最近感じるのですが、動けば動くほど情報が集まったり、出会いがあったり、アイディアが出てきたりします。
でも何となく消化不良な感じです。
どうしたものか…?
やはり「実行」あるのみ。
ということで、2014年早々に集いましょう!
具体的なカタチは並行して考えますが、共感できる人であることが必要条件のひとつです。
2014年、何かが生まれる予感がします!
先日の「解決!ナイナイアンサー」に堀江貴文さんが出演されていました。
最新刊でこんな本を出されてます。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/ダイヤモンド社
¥1,512
Amazon.co.jp
過去のこと、これからのことが書いてありますが、この「ゼロ」のタイトルや内容も然り、番組中の言動も然り、本当の自分をさらけ出して挑戦していこうとしている姿に心を動かされます。
何だか分かる気がして、他人事ではないような気がして。
最初からずっと注目していて、なんか好きなんですよね。
不器用な所が。
心屋さんの話しも、さすがでした。
相手を尊重する立ち位置にいつも学ばされます。
最新刊でこんな本を出されてます。

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/ダイヤモンド社
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過去のこと、これからのことが書いてありますが、この「ゼロ」のタイトルや内容も然り、番組中の言動も然り、本当の自分をさらけ出して挑戦していこうとしている姿に心を動かされます。
何だか分かる気がして、他人事ではないような気がして。
最初からずっと注目していて、なんか好きなんですよね。
不器用な所が。
心屋さんの話しも、さすがでした。
相手を尊重する立ち位置にいつも学ばされます。
最高コミュニティをつくるにあたって、どんな人と仲間になりたいか?
やはり共感できる人!
では、どんな人と共感できるのか?
「正直な人」
「痛みが分かる人」
「優しい人」
語り合ってみないと分からないかも知れませんが、こんな人たちとコミュニティをつくりたいです。
「ズルい人」
とは、無理ですね。
「ズル賢い人が勝つビジネス」や「行動を躊躇するビジネス」はもうやりたくないので。
やはり共感できる人!
では、どんな人と共感できるのか?
「正直な人」
「痛みが分かる人」
「優しい人」
語り合ってみないと分からないかも知れませんが、こんな人たちとコミュニティをつくりたいです。
「ズルい人」
とは、無理ですね。
「ズル賢い人が勝つビジネス」や「行動を躊躇するビジネス」はもうやりたくないので。
最高コミュニティの先にあるもの。
というよりも、実は最高コミュニティのひとつの目的。
「いじめや差別、自殺をなくすための居場所をつくること。」
軽々しく口に出すことではないかも知れませんが、タブーは承知で書きます。
ニュースでよく目にするいじめや差別、自殺の問題。
とても心が痛みます。
居ても立っても居られなくなります。
この問題には、加害者、被害者がいるのですが、それぞれに対する私なりの考えです。
「加害者」
何を隠そう実は私もこちら側でした。
程度ややり方の違いこそあれ、決して許されるべきではありません。
人間関係において、本来、力関係での上下は必要ないのですが、リーダーが規律を守るため、役割を決めるために上下をつくり、加害者側になることがあります。
または、感情的に不安定で、力で上に立つことが自分の存在を確認する方法になっている場合などもあります。
この人たちには、その力を推進力に変えること、弱い人や困っている人を助ける方が格好いいことを理解して欲しいです。
そして、周りの人たちもその視点で評価して、褒めてあげる習慣が当たり前になればいいと思います。
「被害者」
苦しんだり、悲しんだり、とてもつらい思いをします。
本当に自分が悪いのでしょうか?
