節分でした 3本の指 1 | オランダの村で暮してました

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オランダ南部のお城村で暮らしたお節介からメッセージ
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昨年、9月20日にミャンマーに戻ってきている。
新型コロナウイルスはますます、であったが一応無事に総選挙も11月に終わったところで、昨日、政変、緊急事態となった。
 
日本では124年ぶりに2月2日が節分だそうだ。
ミャンマーにも節分があるようで、豆まきではなく、鍋をたたく、ドアをたたくなどの大きな騒音を出して、鬼退治(邪気払い)するという。例年はミャンマー暦を使うので、2月17日ぐらいだそうだが庶民の地区では昨晩、すごい騒音だったそうだ。日本の節分と重なったのは偶然の面白さだが2月1日に成立した新政権は邪鬼だから「鬼退治」していたとか、、、ユーモア、、、庶民は面白い。
 
いやいや、今回こそはできれば残りたい、支援がなくなって困るのは庶民だから。国際制裁で、なんで庶民が罰せられなくてはならないか、と。国際制裁があっても50年以上変えることができなかった国を今更、国民の躍起で変えろ、といって無理、お隣の大国(でも国名は「中国」ですけど)、が独り勝ちするだけでしょう、ミャンマーを牛耳って。この国自体が???????だらけで、民衆の力を踏みにじる超名人。

2016年に政権がスタートしてから、欧米はもっともっと自国に優位、特になる政策がズンズン進んでいくと考えていたと思う。それがミャンマーは慎重だった、思ったほど急速に経済体制を変えたりしなかった。だから欧米は中々思うような収益が上がってこない。「きっと悪いのはまだいる軍部だ」と考えて、ロヒンギャ攻撃、ミャンマーの国民感情、歴史的背景も知らずに。国際的な名声をもつスーチー女史を筆頭にNLDが軍部と対立すると思ったのか。ところがスーチー女史は勇気をもって、国際的な名声を犠牲にしても調和を選んだ、つまり、現実路線である。そうしたら、欧米をはじめとする国際社会が(日本でも朝〇新聞とかいう、無知な事象民主主義の偏見王者が)スーチー女史を非難しはじめた。

 
これを軍部にとってのチャンスである、国際社会(っていうか主に欧米だけど)でスーチー女史は以前ほどのカリスマ性やサポートがない、あまり、恐れる必要はないかもしれない、となるだろう。ロヒンギャのことで、スーチー女史をあれだけ、「軍部と組んでいる」的に非難したのだから。
 
それになんだか、私は今回のこれ、ミャンマーの国技(National Suports)のパワーストラグル的にも映っている。新政府編成において対軍部意向プラス党のなかでの内輪もめ要素もあるのではないかな。。。
 
いずれにしても昨晩の「節分」ノイズ以外はヤンゴンの街は静かです。
 
3本の指