ネガティブ最前線 -20ページ目

『愛する妻へ』

薬(精神薬)切れの頭で「来年は祖父さんの七回忌だね」と聞いた時、

目に留まった『機動戦艦ナデシコ』の星野ルリ(僕の永遠のアイドル)のパネルを見て思いついて

終いには何故か自分で泣きながら書いた詩です。


『愛する妻へ』


お前がいなくなってから、もう六年も経つだなんて
娘に言われて初めて気がついたよ。


あれからも毎日は忙しくて
それでもお前の写真に毎日挨拶をして
線香だけはあげるように努力してきたつもりだ。
だから俺にとってお前はいつも隣にいたし
一人で酒を飲んでも寂しくなんてなかった。


あんなに父親想いだったあの子も
ついに嫁に出てしまった。
あの時も多分
俺はそんな実感も感慨も無く
忙しさにかまけて現実を遠ざけていたんだ。


この間久しぶりにあの子から電話があってさ
「来月は母さんの七回忌だから、ちゃんと有休とっといてね」
そう言われて心底驚いた。


だけどもっと驚いたのは
思い切って一週間もまとめて有休をとって
久しぶりに身だしなみに気を遣おうと
鏡の前に立った時の自分の姿だった。


毎日見ていた写真のお前は
当たり前だけど全然昔と変わらなくて
ろくに鏡も見てこなかった俺は
自分がこんなに老けた姿になってるなんて
まるで浦島太郎にでもなった気分だったんだよ。


なぁ、判るか?
俺一人だけ、置いていかれちゃったんだよ。
お前もあの子ももう傍にはいない。
鏡の前にいるのはくたびれきった老いぼれ一人。
なんだかそれが無性に哀しくて
今になって独り身を痛感して
葬式の時でさえ出なかった涙が
信じられないくらい溢れて止まらないんだ。


そうだった
そうだったんだ。
忙しくしていなければこの痛みに気付いてしまうと
頭のどこかが勝手に動いて
俺を助けてくれていたんだ。


だけどさ
それじゃああの子もお前も心配だろうから
ちゃんと区切りをつけようと思う。
写真の中のお前はまだ若くて綺麗で
最後に撮った写真のあの子もまだあどけなくて
だけど確かに月日は流れて
俺達家族みんな、それぞれに年をとったんだ。
俺もいずれお前の所に逝くし
もしかしたらその前に孫の顔も見られるかもしれない。
それをさ、噛み締めてゆっくり歩いてみようと思う。


今までありがとうな。
もう少しだけ、待っていてくれ。
俺が生涯で愛する妻は
お前一人だけだから。
それだけは、変わらないから。

苛々

最近、何故かずっと苛々している。

周りに八つ当たりもしてしまう。

愚痴まではこぼさないけれど。


本当に些細な事で苛立って

そんな自分に苛立って。


ここ2週間ずっとそんなだったから

週1で通っている精神科で話したけれど、


「貴方は体調や気分が不安定だから、もう少しこのままで様子をみましょう」


と言われて終わりだった。


何か言われてほいほい薬を出す医者が正しくない事は勿論知っているし、

ついこの前まで無気力で落ち込んでいた人間に鎮静剤を用いるのは確かに危険な賭けだと思う。


だけど今に限って言えば、どんな名目にしてでも何か形のある対策が欲しかった。

一週間待てという。

ただその一週間、7日間が、自分や家族、友人達にとってどれだけ不快なものになってしまうのかを、分かってほしかった。


今の担当医の方を信用しているし、信頼しているからこそ黙って引き下がったが、

矢張り辛いものは辛い。


まぁ、3時間毎にデパス3mmを呑んでいた頃よりはマシになっただけ良しとするしかないのかもしれない。

それでもやっぱり、辛いなぁ。

改めて

何故こんなに死にたいと思うのか、について考えてみました。


まぁ理由は勿論『辛いから』なんですけど、

じゃあ一体何が辛いのか? という部分を。


今の僕は仕事もバイトもしていないし、

家族は殆ど仕事やバイトで居ないので

ほぼ一人暮らし家政婦付みたいな生活。


毎日やることと言えば、本を読んだりゲームをしたり。


こんな自由な生活のどこにストレスがあるのか。


───ありました。

僕は自らストレスを作り続けていたのです。

それは

”買った物に対する責任”

