ネガティブ最前線 -16ページ目

幸せ

幸せってなんだろう。


生きていて良かったと思えること?


生きていたいって思えること?


それとも、もう死んでもいいと思えること?


俺はずっと死にたがりだった。

小学生の時、塾をサボった日

祖母に張り倒されて踏みつけられた時に

自分はいらない子供なんだと悟った。


父親も僕を怒鳴った。

兄も僕を怒鳴った。

母親は僕を無視した。


「お前はうちの子じゃない」

「お前はいらない人間なんだ」

「お前がいるだけで苛々する」

「お前は見ていて気持ちが悪い」


あの時『自殺』という方法を知っていたら

何一つ迷わずに死を選んだのに。

俺はそんな方法を思いつきもせずに

ただ声を殺して必死に別の自分を演じていた。


あの時死んでおけば

こんなに無様で惨めな思いをすることはなかった。

申し訳ないと懺悔することもなかった。

家庭は円滑に回って

誰も不幸な思いなどしなかっただろう。


今は俺がいる所為で

やることが増えて家族は大変そうだ。

俺はそれを知りながら

見て見ぬ振りで眠りに落ちる。


浅い眠り。呼び起こされるのは過去。

繰り返される悪夢。

それでも眠り続ける自分。


眠る以外の方法が

俺には思いつかない。

死んではいけないというのなら

せめて違う世界の中に居たい。

でもその世界は決まって悪夢で。

現実と悪夢の間で

俺は判別のつかない世界を彷徨う。


いつの間にか幸せなんて探さなくなっていた。

痛みを緩和することだけを考えていた。

少しでも何かで誤魔化せればそれでよかった。

何も感じていない振りをして

へらへらと笑えればそれで充分だったから。


そんなの家族じゃないと言われれば尤もだと思う。

自分がいる家庭環境は、およそ家族とは呼べない関係。

お互いの趣向を否定しあい

いがみ合うだけの毎日。

誰も誰かを理解しようとはしない。

上っ面だけの関係。


俺も家族を理解しようとは思わない。

そんなの今更気持ち悪い。

罵られて 暴言を吐かれて

それを笑ってやり過ごす

それがルール。


幸せなんてきっとどこにもない。

生きていたいと思うことなんて生涯ない。


でも死にたいと思うのは

もしかしたらもう現世は充分楽しんだからじゃないのか?

