仏塔への帰依 | 吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。

インドでは、輪廻転生の考えに基づいて、

亡くなった人は死後49日の間で

再び生まれ変わると信じられていました。

 

したがって、舎利(遺骨)を祀るための

墓地などはありません。

ところが、お釈迦様は覚り、仏陀となりました。

すると輪廻から解脱すると考えるので、

その遺体には特別な意味が込められました。

そしてその遺骨を崇拝する信仰が生まれました。

後にはお釈迦様のみならず、弟子の中で

解脱したものに対する同様な信仰も

あったようです。

 

お釈迦様の遺体は、火葬された後、

舎利は8つの部族に分配され、

それぞれの自国において、舎利を祀って

供養する仏塔が作られました。

後に紀元前3世紀頃のアショーカ王の時代には、

相当な数の仏塔が立てられ、それによって

お釈迦様への供養を通じて人々の幸福を

祈ったといわれます。

 

仏塔は、饅頭型の盛り土をした表面を

瓦や石で覆い、頂には相輪といわれるものが

載せられています。

塔の周辺は石造の門と欄楯とよばれる聖域を

結界して囲む柵が置かれるのが多くの場合です。

 

東南アジアによく見るパゴタや日本にあるような

木造の塔はこれを原型としているようです。

仏塔信仰によって仏陀に救済を求めることは

インドで発生し、日本でも広く浸透しました。

卒塔婆(塔婆)や五輪塔も仏塔の変化した形です。

 

このような仏塔の建設には多大な費用が

かかるものですが、多くの人々が資材を寄進し、

それが功徳を積むことになると信じられ、

献身的に仏塔の建設に協力したのです。