ロマンチックじゃないアートのはなし -9ページ目

エアーチャイナはOKっす! 

あぶねーなー。 台北の北東に居座る台風をもろともせず成田発CI101便の機長は強行に着陸した。 この台北でシドニー行きに乗り換え。 強い雨を伴うこの台風で眼下で働く整備のお兄さんはまっすぐに歩けない。 シドニー行きは機内で3時間も待たされた。 これキャンセルだろうなと半ばあきらめていた午後11時すぎに「ただいまから離陸します」とのアナウンス。 無茶なんじゃないの? 強風にあおられて墜落のヨカン。。。。とはならず蒋介石の魂が宿るエアバス機は上からの強風を何度も受けながら雲を抜けた。 ちょうど株価が上から売り浴びせを受けながらも一進一退を繰り返して高値を目指すさまでありました(←ビョーキ)。 機内は騒然としておりました。 


翌朝のシドニーは打って変わって早い春。 いまだ冬のコートをはおる人や半袖の若者もいる。 オーストラリアの美術館は入場料が無料です。 現代美術のセクションでは数年前に感じたイギリスの影響は影をひそめそのまんまマルチカルチャラルな展示です。 いい意味で滑稽でおもしろい。 白人のアボリジニアーティストっているのかな。 米語で地下鉄のコインをトークンと呼び免罪符って意味があるけど、ちょうどどれのよう。 ここでは日本画みたく高価なんですよー。 オーストラリアドルが60円台に来たのが最初だけれども今ではキャッシュだと100円に近い。 資源は豊富だし強いよなー、この国は。 


さて、夜のお仕事行ってきます。

エアライン

去年までは海外出張は特定のエアラインに決めてマイレージが貯まるのをたのしんでいたけどいろんな国のエアラインもいいかなと最近は浮気しまくっている。 今回はオーストラリアにいくのですがビジネスクラスの格安サイトで東京ーオーストラリア2都市往復30日オープンっていうのを18万円でみつけた。 中華航空。 台北旅行もここだった。 土曜日に飲んだ友人から中華航空って危ないんじゃないのっていわれた。 ホント? 女房のお父さんがJALの整備士なので聞いてみると「チャイナ?ああ、チャイナもシンガポールもうちで請け負って整備しているけど、落っこちないでよく飛んでるなぁと感心するよ」と。 「飛行機のお腹のハッチを開けると汚くてビックリするよ」って。 あのJALにいわれた! ちゃいなえあー。 しんぱい。


ヤフーで航空機事故と検索してみると確かに落ちている。 グーグルでアクシデントと入力するとこんな ページがヒットした。 何機に一機落ちるんだろう? 表の見方がわからない。 確かにいえるのはアジア+オセアニア地区でその安全性は最下位ということ。 っていうか世界でその下にはキューバ航空しかない。


小さい飛行機は着水しても数十分は浮くこともあるけど国際線の大きな機体は沈むどころか確実に爆発だって。


どうしよう。。。。。

がんがれ、横浜トリエンナーレ

ケロロが一緒にお仕事している若い作家が参加予定の横浜トリエンナーレ のオフィスを訪ねました。 5月に訪問したとき静かだったあの事務所もオープンまでひと月を残すところとなって若いスタッフの人たちが黙々とコンピューターに向かっていたり機材のチョイスを真剣に議論していて訪れたケロロを感動させた。 前のトリエンナーレは教科書のような内容だったけど今回はキュレーターの想像力や創意工夫の限界に挑んでいるようだ。 加えて前任者がディレクターのポジションを投げ出して予算も時間もじゅうぶんに与えられない不遇のスタートとなったことはいやがおうにも心情的に応援してしまう。


9月はイスタンブールリヨンバレンシア そしてこの横浜とが束になることで、不評だったあのベニスの仇を討ってほしい。 まだまだこの先に希望があると展覧会で示してほしい。 また11月には横浜と同じく第二回目となる広州トリエンナーレ も開かれるしね。


