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ふくばです。
物事を良い悪いという見方をすることが一般的なようです。
そんな悪いことをしてはダメだ!とか
それは良いね、偉いね。とか
つまり、
悪い=ダメ
良い=偉い
なのです。
そして、この当たり前の思考が、もっとも不適切な見方へとつながっていくのです。
悪いことをする=ダメなこと=ダメな人
良いことをする=偉いこと=偉い人
という見方です。
不適切なパターンです。
(法律違反は、ルールに則て、罰せられるということです)
その当たり前の見方は、
人は変われない。あるいは、人は生まれながらの遺伝で決まるという固定した思考です。
このような固定した思考では、バリエーションも狭くなり、そして、アイデアも浮かばなくなるでしょう。
つまり、人は、誰の子(遺伝子)に生まれたかで、すべてが決まるのだ。という考えです。
気づきの思考法では、人間は困難を克服し、問題解決をする能力を持っていると仮定しています。
人が人の良いとか悪いとか判断できる人などいないということを意味します。
では、良い、悪いではなく、どのような見方をするのか?
気づきの思考法では、それは、共同体に照らし合わせて考え役に立つ、役に立たないというような見方をします。
たとえば、学校もいかず、家で鼻くそをほじくってばかりいるという行為は、
どうでしょうか?
この見方によって、共同体にとって役に立つことを思考するため、バリエーションやアイデアが生まれるということです。つまり、世界の認識が広がるということです。
そして、役に立っていないなら、役に立つ行動に変えればいいだけだと気づくこともできるからです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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