吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

吉祥院 ~茨城県石岡市で約900年続く真言密教の寺(お寺ブログ)~

茨城県石岡市にある真言宗豊山派の摩尼山吉祥院です。
ふるさと茨城路百八地蔵尊霊場第九十一番札所に指定されており、
開山約900年の歴史を持つ由緒ある寺です。
境内の四季折々の風情や仏教について、幅広い情報を発信するお寺のブログです。


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本日、境内の周りでは

大粒の雨が降り注いでいます。


いつもは鳥のさえずりで賑やかな境内も、

雨のせいか、

今日は静まり返っています。


一方で、本堂の中は

いつもよりも賑やかです。


屋根に雨が当たる音や

屋根の軒下から水滴が落ちる音が

堂中に響いています。


ザーザー、カタカタ。

音色が複雑かつ豊かで

しばらくいても飽きないほどです。




本堂といえば、

どちらのお寺を訪れても

いつもご本尊の前には

綺麗なお花がお供えしてあります。


もちろん、当山の本堂もです。


仏教では、古来から

花は最高のお供え物とされてきました。


高く高く活けられた花は、

炎が上がっている様子を表現しており

仏の悟りの素晴らしさを意味している

とも言われています。



ところで、どちらのお寺でも、

供花は仏様の方ではなく

私たち参拝者の方を向いて飾られています。


これは、

私たちの心を清浄にするため、

そして、私たちの仏性

(私たちが備えている仏になる本性)の

開花を願うためと言われています。


仏教では、

人は自身の仏性を自覚せず

煩悩に束縛され生きており、

ゆえに苦しいとされています。


よって、

その状態から解き放たれることを願って

私たちへ向けて花を飾るのです。



また、仏様の真前に

花を飾ることはありません。


これにも意味があります。


仏様の真前に花を飾ると、

仏の眉間(めけん)割れと言われ、

住職と檀家の皆様の仲や夫婦仲が

悪くなると言われています。


お寺の本堂だけでなく

お仏壇への供花でも同様だそうです。


お仏壇の中央にお花をお供えすると、

家族仲や対人関係が良くならない

と言われています。



今回は、お花の飾り方について

仏教の教えに基づくいわれを

2つご紹介しました。


しかし、もちろんのこと、

1番大切なことは

仏様やご先祖様を拝み

心を込めてお花をお供えすること

だと思います。


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境内には多くの種類の木があります。

木によって、幹も葉も全く異なりますが、

よくよく見てみると、
異なる木であっても
同じような葉が付いていることがあります。


客殿前にある松の木です。


幹をよく見ると、


松の葉とは異なる形の葉が
木の幹に直接生えています。


サルスベリの木も、


幹をよく見ると、


松に生えていたものと同じ葉が生えています。


本堂近くのツツジの木も、


かがんで幹をよく覗くと、


ここにも、同じような葉がありました。


実はこれ、ノキシノブという植物です。


ノキシノブは、漢字では"軒忍"と書きます。
日陰を好み
昔は茅葺き屋根の軒によく見られ、
冬の寒さや乾燥にも耐え忍んで生きる姿から
この名がついたと言われています。