です。


本を買えば読まねばならない。

ゲームを買えばやらねばならない。

DVDを買えば観ねばならない。


そして最もストレスなのが


”それらを100%楽しまねばならない”


という自分ルール。


加えて作品の世界に魅せられて買ったはいいものの

それを持て余している自分にも苛々するのです。


そしてそれが病気によって出来ないために

「こんな駄目な自分でいたくない。いっそ死んでしまいたい」

と思うようになったのだと思います。


勿論初めて死にたいと思ったのはこんな事ではなく、

何も出来ない自分、期待に応えられない自分が嫌で死にたくなっていました。

また、性同一性障害からくるストレスも勿論ありました。

自分が憎い。自分が恨めしい。そんな思いが『死にたい』の原動力だったのです。


死にたいから病気になって。

病気になったから死にたくなって。


いつまでこんな事が続くんだろう、と思うともっと死にたくなって。


先日知り合いの霊媒師の方に

「僕の後ろについてくる女の子は誰ですか?」

と訊いたら

「自分だよ」

と言われました。

話によると、僕が初めて死にたくなったその時

僕は自分を拒絶して引き剥がしてしまったらしいのです。

その女の子の外見年齢は、確かにその頃でした。

自分を客観的にしか見られないのは、

自分という存在を外に追い出してしまったからだそうです。


でもどうしても、やっぱり僕は自分が嫌いです。

だからまだ受け入れることは出来ません。

霊媒師の方は

「受け入れることで世界が変わって見える筈」

と仰っていましたが、

例えばそれで世界が明るくなったとしても

生き易くなったとしても

それは、なんだか違うのです。


きっと僕は暗い所に慣れすぎてしまったのだと思います。

皆の言う「希望」や「夢」は

僕の目には眩しすぎて毒なのです。


だから今はまだ

このまま

死にたいままでいい。

そう思っています。

喪失感

僕はずっと、何の為に詩を書いてきたのかを考えもしなかった。

というより、それを知ってしまうことを避けていたんだと思う。


でもとうとう見つけてしまった。


僕は第一に自殺の代わりに死をテーマにした作品を書き、

第二に喪失感の出所を探す為に書いていたのだ。


喪失。

僕は何を失ってしまったのか。

延々と繰り返す作品での死は

ある時は自身が死に

ある時は誰かを失う。


僕は誰かを失った?

詩を書き始めたのは中学生の頃。

当時から死に向かうという傾向はあった。

でもそれは、自分の無力さに愕然として

また性別の問題とぶつかった為に発生したものであって

誰かを失うという事はあまり思い浮かばない。


では”何か”を失った?

けれどそれも思い浮かばない。

死を連想させる程の何か。

これもまた思い至らない。


けれど作風を見ると

其処此処に喪失感が埋め込まれているのは事実で。

いくら殺しても 死んでも 死なれても

その根源は分からないし、喪失感が無くなるわけでもない。


僕は誰の為に死ぬのか。

僕は何を失ったのか。

重要な部分が欠落した今では

怨念となった霊の様に

同じ場所を永遠に彷徨い続けるしかないのかもしれない。

死にたい。

死にたい。


死にたいんだ。


存在したくない。


心なんていらない


僕はロボットになりたい。


生きることは罪。


生きることは罰。


絶対的な死という結末。


それすら今は叶わない。


誰も愛せなくて


誰からも愛されない。


愛を知らないという事が


どれ程の差を生むのだろう。


僕の言葉に答える人すらいない。


それが現実。


誰かと生きていくには狭すぎる心


一人で生きていく力が無い身体


もう嫌なんだ


ずっと前から。


死にたい


消えたい


生きたくない。


どうしようもなく苦しいから。


今という時間は


永遠に続く牢獄。


何をしても誤魔化しきれない痛みが


空虚さが


僕の世界の全て。


叶わない夢なら


どうか見ないままで。


どうか知らないままで。