クマの散歩道 Vol. 169-1 クマ、東武鉄道下今市駅に行く 旧跨線橋レトロギャラリー編 | クマの散歩道~大好きなふるさと日光市を紹介するブログです~

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皆様、こんにちは。
 
 
今日は東武鉄道下今市駅の構内の様子をお伝えします。
 
浅草から伸びてきた東武鉄道線が、ここで東武日光方面(東武日光線)と、鬼怒川温泉、新藤原方面(東武鬼怒川線)とに分かれます。新藤原駅から先は、野岩鉄道会津鬼怒川線を経由して川治温泉や湯西川温泉へ、そして更に会津鉄道で会津方面に行くことも出来ます。また2017年に運行が開始された「SL大樹」の始発着駅としても今や有名です。
 
2017年の大樹運行開始に合わせて、下今市駅の駅舎もこんなふうなレトロ調の駅舎へと建て替えられました。
 
もう一度入口付近の写真を載せてみましょう。このように駅名標も、きちんと右から左へと旧表記方法で書くというこだわり。
 
入口を入って右側に出札窓口と券売機があります。
 
今回は出かけるわけではないので、入場券を買いましょう。
 
これから行くつもりの構内施設を見学するには、外から直接入ることは出来ないので、乗車券を持っていなければ、入場券を買って入ることになります。
 
では、自動改札機を通って出発~。
 
ちなみに東武日光線も鬼怒川線も、PASMO(パスモ)はもちろん、Suica(スイカ)、その他各IC乗車券も使えます。
 
ちょっと下の部分が切れてしまっていますが、ここを今回は左に行ってみます。あ、別にトイレに行こうというわけではありませんよ・・・まあ、実際にトイレにも寄ったけど爆笑
 
そうです。ご名答!!(たぶん。ですよね?読者のみなさん) 
 
これから行こうと思っているのは、「旧跨線橋レトロギャラリー(マイナビニュースの記事にリンク)」です。
 
僕がこのギャラリーの存在を知ったのは、市内で飲食店を営む方からブログのネタとして紹介いただいたから。それはもうかなり前のような気がするのに・・・。上のマイナビニュースの記事の日付は昨年だけど何かそれより前だったように記憶しています。記事は開業直前の模様を書いているとしても、もしかすると教えていただいた当時、まだ一般には公開されていないとても貴重な情報をくださったのかも知れない・・・それなのに今頃取材をするというこのずぼらさ。マスターすみません。
 
この跨線橋についてちょっと調べてみました。上でリンクを張った、マイナビニュースの記事がわかりやすいので、そこから引用してみましょう。
 
~以下、抜粋引用。
 
旧跨線橋は、東武日光線の下今市駅延伸に合わせて1929(昭和4)年に建設されたもので、2つのプラットホーム西端部を相互に結ぶ。鉄骨造で屋根は切妻造スレート葺きとなっており、昭和初期の景観をそのまま現在に伝える建造物となっているそうです。
 
引用終わり~
 
何ですって!この跨線橋は、東武鉄道が下今市駅まで延伸してきた時に出来たものだったんだ。古いとは思っていたけど、そこまで古いというのは初めて知りました。てっきり昭和20年代後半とか30年代中盤辺りにあとから作ったものだと思っていました。
 
旧跨線橋の登り口です。マジ、懐かしかあ~キラキラ 
 
当時はもちろん真ん中に、改札口風の鉄柵はありませんでしたよ。この写真の左側が今はトイレになっていますが、当時は団体専用の改札口になっていて、通勤通学の時間帯だとか、混雑する列車が到着する時などは、この改札口を開けて個人利用客の集札を行っていました。僕もこの跨線橋は、よく電車で出かける時は渡ったもので、とても懐かしいものです。
 
もう一度この写真を・・・。
 
当時は白いペンキで塗られていましたが、茶色いペンキで塗られています。僕もうっすらと記憶がありますが、白く塗る前は、ペンキは塗られてなくて、木がむき出しのままでしたから、ここも最初の色に似せたということなのでしょうね。さすが。
 
跨線橋登り口の上部にも看板が。
 
そして階段。うわあ、ここも懐かしい。家族で出かける時も、デートで出かける時も、何度も登り降りした階段。
 
今の跨線橋と違って幅が狭いから、混雑時は、ホーム側(写真なら向こう側)に行く人と、出口(同じくこちら側)に向かう人達が一例になってゾロゾロと進み、渋滞していました。そんな橋梁部の通路が今はギャラリーになっています。
 