細い葉の裏に
黄色い胞子嚢が規則正しく並んでいるのが
特徴です。


ノキシノブは、
生きる場所として木の幹を利用していますが、
その木から水や栄養をもらっているわけでは
ありません。

場所を借りているだけなのです。

このように、宿主となる木にとっては
利益も害もない植物を
着生植物と言います。


小さいものも弱いものも
知恵を使い必死に生きています。

たとえ自分にとって得がなくても
致命的な害を及ぼさないのなら、

松やサルスベリやツツジのように
大きな心でデンと構え受け止めることも
必要ですね。



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早朝、はやくも参拝する姿が。

1匹のキジが、
まるで手を腰に回すかのように
羽を後ろに閉じ、

本堂に向かってトコトコと
参道を登っていました。

何かお願い事でもあるのでしょう。

キジは人が近づくとすぐに逃げてしまうので、
願いが成就するようそっと見守るのも
思いやりですね。


前日まであちらこちらでボタンが咲き
華やかなだった境内ですが、
ボタンの花びらは
虚しくもほぼ全て散ってしまいました。

今は、ボタンの傍で
蕾を膨らましていたシャクヤクが
ゆっくりと花びらを広げています。

《シャクヤクが咲くボタン園》

境内にあるシャクヤクは、
ほとんどが古くなったボタンから
芽が出て咲いたものです。

ボタンは通常
シャクヤクの苗に接木してあります。

シャクヤクの苗から栄養を貰い、
ボタンは大輪を咲かせるのです。

しかし、年月が経つと
ボタンは咲けなくなり、

代わりに、
それまで縁の下で支え続けたシャクヤクが
蕾を持ち花開くようになります。

シャクヤクは
ボタンを支え終え、
ようやく自分のために
生きることができるのです。

《境内に咲くシャクヤク》


シャクヤクがボタンを支える姿は、
人と一緒ですね。




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仏教をお開きになったお釈迦さまが

生まれたとき、七歩歩いて

「天上天下唯我独尊」と宣言した

という伝説があります。

 

このとき、天の神々は天界から

花を散らし、龍王は清浄な水を灌いで

お釈迦さまの体を清めました。

これを「灌仏」といいますが、今日でも

4月の花まつりで甘茶をかける儀式は

この伝説にもとづいています。

 

また、母親の右脇から生まれたという

表現もみられるのですが

これはお釈迦さまが「性」という

人間界の概念を超えた存在である

ということを示したものだといわれます。

 

このような作り話のように思える

伝説や物語は数多くあります。

ただそれらは単なる作り話ではありません。

その裏側には非常に深い教えがあり

それをどうにかして伝えるための手段が

噓も方便の「方便」です。

目的に為ならば、ときには噓も必要である

ということです。

 

嘘のような伝説などは、その内容を

鵜呑みにするのではなく、方便として

理解し、その裏側にある真実を

読み取らなければなりません。

 

当然ですが、仏教における最終的な到達点は

悟り、成仏ですから、それ以外の悪いことを

目的として使われるのは

誤った方便ということになります。

 

仏教には様々な教えがありますが

その中には多くの「方便」が語られています。

その方便の裏には深い仏の教えが

隠れていますが、その教えを読み取るためには

「智慧」が必要です。

 

われわれは、智慧を磨いてそれを読み取らねば

深い教えを理解することはできません。

その手助けとなるのが「方便」です。

お経は、われわれの智慧を引き出すための

方便を用いつつ、仏さまの悟りなどに

ついて説いているのです。


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藤の花が見頃になっています。


藤はつる状の植物です。

種類は大きく分けて2つあり、
つるの巻き方向で見分けます。

上から見て右向きはノダフジ、
左向きはヤマフジと呼ばれているそうです。



当山のフジは、おそらくヤマフジです。

大きな木につるを巻きつけ、
まるでぶどうの実がなっているようです。


木が大きいので
花を近くで見ることはできませんが、
拡大して撮影すると
鮮やかな紫色の花びらを複数付けた花が
ふさふさと揺れているのがわかります。

昔から、藤は女性的な花と言われ、
藤の花を振袖を着た女性に見立て詠まれた
俳句もあるそうです。

風で柔らかく揺れるその姿はとても優雅で、
女性に見立てられるのも理解できます。


境内は、この藤のおかげで
とても鮮やかな印象です。

そして、目線を下げると
最終開花組のボタンが大輪を広げています。


四月から、しばらくは賑やかな境内です。



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この1ヶ月、明け方から夕暮れまでの間、
至る所でキジの鳴き声が聞こえます。

本やインターネットでは
よく「ケーン、ケーン」と表現されますが、
私にはオットセイの鳴き声のように
聞こえます。

(キジの鳴き声は ⇒ こちらから


キジは日本の国鳥であり、
昔話にもよく登場する
日本人に馴染み深い鳥です。

 留鳥で、季節に伴い移動することなく
一年中同じ地域で生息します。

今の時期は繁殖期にあたり、
オスが自分の縄張りにメスを呼び込むために
声高らか鳴いています。
メスはグループで行動し、
オスの縄張りを巡って
気に入ったオスと交尾をするそうです。


