あちこちから蕗の薹が顔を出してきた。

土の中から萌えいずる春。

あのほろ苦さは、春のいのちである。

 

やっとミラノの冬季オリンピックが終わった。

3月6日からはパラリンピックが始まるが、潮が引くように静かになってしまった。

 

たしかに、オリンピックでは感動する場面がたくさんあった。

でも、もう国別でメダルの数を競うことなどやめようよ。

個人やグループの称賛でいいじゃないか。

 

オリンピックなど関係なく、戦っている兵士がいる。

オリンピックなど関係なく、逃げ惑う市民がいる。

 

腕や脚を失った兵士。

腕や脚を失った市民。

 

心に深い傷を負った兵士。

心に深い傷を負った市民。

 

帰らぬ人になった兵士。

帰らぬ人になった市民。

 

日本でも軍靴の響きが近づいているように感じる。

お昼に食べた蕗の薹のほろ苦さが、いつまで経っても平和にならない地球の悲しみのようであった。

 

 

 

雨が降っている。

暦の上では春雨になるのだろうが、やや冷たい雨だ。

数ヶ月も雨らしい雨が降らなかったので、恵みの雨になるだろう。

 

レモンの木に、1個だけ鮮黄色の実がついている。

一ヶ月ほど前に全部採り切ったと思っていた実が、ひとつ採り零していたのだ。

 

降る雨を見ながら、無聊を託つため大岡昇平の「事件」を再読してみる。

再読していると、自分でも驚くほど読み落としがあった。

新しい発見といえば悦ばしいが、きちんと読んでいなかったということだ。

 

いやいや、レモンにも採り零しがあったように、完璧な人間なんていないよな。

バートランド・ラッセルだって「怠惰への讃歌」を書いてるじゃないか。

 

それにしても、最近やけに眠い。

「春眠暁を覚えず」と言うが、やはり春なのか。

 

「朝寝せり猛浩然を始祖として」 水原秋櫻子

 

春の天気は、気まぐれである。

先日の寒さが嘘のように、暖かい日になった。

 

空き地に群生したホトケノザが、赤紫の絨毯をつくっている。

柔らかくなった風が、庭の遅咲きの梅を綻ばせようとしている。

 

紅梅と白梅の違いは、花の色ではなく幹の断面の色だということを思い出した。

庭の梅の木はピンクの花を咲かせるが、時々伐り倒して幹の色を確かめたくなる。

 

30年くらい前に植えたので、それなりの太さはある。

しかし、伐ってしまえばその30数年は消えてしまうのだ。

 

30年後には、私は確実に泉下の客になってしまう。

時間は巻き戻せないのだ。

 

梅の花は、満開よりも早春の凛とした冷気の中で、蕾が開き始める時が一番美しい。

 

「後になり先になり梅にほふ」 山頭火