自分が大好きなことをやりたいと思っている人。
本当はやれるのに躊躇していたり、理由を付けて諦めている人。
そんな人は、ぜひ大好きなことをやるべきだと思います。
それを実現することが、社会における役割だとさえ思います。
私は特別な人間ではありません。
それでも、やりたいと思って、やってみることはできました。
後は実現するのみです。
この生き方が楽しくないならば勧めませんが、とても楽しいのでお勧めします。
実現までの道のりは一緒に考えましょう。
私もこれからです。
今日は、車の中で久しぶりにオーディオなしで移動しました。
いつもは好きな音楽などを聞いてます。
片道1時間、往復2時間。
いろんな想いやアイディアが湧き上がってきて、とても有意義な時間でした。
その中で、最近の出来事を含めて考えさせられたことがあります。
それは、人生の生涯年収について。
先日、熊本県立大学を訪れて、先生と議論したときにも関連した話題になりました。
子どもを持つ家庭では、子どもが自分で収入を得るまでは最もお金が掛かる時期です。
その際、母親も子どものためにと長時間働くことで収入を確保しようとします。
その結果、家族に負担が掛かることもあるし、ゆっくりと子どもと向き合う時間も取れません。
そして、こどもが自立したとき。
お金が掛かるピークは過ぎ、今までのように無理して働く必要がなくなります。
そのとき、どうするでしょう?
一般的な年齢でいえば、45~55歳位だと思います。
それまで必死に頑張ってきたので、社内でも評価され、管理職に就いていたり、欠かせない存在になっていることも多いと思います。
つまり、ブレーキは掛けられない状況になっています。
そのときに残された選択肢の例として、
1.そのまま定年まで突き進む
→これが多いパターン
2.会社に希望を伝え、理解してもらい、役割を変えてもらう
→プライドが邪魔したり、その後の人間関係を考えると意外と難しい
3.会社を辞めて、別の仕事をする
→相当な覚悟が必要で、ハイリスクハイリターン
といった感じだと思います。
私ならば、3を選ぶし、お勧めしますが。
ただし、次の仕事はワクワクするものを選びましょう。
問題は、3を選びたくない場合です。
1を選び、そのまま長時間労働を続けると、家計にゆとりが生まれますが、定年までは心や時間にゆとりはないかも知れません。
2を選ぶ寛大さがあれば、これはいい選択肢ですが、会社が対応してくれるかは分かりません。
そう考えると、お金が必要なピーク時に働き過ぎたのではないでしょうか?
できれば、定年までの間をもう少し平均化して働けないでしょうか?
もしくは、金融商品などで対策が取れないでしょうか?
あたかも子どもにお金が掛かるときに、長時間働くのが正論と捉えられていますが、実は他の方法もあるのではないかと思うのです。
まだまだ勉強不足なので、現時点でこれ以上の答えは出せませんが、とても重要な課題だと思います。
サラリーマン時代は見る余裕がなかった夕方のきれいな風景や、

こんなに素敵な夕焼けを見たから、一層そんなことを考えたのです。

いつもは好きな音楽などを聞いてます。
片道1時間、往復2時間。
いろんな想いやアイディアが湧き上がってきて、とても有意義な時間でした。
その中で、最近の出来事を含めて考えさせられたことがあります。
それは、人生の生涯年収について。
先日、熊本県立大学を訪れて、先生と議論したときにも関連した話題になりました。
子どもを持つ家庭では、子どもが自分で収入を得るまでは最もお金が掛かる時期です。
その際、母親も子どものためにと長時間働くことで収入を確保しようとします。
その結果、家族に負担が掛かることもあるし、ゆっくりと子どもと向き合う時間も取れません。
そして、こどもが自立したとき。
お金が掛かるピークは過ぎ、今までのように無理して働く必要がなくなります。
そのとき、どうするでしょう?
一般的な年齢でいえば、45~55歳位だと思います。
それまで必死に頑張ってきたので、社内でも評価され、管理職に就いていたり、欠かせない存在になっていることも多いと思います。
つまり、ブレーキは掛けられない状況になっています。
そのときに残された選択肢の例として、
1.そのまま定年まで突き進む
→これが多いパターン
2.会社に希望を伝え、理解してもらい、役割を変えてもらう
→プライドが邪魔したり、その後の人間関係を考えると意外と難しい
3.会社を辞めて、別の仕事をする
→相当な覚悟が必要で、ハイリスクハイリターン
といった感じだと思います。
私ならば、3を選ぶし、お勧めしますが。
ただし、次の仕事はワクワクするものを選びましょう。
問題は、3を選びたくない場合です。
1を選び、そのまま長時間労働を続けると、家計にゆとりが生まれますが、定年までは心や時間にゆとりはないかも知れません。
2を選ぶ寛大さがあれば、これはいい選択肢ですが、会社が対応してくれるかは分かりません。
そう考えると、お金が必要なピーク時に働き過ぎたのではないでしょうか?
できれば、定年までの間をもう少し平均化して働けないでしょうか?
もしくは、金融商品などで対策が取れないでしょうか?
あたかも子どもにお金が掛かるときに、長時間働くのが正論と捉えられていますが、実は他の方法もあるのではないかと思うのです。
まだまだ勉強不足なので、現時点でこれ以上の答えは出せませんが、とても重要な課題だと思います。
サラリーマン時代は見る余裕がなかった夕方のきれいな風景や、