当山周辺も、とある1匹のオスの
縄張りとなっているようで、
吉祥院霊園墓地で、山門付近で、隣の竹林で、
日々場所を変えて鳴いています。


キジは、
「キジの草隠れ」という言葉にあるよう、
隠れるのが下手で有名です。
「頭隠して尻隠さず」とは
キジを見て言われた
という説もあるくらいです。

しかし、
当山周辺を縄張りとしているこのオスは、
驚くほど隠れるのが上手なのです。


昨日も、夕方に
山門下の竹林の隣にいました。


写真を撮ろうと静かに近づくと、
それに気づいたのか
ゆっくりと動き出しました。

急いで近くまで寄りましたが、
もう姿はありません。

こんなにも早く
姿を眩ませることができる場所が
キジがいた近くに見当たらなかったので、

「まだ近くにいるはず」と
目で辺りを探しましたが、
全く見つけられません。

「おかしいな。。。」と思いつつも
諦めて帰ろうとしたその時、

草の茂みに隠れていたキジが
忍び足でテクテクテク…。


こちらの目を盗んで
竹林の中へと帰っていきました。


こんなにも隠れ上手なキジがいるんですね。
驚きました。


今朝も、明け方から境内付近で
鳴き声が聞こえます。

気の合うメスが見つかるといいですね。


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十界互具という思想があります。

天台宗の教義で

諸法実相(あらゆる現象がそのままの姿で

真実を表していること)や

二乗作仏(声聞や縁覚でも成仏すること)に

基づいて主張される説です。

 

十界とは、天・人間・阿修羅・

畜生・餓鬼・地獄という、迷いの

輪廻の世界に加えて

仏・菩薩・声聞・縁覚という4つの

聖なる悟りの世界とを合わせた

10の世界のことをいいます。

 

十界互具とは、その十界それぞれにもまた

それ自体以外の他の9つの世界が

具わっているということです。

 

われわれは、人間界に生まれ生活しています。

しかし、そこには仏や菩薩の心があれば

地獄や畜生のような心が表れてくることも

あります。

そのことを示しているのが

この十界互具と考えられます。

 

また、人間界にいても仏となることができるし

逆に地獄などに赴いてしまうこともあると

捉えることもできます。

 

われわれの心にも十界の心が具わっています。

善いことしか行わない人はいないし

逆に全くの悪人もいないでしょう。

 

何か行動するときの自分にはどの部分が

表れてくるのか。

一般に善人と呼ばれる人であっても

魔が差して悪いことをしてしまうかも

しれません。

 

人は、常に一定ではなく

変化していきます。

今の自分は様々に変化して

今に至り、そして今後も変化していきます。

「私がなにを思ってきたか

それがいまの私をつくっている」

という詩の一節があります。

 

人の行動は、すべて心に基づいています。

後悔してしまうような悪い行為は

悪い心が起こしたものであり

そのような心を除いていく。

 

そして、できるだけ多くの場面において

仏さまとしての行いができるように

心がけることは仏教修行の1つといえます。

それを重ねていくことで、次に自らを

振り返った時、より善い自分に

なることができると信じることが大切です。

 

 


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ゴールデンウィークも3日目、
今日は午前中は良い天気でしたが、
次第に曇ってきました。

明日からは雨の予報です。

 
境内には様々な種類の牡丹が咲いていますが、
雨が降るとすぐにダメになってしまうので
見頃は今日かもしれません。

 是非お近くにお越しの際は
お立ち寄りください。

境内に咲いている牡丹の今日の様子を
少しだけご紹介します。


《客殿前》






《参道》








《本堂の前》







近づくと牡丹特有の甘い香りがします。

花の中を覗くと、
虫や蜂が蜜を吸っていることもあります。

香りに誘われているのは
我々だけじゃないんですね。



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昨日今日と、雨が続いています。

 

