精神と肉体がバランスすることの重要性に気付いている人はガンガン身体を鍛えます。
巷でよくみるのは身体を鍛えたことがない、もしくはちょっと知ったことを経験したかのようにしている人が多いこと。
実際に鍛えている人は、対面して少し動いてもらうだけでどれくらいの能力なのかが透けてみえます。(ぼくが過去にバスケをしていたときにはNBA選手とやったり日本のトップ選手とプレイしたこともありますが、実力の差は会った瞬間歩いている動きだけでも分かります。)
いやーエグいブロックにダンクですねー
誤魔化そうとしてもバレます。
抽象度の高い視点からみると整合的にみえるけど、低い視点からみるとランダムにみえるということにも似ています。
ぼくらが仕事をしていくうえで、さまざまなな視点から問いを設定して覗きみていく知性も必要になってきますが、知性を支えるのは体力です。
鍛えてなければ早々に力尽きて倒れてしまいます。
例えば気功で気を流すとき、秘伝の気のパワーと、アルゴリズムである気功技術を使うと多くの問題は解決してしまいます。
不可能だと思っていたことが簡単に解決していく。
けど、それだけでは闇が深くなる。
頭を使うということをしなければ。
闇に耽溺しているとそれはそれで幸せです。
夢から覚めて頭を使い始めると早々に疲れてしまいます。
これはトレーニングみたいなもので、段々慣れてくると大きな負荷にも耐えられるようになってきます。(これは仕事全般にもいえますよね。仕事を始めたばかりの頃は数万円の仕事でもビビっていたものが、慣れていくうちに数十億単位の仕事でも脳に負荷はかかりつつもやっていけるようになる。)
この宇宙は面白い設計がされていて、能力が上がっていくと、上がっていくだけ課題のレベルも上がっていきます。
まさに過負荷漸進トレーニング。
宇宙がトレーナーになってくれます。
高負荷トレーニングが怖くて、自重トレーニングをやる、という人もいますが、実は高負荷トレーニングよりも自重トレーニングの方が難しかったりします。(ひとつはコントロールを意識にあげられないから)
細かい感覚を敏感にしていくことが重要です。
というように精神と肉体はうまくバランスするようにコントロールしていかなければいけません。
ここでいうコントロールとは支配するという意味合いよりも、最適化させていくという意味合いで使っています。
バランスするように最適化させる。
デザイン的な視点ともいえますね。
精神と肉体のバランスを最適化させる。
これが自分をコントロールするということ。
あらゆるコントロールするということには下敷きにすべきことがあります。
それはパーソナルという視点。
パーソナルということは、すべてにおいて個体差があるということを認めるということであり、最大公約を目指すようなものではない、ということ。
最大公約数を目指してしまうと、かゆいところに手が届かないことになります。
本来であればここを改善した方がいいのに、ここを変化させると伸びるのに、ここを切り替えると才能が垣間見ることが出来そうなのに、みたいな個別的な動きに対応できないことになる。
マニュアルやノウハウみたいものからの脱却が必要になるということでもあります。
マニュアルやノウハウというものはそもそも科学的な発想に基づいたものであって、全体における8割の正解をみつけて、残りの2割には目を瞑るということ。
ごまかし、ごまかし対応することになる。
それでは対応できないことがあまりに多い。
「複雑なものには生命が宿る」(ベイトソン)
だからセッションというパーソナルな空間で個別具体的な対応をしていくことが必要になってきます。
個別具体的になりたい未来の理想像へ移動する手伝いをする。一緒にそこに向かって歩んでいく。その橋渡しをするのがパーソナルであるのかと。
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