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アラフォーのゲイが、台湾BLドラマにハマった!
ぜひ見てもらいたいドラマをご紹介します。面白そう!と思ってもらえたら、ぜひいいね!していただけると励みになります。また、コメントで感想を共有したいのでよろしければぜひ。

こんにちは。40代ゲイのkeyです。

涙が止まらなくなりましたので、自己満足の投稿をします。

(いつもとは全く違う内容です。ご注意ください。)

 

2011年3月11日。

当時私は、業務で取り組んでいたことがひと段落し、ちょっとホッとしていた時期でした。

まして少しだけ休みも取れそうだったので、年休をまとめて取得し、3月13日から1週間ほどアメリカに留学(この短さで留学って言うのかな?)する予定でした。

 

そんな時に、あの災害がやってきました。

 

東日本大震災当日

関係者から、「東京にいった知人に連絡が取れない」と電話がありました。

未曽有の災害です。後に分かったことですが、その知人は電車の中で地震に巻き込まれていました

当時を振り返るときによく言われることですが、「あの時にLINEはありません」だから連絡はもっぱら電話かメール。

 

関係者の方から電話連絡があり、「今飛行機の中なんじゃないですか?それか移動中かも…」と言った瞬間に、その意味を理解しました。

それからは、その関係者と私とで何度も何度も電話しました。

当時の電話には、誰に何回発信したか表示されるようになっていたのですが、1日でその知人への発信は80回ほどになりました。それでも私はつながりませんでした。大混乱の関東エリアで、着信も基地局で制限されていたのでした。

 

3月12日

何とか連絡ができたと、関係者から電話があり、少しだけホッとしたのもつかの間。

私自身の留学出発が迫っていました。

私は地方在住です。だから地震の直接的な被害はありませんでした。

そのため、留学に向けた準備を整えていたのですが…そこには別の問題が。

 

地元には大きな空港はあるものの、アメリカまでの直行便など飛んでいません。

そこで、12日に地元を出発し、羽田乗り換えでアメリカまで行く便を取っていました。

しかし、羽田は動くのか????

湾岸エリアでは液状化現象が発生したとか、コンビナートで火災が発生したとか、いろんなニュースは断片的に飛んでくるものの、果たして羽田への離発着は可能なのか?

心配しながら、地元の空港から飛行機に乗りました。

 

3月13日

羽田では問題なく飛行機が飛んでいました。

無事乗り換えができ、現地には翌13日に予定通り到着しました。

そこから、キャンパスに向かいました。

飛行機では何も考えずに無事到着…なんて状況だったらよかったのですが、そんなわけなく。

地上から離れても、ずっと被害のことが心配で。

ただ、今と違って機内にwi-fiが飛んでいたりするわけではないので、考えても解決しないことばかりでした。

現地の学生マンションに到着し、1週間ではありますがルームメイトがいましたので自己紹介を。

ここからが大変でした。

"I'm from Japan."と言うが早いか、すべての人が"Are you OK?" "Are your family OK?" "How about your friends?"とみんなが聞いてくるのです。すべての人が、津波のことまで知っていました。「私は地震のエリア出身ではないので」「家族もみんな無事だ」「東北エリアでは相当大変らしい」と何度も何度も繰り返し説明しました。

誇張無く、本当に相当聞かれました。海外にいるのに、みんな心を寄せてくれていることに感動しました。

 

帰国するまで

せっかくの留学期間ですから、英語を使う授業に積極的に参加しただけでなくて観光も行きました。

でも、その合間にはPCをつないで日本の状況をつぶさに調べました。

ですから、私にとって東日本大震災直後の状況はネットで知ったこと、または帰国してから知ったことばかりです。

 

無事帰国し、地元に戻る飛行機は翌日便だったから、新宿で一泊する予定にしていました。

 

「計画停電」の恐ろしさ

そんな中、知識として聞いてはいたものの、実際に経験したのが「計画停電」です。

あんなに恐ろしいことはありませんでした。

何が恐ろしいか。

あんなにきらびやかな新宿が、夕刻に真っ暗だったのです…。

日本中が、自粛ムードでしたよね。原発事故の関係で、東京電力管内の電力供給量がひっ迫し、エリアを限定して停電を行っていた時期に、私は帰国しました。大学時代以来の、久しぶりにやって来た東京都心だったのに、そこは私が知っている街の雰囲気ではありませんでした。これは恐ろしいことになった…と否が応でも認識せざるを得ませんでした。

 

コロナ禍にも、町から人が消えましたね。あれと似たような「異様な世界」「人がいなくなった世界」みたいな恐怖を感じました。

 

