自分なりの身の丈にあった暮らし | 団塊世代の"愚考にため息"

団塊世代の"愚考にため息"

ふと思い出す過去の出来事と後悔。次々と、浮かんでは消えていく愚考を書きとめていけば、いつかはネタ切れになるはず。きっとその後は、良き日々の思い出だけが浮かんでくるにちがいない。

川柳に、「世の中はカネと女が仇なり、早く仇にめぐり逢いたい」というのを覚えています。

先週のTOKIOのメンバーの粗相は、酒と女でした。

そして書類送検発覚後のお詫び会見で、この仇討ちは今はしない程度にとどめていました。

今後の人生を棒に振った元凶について、懲りていないようにお見受けしました。人生いろいろですから、一度や二度の粗相で好きなことをやめるわけにはまいりません。他人が口を挟むことはないのですが、そういう他人様に芸能界では今後は門前払いされることを踏まえたうえでの意思表示と理解しました。

自分なりの身の丈にあった暮らしを選び、受け入れ、楽しむというのはなかなか解が見つからない難問です。勤め人の頃は、収入に合わせて住環境を変えていきました。当時は右肩上がりの世の中でしたから、収入が上がる、生活レベルを上げるという繰り返しがバブル崩壊まで続きました。その後の失われた20有余年は蓄えをくいつぶしながら、レベルダウンに努めました。収入がピークアウトしたと自覚し納得するまでに、かなりの額の授業料を支払い時間がかかりました。

 

何事も納得するまで心身共に健康であったら幸いです。諦めた後、その後の別のステージを楽しむ力が残っています。