こんなに素敵な夕焼けを見たから、一層そんなことを考えたのです。

「ありがとう」
私の好きな言葉です。
5~6年前から意識して感謝の気持ちを伝えるようにしています。
それまでは、何だか恥ずかしくて言えないことも多かったのです。
ですが、きちんと「ありがとう」と伝えることができるようになってから、少しは穏やかになれた気がします。
言われて嫌な気がする人はいませんよね。
言った後は、スッと心が落ち着き、もっと「ありがとう」と思うのです。
「ありがとう」が拡がっていけばいいですね。
私の好きな言葉です。
5~6年前から意識して感謝の気持ちを伝えるようにしています。
それまでは、何だか恥ずかしくて言えないことも多かったのです。
ですが、きちんと「ありがとう」と伝えることができるようになってから、少しは穏やかになれた気がします。
言われて嫌な気がする人はいませんよね。
言った後は、スッと心が落ち着き、もっと「ありがとう」と思うのです。
「ありがとう」が拡がっていけばいいですね。
このブログでは、常々「才能」とか「大好きなことをして生きていく」とか「共感」とか書いています。
実はこれらの言葉は、「心の中ではそうありたい」と願っているものの、それを目標にすることは、ある意味では今の自分を否定する必要が出てくるので、目を背けたい言葉だと思います。
自分でも「触れてはいけない」、「フタをしておかなければいけない」と感じる言葉かも知れません。
それにも関わらず、このブログを読んでいただいている皆様に心から感謝いたします。
ありがとうございます!
そして、皆様が必ずや最高の生き方に出会えることを、ただただ願うばかりです。
実はこれらの言葉は、「心の中ではそうありたい」と願っているものの、それを目標にすることは、ある意味では今の自分を否定する必要が出てくるので、目を背けたい言葉だと思います。
自分でも「触れてはいけない」、「フタをしておかなければいけない」と感じる言葉かも知れません。
それにも関わらず、このブログを読んでいただいている皆様に心から感謝いたします。
ありがとうございます!
そして、皆様が必ずや最高の生き方に出会えることを、ただただ願うばかりです。
たまには、ちょっと知的好奇心を刺激する?話を。
といっても、訳あって机の上に2個のサイコロがあり、それを眺めていて考え付いたことなのですが…
ゆっくりとした気持ちで、A・Bの2問にお付き合いください。
A.サイコロを5回振って、5回連続1の目が出る確率は?
1/6×1/6×1/6×1/6×1/6=1/7,776
とてつもなく低い確率ですね。
ですが、1回目に1の目が出た後の2回目にも1の目が出る確率は、1/6なのです。
細分化すると、何だかやれそうな気がしませんか?
B.1~13までのハートのトランプに、1枚ジョーカー(当たり)を入れました。14人で順番にトランプを引いたとき、ジョーカーを引く確率は?
自分で作っておいて、これは明確には分かりませんでした(笑)
1番目の人がジョーカーを引く確率は、もちろん1/14です。
2番目の人は、1番目の人がジョーカーを引いた場合、引かなかった場合があるからです。
でも確率論的には、引かなかった場合だけ考えるのでしょうか?
そうであれば、1番目の人が引かない確率×2番目の人が引く確率なので、
13/14×1/13=1/14
やはり、2番目の人がジョーカーを引く確率は、1/14になりそうです。
このゲームの場合、後になればなるほどジョーカーが残っている確率が低くなりますが、逆に残っていた場合は、ジョーカーを引く確率が高くなります。
「ジョーカーが残っていない=挑戦権がない」ということなので、何番目に引いても同じ確率ならば、早く引いた方が良さそうですね。
このA・Bは、私たちの心理を面白く映し出すと思います。
ネガティブに捉えると、「成功を続けることは難しい」、「先んずることなく無理をしない方がいい」と感じます。
一方、ポジティブに捉えると、「細分化して成功を積み重ねれば達成できる」、「チャンスがあるならば早く挑戦した方がいい」と感じるでしょう。
時には確率論に縛られることなく、思い切って感情のおもむくままにやってみるのも楽しそうです。
といっても、訳あって机の上に2個のサイコロがあり、それを眺めていて考え付いたことなのですが…
ゆっくりとした気持ちで、A・Bの2問にお付き合いください。
A.サイコロを5回振って、5回連続1の目が出る確率は?
1/6×1/6×1/6×1/6×1/6=1/7,776
とてつもなく低い確率ですね。
ですが、1回目に1の目が出た後の2回目にも1の目が出る確率は、1/6なのです。
細分化すると、何だかやれそうな気がしませんか?
B.1~13までのハートのトランプに、1枚ジョーカー(当たり)を入れました。14人で順番にトランプを引いたとき、ジョーカーを引く確率は?
自分で作っておいて、これは明確には分かりませんでした(笑)
1番目の人がジョーカーを引く確率は、もちろん1/14です。
2番目の人は、1番目の人がジョーカーを引いた場合、引かなかった場合があるからです。
でも確率論的には、引かなかった場合だけ考えるのでしょうか?
そうであれば、1番目の人が引かない確率×2番目の人が引く確率なので、
13/14×1/13=1/14
やはり、2番目の人がジョーカーを引く確率は、1/14になりそうです。
このゲームの場合、後になればなるほどジョーカーが残っている確率が低くなりますが、逆に残っていた場合は、ジョーカーを引く確率が高くなります。
「ジョーカーが残っていない=挑戦権がない」ということなので、何番目に引いても同じ確率ならば、早く引いた方が良さそうですね。
このA・Bは、私たちの心理を面白く映し出すと思います。
ネガティブに捉えると、「成功を続けることは難しい」、「先んずることなく無理をしない方がいい」と感じます。
一方、ポジティブに捉えると、「細分化して成功を積み重ねれば達成できる」、「チャンスがあるならば早く挑戦した方がいい」と感じるでしょう。
時には確率論に縛られることなく、思い切って感情のおもむくままにやってみるのも楽しそうです。