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心理コンサルタントのしらたきです。
さて、今日は、暦の上では『処暑』。
夏の暑さも和らぐ頃、という意味だそうです。
現実はどうかと言えば、
この厳しい残暑は、和らぐどころか、
まだしばらくは続くようです。
暦というものは、季節に意味を持たせたものですが、
私たち人間は、常に、意味づけという世界の中で生きています。
つまり、あるものごとに意味を与えて理解しているということです。
たとえば、ここに、
なかなか手に入らない人気アーティストのコンサートのチケットがあったとします。
熱狂的なファンにしてみれば、
いくら出しても惜しくない、
喉から手が出るほど欲しい垂涎もののプラチナチケットです。
その反面、興味のない人にしてみれば、
単なる紙切れほどの意味しか持っていません。
このように、
人が現実にどのような意味を与えるかによって、
見えてくる世界は異なってきます。
私たちは、
それぞれがそれぞれの持つ意味づけの世界の中で生きているわけです。
しかし、人間は、社会性の生き物です。
それゆえ、
それぞれがそれぞれの意味づけの世界で生きているとは言え、
その意味が、
ある程度、他者との間に共通性を持っていなければ、
社会の中で生きていくことが難しくなります。
たとえば、こんな話があります。
ある預言者が、
「今度の水曜日に世界が滅びる」という預言をしました。
預言者の信者たちは、その言葉を信じ、
自らの財産をすべて処分して、
清らかな身で世界の終わりを迎えようとしました。
しかし、水曜日が過ぎても世界は滅びませんでした。
信者たちは、預言者を問い詰めました。、
すると、預言者は、次のように答えました。
「私の言う水曜日は、あなたたちの言う水曜日とは違うのだ」。
これはまあ、
言い訳と言うにはあまりにもお粗末過ぎる言い訳ですが、
いずれにしても、
他者との間に共通した意味を持っていなければ、
その言動は、意味のないものになってしまいます。
これは、問題を解決するうえでも同じことなのです。
私たちが直面するさまざまな問題に対して、
その解決方法が、個人的で私的な意味しか持っていない、
つまり、自分勝手で自分さえよければいいというものであるならば、
それは、
問題を解決する方法としては何の意味も持っていないのです。
周囲の人たちが納得し受け入れられるような、
他者との間に共通した意味を持っていてこそ、
問題解決の方法として意味を持つことになるのです。
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