始まりが幸せでなければ

きっと幸せを求めることなんて意識しないのだろうから。

きっと俺の幸せは

俺が俺である前に終わってしまったんだ。


初めから望まれた子供ではなかった。

たとえそれが真実だとしても。

ゴミ箱

捨てられるのが怖いから

僕は初めからゴミ箱の中に居ることにした。


捨てられる準備。

心の整理。


燃やされても

きっと御伽噺の様に

心臓だけ残るなんてこともないだろう。


灰になって風に乗っていけたら

多分僕は報われる。


貴方の一番でありたい。

貴方の唯一でありたい。

それが叶わないなら

捨てられてしまって構わない。


いつでも僕は燃やされる準備。

一番にも唯一にも成れなかった

その他大勢でいることに耐えられなかった自分の所為。


ゴミ箱の中から貴方を見る。

貴方の一番は

貴方の唯一は

どんな人なんだろう。

僕に似ていないといいな。


誰からも必要とされないから

今日も僕はゴミ箱の中。

燃やされて灰になるまでは

僕の唯一は貴方だから。

『貴方が眠る波』

静かに打ち寄せる波は

貴方の足跡を浚っていく。

後を追う僕の道標は

陽が沈んで闇に消えてしまう


全て終わったことと

割り切れる人生なんてきっと無い

いつでも解った振りの僕等は

後悔を隠して歩いている


道化師の様に笑えたら

その頬には見えない涙のマーク

「気付いてよ」

何も気付いていない僕の我侭は

貴方の足跡と一緒に波に浚われた。

一緒に浚ってほしかった

悲しい思い出だけ残して。


「別れの言葉なら青いインクで」

いつかどこかで聞いた台詞。

貴方にはもう届かない

海の底へ宛てた手紙

「帰らぬ貴方を待っていてもいいですか?」

いつまでも 此処で

泣いて暮らせたらいっそ楽なのに。

涙は海の香りがするから


何もかも仕舞いこんで

頑丈にかけた鍵

頑なに置き去りにした僕を

どうかいつか浚ってほしい

貴方の波で


貴方が眠る波で

魔が差す

今し方

家に誰も居ないので

久しぶりに夜の散歩にでも行くか

とmp3プレーヤーだけ持って外に出掛けた。


大通りを抜けて小道に入り土手に出て

そこから川沿いを歩いて大通りに戻るいつものコース。


mp3プレーヤーからは買ったばかりのムックのシャングリラ。


大通りに戻る時に通る1つ目の信号で

青だったから俺は歩を緩めなかった。

そして右折してきたピザ屋のバイクと接触しそうになった。


その瞬間に思ったのは


「これで楽になれる」


だった。


まさかピザ屋のバイクに轢かれただけで死ぬとも思えないが

その一瞬の内に思ったことには違いなかった。

轢かれてしまえばそれでお仕舞い。

人生の幕引き。


それはとても魅力的だった。

あの瞬間、僕はとても安心した。

気が楽になった。

だから歩は止めなかった。


結局バイクの方が進路を歪めて僕を避けたので接触には至らなかったが

僕はそれをとても残念に思った。


後になって

「あの状態で轢かれたら肩を骨折するな」

「ヘッドフォンが耳に刺さって耳が聞こえなくなるかもしれない」

「mp3プレーヤーが壊れるかもしれない」

と色々考えはしたけれど

やっぱり轢かれたかった感は否めないままで。


ずっと気にしてこなかったけど

俺は未だに死にたいんだな、と再確認した。

無意識の領域で

死にたいといつでも願っている。


死んでしまいたい。

全てをゼロに戻したい。

本当の僕の中心は

やっぱりいつでも死にたがり。


生きてたら

良い事も沢山あるのにね。

それを全て捨ててもいいと思えるくらい

僕にはこの世界で生きることが苦痛なんだろう。

7年間

ふと昔好きだったバンドのディスコグラフィーを見たら

自分が最後に買ったCDは7年前に発売されたものだった。


当時自分と運命を共にしてくれていた人がいたのだけれど

2人の共通の話題の大半はこのバンドで。

一緒にライブに行ったり、カラオケで歌ったり

その延長線上で2人の未来を話し合ったりしていた。


思えば、自分がこのバンドから離れたのと

あの人が自分の代わりに死んでしまったのは

同じ時期だったように思う。


今は思い出すことも殆ど無くなったけれど

時々夢にそのバンドやあの人が出てくると

その日は1日ずっとあの頃の懐かしい思い出に浸ってしまう。


儚さを幸せと言えた

自分の青春が詰まった数年間。

今はもう殆ど残っていない

希望とか行動力とか

そういったものの塊だった季節。


あの人が死んで

その事実から逃げるように捨てたあのバンドのグッズ。

音楽、映像、写真。

今はもう届かない過去の思い出。

今更遅いけれど

今日ネット上に残っている欠片を繋いでみた。


自ら捨てて 離れて 忘れかけていた

そのバンドの素晴らしさを改めて知って

それはもしかしたらただの郷愁かもしれないけれど

ただ

今だけは

手放した全てが名残惜しくなった。


今日は

夢にそのバンドやあの人が出てきた所為。

本当に今だけの

一時の気の迷い。

そう信じたい自分がいて。


色んなバンドを聞きかじって

今はこれだけというバンドは無いけれど

昔は本当に

あの人と あのバンド

それだけで自分の世界ができていた。

後から考えれば

全て悪い夢だったのだと言い聞かせられそうな

甘い罠の中に居たのだと実感する。


あれからもう7年が経つ。

色々あった気もするし

自分という人間性も大分変わった筈なのに

7年前のあの一時が

未だに近く感じられるのは何故だろう。


自分はまだ囚われているのだろうか。

あの甘い罠の中に。