昨日から降りつづいていた雨がやみ、晴れ間が見えてきた。

 

昨日は、ほぼ一日病院でかかってしまった。

片道一時間半、待合室で一時間半、また帰り道が一時間半。

 

「103番の方、診察室へどうぞ」

特に変わりがないので、いつもと同じ薬を処方してもらう。

 

帰りぎわ医者が椅子から立ち上がり、歩み寄って「気をつけて帰ってくださいね」。

狭い診察だからわずか2,3歩だが、久しぶりに人間っていいなと思った。

 

私は、昔から人間より機械のほうが好きだった。

機械は嘘をつかないし、顰笑もしない。

 

「コアメモリ」「ヒステリシス曲線」「アセンブリ言語」

みんな過去の遺物になってしまったが、懐かしい。

技術は飛躍的に進歩する。

 

ただ、人を殺傷する兵器は嫌だ。

防衛装備品という名の軍需品。

しかし、そのような機械をつくるのも、使うのも人間である。

 

そして、果てしなき軍備拡張競争のなかに取り込まれていく。

このままでは、人類はいつか滅亡するであろう。

 

太宰治の「パンドラの匣」という小説がある。

この結核療養所を舞台にした小説を思い出す度に、花宵先生のことを考える。

 

昨日、米軍とイスラエル軍がイランを攻撃した。

攻撃は時間の問題だと思っていたのでさほど驚かなかったが、ついにパンドラの箱をこじ開けてしまったなと思った。

 

これで様々な災厄が世界にばら撒かれたが、どうやって箱を閉じるのだろう。

争いは、始めるより終結させるほうがはるかに難しい。

経済的にも、あるいは人的にも、日本は否応なく引きずり込まれるであろう。

 

今日から三月である。

うららかな春の日差しの中で、梅が咲いている。

 

「いさましくもかなしくも白い凾」 山頭火

再びこんな世になってはいけない。

 

あちこちから蕗の薹が顔を出してきた。

土の中から萌えいずる春。

あのほろ苦さは、春のいのちである。

 

やっとミラノの冬季オリンピックが終わった。

3月6日からはパラリンピックが始まるが、潮が引くように静かになってしまった。

 

たしかに、オリンピックでは感動する場面がたくさんあった。

でも、もう国別でメダルの数を競うことなどやめようよ。

個人やグループの称賛でいいじゃないか。

 

オリンピックなど関係なく、戦っている兵士がいる。

オリンピックなど関係なく、逃げ惑う市民がいる。

 

腕や脚を失った兵士。

腕や脚を失った市民。

 

心に深い傷を負った兵士。

心に深い傷を負った市民。

 

帰らぬ人になった兵士。

帰らぬ人になった市民。

 

日本でも軍靴の響きが近づいているように感じる。

お昼に食べた蕗の薹のほろ苦さが、いつまで経っても平和にならない地球の悲しみのようであった。