自分に責任がなく理不尽な被害を受けていることが多いと思います。
仮にきっかけをつくることがあったとしても、それを直すだけでいいはず。
ですが、残念ながら周りの人を変えることはとても難しいのです。
これは、この問題に限らず、人間関係において一般的に言えることです。
そこで、最高コミュニティへとつながるのですが、どんな人でも必ず才能を持っています。
何が自分の才能なのか、まだ気づいていない人も多いのですが、必ず持っています。
そして、その才能は生きていく上での大きな支えになります。
「才能」は「好きなこと」との関連性がとても大きいのです。
(但し、これらが一致しない場合もありますが、「好きなこと」は「才能」探しの道しるべになります。)
「ホントかなぁ?」
「言ってることがよく分からない。」
「だから?」
という風に感じる方が大半だと思います。
なので、「大好きなことをして生きているカッコいい大人たちのコミュニティ」を実例で示し、子ども(大人にも)たちに、
「そんな生き方ができるんだ!」
「カッコいい!」
「早く大人になりたい!」
と感じて欲しいのです。
そして、そのイメージを持つことで、「自分の好きなことをやっていいんだよ。」という居場所を正当化して欲しいのです。
休み時間にひとりで図書室に行ってもいい。
ひとりで絵を描いてもいい。
ひとりで虫を探してもいい。
それが、あなたの居場所なんです。
――――――――――
長くなりましが、ということで、最高コミュニティを実現したいのです。
みんなの居場所をつくるために。
というよりも、実は最高コミュニティのひとつの目的。
「いじめや差別、自殺をなくすための居場所をつくること。」
軽々しく口に出すことではないかも知れませんが、タブーは承知で書きます。
ニュースでよく目にするいじめや差別、自殺の問題。
とても心が痛みます。
居ても立っても居られなくなります。
この問題には、加害者、被害者がいるのですが、それぞれに対する私なりの考えです。
「加害者」
何を隠そう実は私もこちら側でした。
程度ややり方の違いこそあれ、決して許されるべきではありません。
人間関係において、本来、力関係での上下は必要ないのですが、リーダーが規律を守るため、役割を決めるために上下をつくり、加害者側になることがあります。
または、感情的に不安定で、力で上に立つことが自分の存在を確認する方法になっている場合などもあります。
この人たちには、その力を推進力に変えること、弱い人や困っている人を助ける方が格好いいことを理解して欲しいです。
そして、周りの人たちもその視点で評価して、褒めてあげる習慣が当たり前になればいいと思います。
「被害者」
苦しんだり、悲しんだり、とてもつらい思いをします。
本当に自分が悪いのでしょうか?
自分に責任がなく理不尽な被害を受けていることが多いと思います。
仮にきっかけをつくることがあったとしても、それを直すだけでいいはず。
ですが、残念ながら周りの人を変えることはとても難しいのです。
これは、この問題に限らず、人間関係において一般的に言えることです。
そこで、最高コミュニティへとつながるのですが、どんな人でも必ず才能を持っています。
何が自分の才能なのか、まだ気づいていない人も多いのですが、必ず持っています。
そして、その才能は生きていく上での大きな支えになります。
「才能」は「好きなこと」との関連性がとても大きいのです。
(但し、これらが一致しない場合もありますが、「好きなこと」は「才能」探しの道しるべになります。)
「ホントかなぁ?」
「言ってることがよく分からない。」
「だから?」
という風に感じる方が大半だと思います。
なので、「大好きなことをして生きているカッコいい大人たちのコミュニティ」を実例で示し、子ども(大人にも)たちに、
「そんな生き方ができるんだ!」
「カッコいい!」
「早く大人になりたい!」
と感じて欲しいのです。
そして、そのイメージを持つことで、「自分の好きなことをやっていいんだよ。」という居場所を正当化して欲しいのです。
休み時間にひとりで図書室に行ってもいい。
ひとりで絵を描いてもいい。
ひとりで虫を探してもいい。
それが、あなたの居場所なんです。
――――――――――
長くなりましが、ということで、最高コミュニティを実現したいのです。
みんなの居場所をつくるために。
今日はコミュニティの概念的な話を。
私がつくりたいコミュニティを構成する仲間は、あくまでも「個人的」であるべきだと考えています。
今の時代において「社会的に必要なこと」、それ以上に「やりたいこと」は個人的活動により実現するイメージが強いのです。
「大企業や組織、公的機関では母体が大きすぎて動きにくいし、得られる利益や効果が不透明なため活動に対する承認が得られない。」
だからこそ、「社会的に必要なこと」に着目し、目標設定できるのは個人ではないでしょうか?
個人とはいえ、現代の通信インフラが整った環境においては、そのインパクトや成果を伝え、拡げていくことは難しくありません。
むしろ、社会が必要とすることに関しては、個人的活動に心を動かされる人の方が多いのではないでしょうか?
仲間は大人数集めるというよりは少数精鋭。
その「少数精鋭モデル」が複数に拡がってい く。
これがコミュニティを構成する上での私の大事なイメージのひとつです。
私がつくりたいコミュニティを構成する仲間は、あくまでも「個人的」であるべきだと考えています。
今の時代において「社会的に必要なこと」、それ以上に「やりたいこと」は個人的活動により実現するイメージが強いのです。
「大企業や組織、公的機関では母体が大きすぎて動きにくいし、得られる利益や効果が不透明なため活動に対する承認が得られない。」
だからこそ、「社会的に必要なこと」に着目し、目標設定できるのは個人ではないでしょうか?
個人とはいえ、現代の通信インフラが整った環境においては、そのインパクトや成果を伝え、拡げていくことは難しくありません。
むしろ、社会が必要とすることに関しては、個人的活動に心を動かされる人の方が多いのではないでしょうか?
仲間は大人数集めるというよりは少数精鋭。
その「少数精鋭モデル」が複数に拡がってい く。
これがコミュニティを構成する上での私の大事なイメージのひとつです。