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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、世の中にはときに、理不尽と思われることが多々あります。
たとえば、先日、約2年ぶりに無事保護された女子中学生誘拐事件。
事件の真相が明らかになるにつれ、報道では、なぜ彼女が逃げ出さなかったのかということに焦点が当てられています。
しかし、突然、何の前触れもなく非日常の狭い世界に閉じ込められた少女の行動を、日常で暮らす人間の視線から捉えようとしても、その明確な答えが見つかることなどないでしょう。
にも関わらず、彼女はこれから、容疑者の罪が裁判で確定されるまで、自分が逃げ出せなかったということを自らの言葉で証明する立場に立たされるわけです。
その上、この2年間という長い空白の時間における辛い体験を、自らの力で克服するという重荷をも背負って生きていかなければならないのです。
何とも理不尽なことではないでしょうか。
犯罪においては、常に被害者は理不尽な立場に立たされます。
特に性犯罪の被害者においてはそうでしょう。
被害者たちは常に、自らが犯罪の存在を証明するという辛い立場に立たされるわけです。
そして、それらすべての経験をも乗り越えて生きていかなければならないのです。
理不尽極まりない話です。
日本では、犯罪者の権利を擁護する議論はなされてきましたが、被害者をどのように救済するかという議論は、長い間完全に無視されてきました。
最近ようやく、犯罪被害者を救済する制度が少しずつ整備され始めているようですが、まだまだ十分だとは言い難いでしょう。
犯罪においては、犯罪者の権利を擁護することよりも、被害者をもっと手厚く救済するシステムを確立するための議論をまずはやるべきなのではないでしょうか。
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