「織田村(おだむら)! 化けて出るなら矢儀(やぎ)にしろよ。俺は、話を持って来ただけなんじゃけぇ!」
どうやら兼行(かねゆき)は、本気で怯(おび)えているらしい。
毒々(どくどく)しい当てこすりも、声が完全に上擦(うわず)っている。
祟(たた)りなど鼻で笑うタイプかと思いきや、意外な反応だ。
矢儀は、心底(しんそこ)驚いて、足を止めた。
真意(しんい)を問いたくて、振り返る。
が、同時に、シャツの背中を、ぐいと掴(つか)まれた。
「っと、と――おっまえ、危ないじゃろうが!」
矢儀は、語気(ごき)に怒りを込め、織田村を睨(にら)みつける。
何とかバランスは保(たも)ったが、危(あや)うくひっくり返るところだった。
しかし、織田村に悪びれた様子は微塵(みじん)もない。それどころか、ド近眼レンズの向こうの目は、完全に据(す)わっている。
「今の、兼行先輩の脅(おど)しは、どういう意味ですか? そもそも、いったい何を隠しているんです?」
こちらの怒りなどまるで無視して、織田村は平坦(へいたん)な声で問うて来た。
「あれ? ここの石段がなんで禁忌(きんき)か、話しちょらんかったっけ?」
思わず、素(す)っ頓狂(とんきょう)な声が出る。
瞬間、織田村の眉根(まゆね)がぐっと寄る。恨(うら)めしげな視線に、微(かす)かな動揺(どうよう)が走った。
「キンキ?」と、織田村の口元が僅(わず)かに動く。
矢儀は即座(そくざ)に合点(がってん)がいき、ニヤリと笑った。
「もしかして、禁忌(きんき)の意味がわからんかった、とか? キンキはドンキの仲間じゃねぇぞ」
最後の、無邪気(むじゃき)な揚(あ)げ足取りは、余計(よけい)だったか。
「わかってますよ!」と、織田村のヒステリーが炸裂(さくれつ)する。
「すぐ人をバカにするんだから! 要(よう)するに――ここの石段は、通っちゃいけないんでしょ!」
質問に対する答えにはなっていない。が、矢儀は敢(あ)えて指摘(してき)しなかった。
何(なん)せ、目の前の織田村は、耳たぶまで真っ赤だ。これ以上しつこく揶揄(からか)ったら、頭から湯気(ゆげ)が出るかもしれない。
やれやれと矢儀は、鼻から短い嘆息(たんそく)を漏(も)らす。
一応、語意(ごい)の説明だけは、しておいた。
「禁忌(きんき)は、禁止の”禁”に、忌(い)み嫌うの”忌”。意味は、文字通りだ。習慣的に禁止したり、避(さ)けたりする事柄(ことがら)を指(さ)す。ちなみに――」
と、今更(いまさら)ながら、禁忌(きんき)の理由もついでに説明した。
「ここの石段が禁忌(きんき)である理由は、祟(たた)られるから、なんと。兼行の話じゃあ、実際に、石段から転(ころ)がり落ちて死んだ人間も、おるらしいぞ」
織田村は「え?」と、怪訝(けげん)な声を発(はっ)したっきり、しばし固(かた)まる。
薄い唇だけが、ゆっくりと、左右非対称に歪(ゆが)んでいった。
「嘘でしょう?」と、質(ただ)す顔が、半笑(はんわら)いになっている。
矢儀は「嘘か本当かは、問題じゃない」と、冷静に答えた。
「焦点(しょうてん)を当てるべきは、なぜ、未遠(みとお)の人は、ここの石段をタブー視(し)するのか――」
「大問題ですよっ!」
他人(ひと)の話を遮(さえぎ)り、織田村は、いきなりキレる。
先ほどまでの半笑(はんわら)いはどこへやら。今や、目を限界(げんかい)まで吊り上げ、凄(すご)んで来る。かと思えば、突如(とつじょ)、方向転換をして、石段を駆(か)け降(お)りた。
「おい、危ね――」と、注意するまでもない。
一歩目からバランスを崩(くず)した織田村は、二歩目で足がもつれ、三歩目で落ち葉に足を滑(すべ)らせる。
後は見事(みごと)、けたたましい悲鳴(ひめい)とともに、階下(かいか)まで十段ほど転がり落ちていった。
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