今は、鬼怒川線の7つの建造物(この旧跨線橋もその一つです)が、登録有形文化財に登録されたことを紹介するパネルや・・・
 
 
こんな感じの昭和レトロな看板が飾られたスペースになっています。大村崑さんのオロナミンCの看板は見たことあるぅ~おねがい
 
おっと、この看板を掲載し忘れるところだった。これは、東武鉄道の本線系統(伊勢崎線、日光線)沿線に住んでいた40歳代以上の方ならご存じの方も多いはずですが、100系スペーシアが登場する前に日光路を駆け抜けていた1720系、通称デラックスロマンスカー(DRC))です。
 
天井を見上げると、白熱灯のランプが。僕の知っている跨線橋は、蛍光灯だったから、これは開業当初のものを再現したものなのでしょうか。
 
駅のスタッフの方たちは、こちらを通路として使っているみたいです。お仕事お疲れ様です。
 
1番線と2番線ホームへの降り口です。マイナビニュースでは、今は跨線橋としての役目は果たしてないと書いてあるので、ホームには降りられないと思っていたら、きちんと降りられるようになっていました。実際の客扱いとしては使われてないという意味なのでしょうね。でも、浅草方面から来て、一番前の車両に乗っていたら、ホーム中程にある現跨線橋まで歩くより、こちらを利用したほうが便利そう。実際、列車が着いた時に、男性のお客様がこちらを跨線橋として利用されてました。ただエレベーターはないですから、大きな荷物やベビーカーをご利用のお客様にはこちらの跨線橋は不向きです。
 
そして、1、2番線に降りる階段。鬼怒川温泉方面に行く時によく利用したなあ。
 
そして旧跨線橋を進むと、3番線と4番線への降り口もあります。浅草方面へは快速電車(今はこの種別は廃止され、急行や区間急行に統一されました)も特急電車もこの3番線ないし4番線から乗れました。どちらも始発駅は、東武日光駅か鬼怒川線の新藤原駅、もしくはその先の野岩鉄道線、会津鉄道線の各駅でしたが。
 
そして3、4番線への階段です。ここも東京に遊びに行く時もよく使ったなあ。
 
以上が旧跨線橋レトロギャラリーの紹介です。実際にはほかにもパネル展示やレトロな看板がたくさんあったのですが、そこはぜひ皆様の目でご覧ください。
 
僕にとっては、そういった展示物もさることながら、かつての跨線橋そのものがとても懐かしいかったです。青春時代真っ只中だもんなあラブ←完全にいうことがオヤジ(笑)。
 
日光市にお住まいの方で、東武鉄道を利用していた方、まだ見たことがない方は必見ですよ。
 
さて、このあとはSL展示館と大樹の機関庫、転車台を見にいくのですが、注意しなければならないのが、旧跨線橋からだと直接は行けないことです。現跨線橋でしかつながっていないので一度ホームに降りなければいけません(どのホームからもアクセス可能です)。
 
 
そういうわけで、3番線4番線ホームへと降りてきました。振り返ると旧跨線橋の階段が見えます。このように各ホームからも旧跨線橋レトロギャラリーに行けますから、観光でいらっしゃる皆様は、下車ついでに見ることが出来ますよ。
 
向こう側のホーム、1番線2番線を望んでみました。1番線に停まっている電車は、回送電車です。
 
4番線からは、ちょうど特急リバティが、浅草方面へと出発するところでした。リバティは分割併合が可能な特急車両で、6両固定編成の特急スペーシアと比べると、フレキシブルな使われ方をしている特急車両です。どちらも素敵な車両です。
 
そして、線路を挟んだ2番線には6050系使用の東武日光行が入線してきました。快速や区間快速という種別があった頃は、浅草まで直通していたので、浅草口でもこの車両を見ることが出来ましたが、今は南栗橋駅から日光寄りの区間でしか見ることが出来なくなりました。
 
ここまでが旧跨線橋レトロギャラリーのレポートになります。僕的には、展示されているパネルやレトロ看板もですが、旧跨線橋自体が懐かしくて、こんな形で残してくれていることがとてもうれしくなりました。
 
次の項では、SL展示館と機関庫を見学した様子をお伝えします。決してもったいつけているわけではなく、HTMLタグの文字数制限の関係でです。写真及び文章、絵文字などが多いと投稿出来ないので、事前に2つに分けることで、それを回避することが第一目的です。2つに分けたほうが読者の皆さんも読みやすいでしょうしね。
 
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