「やらない善より、やる偽善」

ここからは当時を振り返って。

日本中が深い悲しみの中にいた気がします。

自分には何ができるのか。考えても、分かりません。

ボランティアに行った人もいました。でも、私は仕事もあり、それはできませんでした。

 

そんな中、当時はやった表現が「やらない善より、やる偽善」です。

この言葉に、私は救われました。私にはできることは何もないと思っていた時に出会ったからです。

 

コンビニに募金箱ありますよね。20代の自分にとって、生活はまだ安定せず、誰かに募金するぐらいなら自分のために使うと考えていた時期でした。でも東日本大震災後、私の考えは変わりました。ボランティアとか、被災地支援とか、いろんなことを考えて何もしないぐらいなら、この1円は何の役にも立たない偽善かもしれないけど、しないより、絶対いい。そう思って、コンビニでは必ずお釣りを募金するようになりました。

 

そうすることで、私自身も誰かの役に立てているんじゃないかと思えるようになりました。

 

Green boys Project

当時私はGReeeeN(今は改称してGRe4N BOYS)が好きで、よく聞いていました。

彼らは福島県で結成した、歯科医師として働いている4人組バンドです。

 

さて、東日本大震災当時、自粛ムードから「お笑い番組は不適切」「音楽なんて今必要なものではない」なんて風潮もありました。しかし彼らは「Greeen boys Project」を5月にスタートさせました。復興支援として新曲の「Green boys」を無料配信し、MVに使うため被災地から写真を募集しました。

この曲を聞くと、私はいつも涙があふれてきます。

「どうして?何で? 僕だけだって 思える日を抜けたい」

この歌詞から始まる曲なのですが、被災者の方が感じている思いをスッと言語化してくれている気がしたのです。

 

サビの「僕ら何度でも 何度でも 立ち上がるから」では、頑張らないと!ってエールをもらえます。

15年経ちましたが、今でも勇気をもらえる曲です。

なお、MVは全て送られてきた画像を使って構成されているそうです。

 

これから

日本は地震大国。いつ次の大地震がやってくるか、分かりません。

でも、いつかは必ずやってくるのです。

その時に、東日本大震災の経験を生かせるか。

ここ数日、ネット上はそんな投稿があふれていた気がします。

当時看護師として病院勤務だった方が、「自分には何もできなかった」と後悔している…という記事を読みました。

台湾で募金を募り、7億台湾ドル集まったという番組も見ました。

避難を防災無線で呼び掛け、ついには自身は津波で亡くなってしまった役場の方に関する投稿も読みました。

おばあちゃんと避難しようとして、坂道で「もう私は無理だから先に行け」と言われ、結局自分だけ生き残った女性が、「自分だけ生きていていいのか?」と新聞の相談に投稿したというのも見ました。

 

いずれも涙なしでは振り返れないものでした。年に一度くらいは、感傷に浸るのもいいだろうと思って、台湾BLドラマバリに涙を流して、耐えられなくなったのでいまブログを書いています。

 

でも。明日からはこの悲しみ、後悔、辛さを乗り越えるために、次の震災に向けて心の準備を始めるべきなんだと思います。

未曽有の震災が明日起こった時。

自分には何ができるか

横にいる誰かを守れるのか。

他者への思いやりを維持できるか

当時、コンビニや商店では、被災者の方は秩序を保ってみんなで残った商品を譲り合っていたと言われていました。外国ではそんな風景は見られないととても絶賛されていました。

20XX年の災害でも、外国の人がびっくりするぐらい、「日本人ってすごいですね」と言われるような支えあいの精神を発揮できるか

その時こそ、日本人の底力が試されるんだと思います。

1993北海道南西沖地震&1994北海道東方沖地震でも、

1995阪神・淡路大震災でも、

2004新潟県中越地震でも、

2011東日本大震災でも、

2016熊本地震でも、

2024能登半島地震でも、

その他の全ての地震においても、

日本はそのたびに悲しみを背負って立ち上がりました。いろいろな人の助けを借りながら、何とか生活を再建しようと動いてきました。

次の大震災は自分の地元で起こるかもしれない。

だから来るべきその日のために、自分自身の心を磨き、準備を進めておくのが大事だと思っています。

 

p.s. これまでにいろんな震災復興のドキュメンタリーを見たことがありますが、こちらのドキュメンタリーは中学生・高校生が社会での合意形成を学ぶための教材だそうです。

「復興のシンボル」的な内容のシーン(12:45~)で関係者の思いを想像すると涙が出てきました。もしお時間があれば、見てみてください。