牡丹が雨に濡れ、

雫が花びらの上で輝いています。

 


境内の牡丹は、

既に散り始めているものもありますが

開いていない蕾もあります。

もう少し見頃が続きそうです。

 


 

以前このブログで

吉祥院の所縁について触れましたが、

(以前のブログは⇒こちらから

 

今日は吉祥院の山門について

ご紹介したいと思います。

 

 

現在は本堂の向かいに

石でできた山門が構えられています。

 

しかし、以前は木造の山門があり、

人々はそれをくぐり石の階段を登って

本堂へと向かっていました。

 

山門は別名親門と呼ばれ、

幅8尺(2m40㎝程)奥行7尺(2m10㎝)、

他にはない構造のものだったと

記録が残っています。

 

私はその山門を見たことがないので

「他にはない構造」がどのようなものなのか

想像もつきませんが、


おそらく

「お寺らしくないもの」だったのでは

と考えています。

 

というのも、この山門は

もともとは別の場所で作られたものだからです。

 

 

吉祥院の向かって左にある山の奥に

「満所」と呼ばれる場所があります。

その昔、満所の一部(370坪)は国有地であり、

親王御領の政事を司っていたそうです。

 

国有地の一部には

「小富士」と称された場所があり、

そこには古墳があったことから

信仰の対象とされていました。

 

その信仰心の現れとして、

いつしか小富士には「小富士池」が作られ、

その池の前には山門が構えられ、

人々に大切にされていたそうです。

 

 

その山門が、のちに吉祥院の山門となります。


元号が慶長の時代に

(慶長とは、戦国時代後期から江戸時代初期頃)

吉祥院に移されたと記録されています。


その頃は火事で燃えてしまった吉祥院が

現在の地に再建されたことから

その記念事業として移されたのかも

しれませんし、


その頃は豊臣秀吉が国有地の整理をしており

そのせいで山門の行き場がなくなったから

移されたのかもしれません。


 移された理由はわかりませんが、

とにかくその後数百年の長い間、

吉祥院の山門として構えられました。

 

 

このような背景から

「他にはない構造」だったのでは

と思いを馳せています。


今も記録が残っているのであれば

その山門を見てみたいと思う今日この頃です。

 


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東京国立博物館で

特別展「国宝 東寺-

空海と仏像曼荼羅-」が

開催中です。

 

一番の目玉は、東寺講堂の

立体曼荼羅21体のうちの15体が

展示されていることです。

密教において、曼荼羅とは

仏の世界を表現、象徴しているものです。

 

言葉で言い表すことができない

悟りの世界を図や仏像を用いて

見えるようにしたものといえます。

その最たるものが、今回展示されている

弘法大師が構想したとされる

立体曼荼羅です。

 

15体のうちの11体は国宝に指定されており、

さらに360°から眺めることができる

というのは非常に貴重です。

 

中央には大日如来を中尊として

様々な仏・菩薩、明王がおり

さらにその外側には仏教の守護神である

天が置かれています。

 

四天王は東西南北を

守る点として知られています。

それぞれ、北を天(毘沙門天)

東を持国天、南を増長天

西を広目天というようになっています。

 

さらに左右には対になる形で

梵天と帝釈天がいます。

帝釈天は、インド神話のインドラという

戦闘神が仏教に摂取され

天上界の神になったもので

梵天は、古代インドの神ブラフマンが

仏教に取り込まれたものです。

 

東寺の梵天は、顔が4つに手が4つ

鵞鳥に乗った姿をしていますが

これは密教に特有とされます。

帝釈天は、金剛杵の一種である独鈷杵を持っています。

また、白象に乗った姿はほかに

例がないとされています。

 

天は、天上界のことで古くから

人間よりも上にある考えられてきた世界で

密教の曼荼羅では、そのような天の

神々たちも衆生を教化する尊格として

描かれています。

 

博物館に行った際には

この点にも気を配って拝観すると

良いのではないでしょうか。

 

 

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