊した命を
終わらせたいだけなのに。

障害者

僕が障害者になってから
一番困っていることは
集中力が続かないという
致命的な症状。

それに加えて
決断力も無くなってしまったので
仕事は愚か趣味も満足に出来ない常態。

読みたい本も
観たいDVDも
やりたいゲームも
聴きたい音楽も

全て病気が邪魔をする。

悔しいけれど、病気には勝てない。
勝てないから障害者な訳で。

家族からも
「使わないなら買うな」
と趣味を制限される始末。

大好きな物を全部抱えて
心中したい気分。

何も出来ないのに
生きていても邪魔なだけ。
そんなの、解り切っている。
死ぬのも厄介なら
どうしたらいいんだろう。

僕はどれだけ詫びて
生きながら死に続けるんだろう。

もう殺してほしい。
全て終わりにしてほしい。
生んだのが間違いだったと
親に認めてほしい。
そして
捨ててほしい。

それは、わがまま?

物と物語

僕の主なお金の使い道は

ゲーム・本・DVDです。


病気になってから

集中力が落ちて

まともに漫画も読めないのに

僕は次から次と

新しい物を買っては積んでいます。


僕は年金で生活しているので

勿論一銭だって無駄には出来ません。

でも

それでも

他の世界に逃げて

一日を終わらせることに必死で

僕は性懲りも無く次々と作品を買うのです。


でもそれも3月で終わり。

4月からの年金は

僕の良いようには使えなくなります。

家計を支えるためです。

それでも今

お金を使えるということは

ありがたいことだと思っています。


毎日毎日

ろくに何も出来ない日が続いて

ただ死ぬのを待っているのは

既に死んでいるのと同じだと思います。


僕は今生きている。

生きているからには

何かやらなければならない。


人を殺すことも

自分を殺すことも

罪とされるこの世の中で


僕はどうやって生きていけばいいのだろうか。


僕はただ

全てを無かったことにして

死んでしまいたい。

ぼっち

まずは、お久しぶりです。

リアルで色々あって疲労困憊しており、

PCを開く余裕すらありませんでした。


ここ最近の僕の脳内は

「如何に一人が楽しいか」

という事ばかりでした。


人と話すのはそれはそれで楽しいのだけれど、

それが何日も続くと

「この数日は俺にとって生産性があるのか?」

とつい考えてしまうのです。


一人で居れば

ゲーム・漫画・小説・DVD・音楽と

自分の糧になる物に好きなだけ触れられます。

けれど、人と話していても

僕の創作に役立つことは何一つ無いのです。


僕の唯一の生きている証。

それが創作活動。

それに役立たないものは

出来るだけ排除してしまった方が良いのでは、と。


人と話すのは確かに息抜きにはなるので

「じゃあお前これからずっとぼっちな」

となるとまた話は変わってきてしまうのですが、

今はとりあえず一人でいたいです。


一人でいて

ぽっかり空いてしまった何かを

取り戻さなければ。

人間らしいこと

気が付けば

日常に流されて

人間らしいことを一つもやっていない。


毎日朝起きて

病院へ祖母の見舞いへ行って

祖母の家の猫の世話をする。


それだけで

僕の一日は終わってしまう。


落ち込むとか

凹むとか

そんなんじゃなくて


もっと大切な

根本的な何かが

抜け落ちてしまった感覚。


確かに祖母はじき死ぬかもしれない。

その祖母の為に時間を割くことは正しいかもしれない。


だけど

その中で犠牲になる自分の時間が

酷く勿体無く感じてしまう。

僕はもっと一人で

色んな事をしたいのだ。


母がバイトを辞めてから

家には毎日人間が居るようになった。

人間と関わるのは

僕には酷くストレスになる。


こっちが作業をしているのに

藪から棒に話しかけられたり

だからといって向こうが作業をしている時は

声をかけると「煩い黙れ」と言われる。


もう嫌だ。


毎日病院と家を行き来して

見たくもないバラエティを見せられて

胃のムカつきを堪えながら食事を摂ることの

何が”生きる”だ。


確かに僕は生きることを諦めた。

だけど

死人に口無しとはこのことか、と

改めて痛感することになるのは予想外だった。


僕に発言権は無い。

僕が何か言うと、家族が不機嫌になる。

だから僕は何も言わない。

すると「何とか言えよ」と怒られる。

言ったら言ったで怒られる。


僕はもう、疲れた。

誰も居ない所で

眠ったまま死んでしまいたい。