エルメスのファッションショーが横浜トリエンナーレの会場で行なわれるという。 キュレーターの人たちが助成や協賛をお願いしに多くの企業のドアをノックしている。 まだまだお金が足りない。 主催は国際交流基金や横浜市だけれどもちょうど神社の奉納札のように民間の企業や助成団体がその名を連ねることは喜ばしい。 お上頼りじゃなくってみんなで神輿を担ぐようなアート界になればいいですね。


横浜に先行して始まる森美術館での杉本博司 さんの展覧会、さらにはすでに先行して始まっている原美術館でのやなぎみわ さんのすばらしい個展もこの秋のMUSTですよ。


この秋はゾクゾクしたい。

選挙にも行くぞー


大幅下落

台北に滞在中、東京の株価が暴落した。


原油の高騰のせいではなく郵政民営化法案の参院通過を危惧した下落なんです。 例年に比べしぶとく暑くなるまで持ち株ポジションをとっていたのですが、日経が12000円をつける段になって個人投資家が多いといわれる新興市場は過敏に反応しました。 下落時の損失を最小限にとどめることが勝つ秘訣ですから毎年株価が下落するこの時期は注意していまして今年は自分で納得のいく行動がとれました。 それにしても郵政法案は否決されるのでしょうか。 良識の府といわれる参議院でも自民党文化は健在で嫌んなっちゃいます。 それ以上に気になるのは民主党。 亀井某などと同じく反対にまわるとはいくら政権を奪取したいとはいえそれでいいのかと問うてみたい。 民主党から造反議員が出れば嬉しいのだが。


10年ぶりの台湾では数年前に小学校を改造した現代美術館がオープンしていた。 おそらく首都の中心部にある生徒数が激減し廃校になった校舎の再利用で運営費は市と地元の有力企業が折半しているらしい。 ただ今の台湾のマーケットは中国現代美術に首ったけでクオリティや批評的な側面を問うことはなくただ中国本土(メインランド)の人為的なトレンドを評価しているらしい。 作品よりも政治的な「将来」を買っているだけだとその女性館長は嫉妬気味に語った。 いかにも中国的というか、アジア的かもしれない。 いいか悪いかと言われれば悪いに決まっているが。 しっかし台風には参ったよ~。


展覧会は面白かったですよ。 どうぞご覧になってください。

http://www.mocataipei.org.tw/_english/showweb/index.asp?ID=7



今日は有楽町の国際フォーラムで開催しているアートフェア東京に行ってきました。 前回に較べ古美術や近代美術の有力ギャラリーのブースを配置していて出店リストはきらびやかですが、複数のギャラリストに尋ねてみると内実人ばかり多くて財布を広げる人は少数だとか。 いやいや悲観で終わってはいけない、悲観のなかにしか将来の果実は実らないのだから。

ソウル、ふたたび

ソウルから戻りました。 ただし今回は羽田と金浦空港の往復でとても便利でした。 帰宅しても疲れを感じなくて今夜は六本木までお寿司を食べに出かけました。


初めて韓国に行ったのはかれこれ15年ほど前だろうか。 当時は物価が5分の1くらいで食事や買うものがとても安く思った。 いまでは日本の8掛けくらいでしょうか。 観光客としていくとほとんど物価の差を感じません。 あるひとに聞いたのですがサムソン電子のような大企業にお勤めのビジネスマンの平均給与が600万円というからこの国とほぼ変わらないわけです。 ただ日本のほうが収入の偏差は小さいでしょうけど。


先の更新のあと初台にあるICCの「オープンネイチャー展」で出品されていたベルリンのアーティスト、カールタイン・ニコライの映像作品を買うことができずに長く落ち込んでいました。 カールスタインとはいぜんワタリウムのでの個展時にキュレーターから直接紹介をうけて作品も知っていましたがこのオープンネイチャー展での出品作ほど「これっ!」って感じた作品はなかった。 6月に訪れJan de Cockの作品に感心したフランクフルトのシュルンクンストハーレという美術館で展覧会カタログをいただき吟味したあげくに購入を決意した作品ですがある理由で購入できませんでした。 エディション6のDVDで価格は35000ユーロ(400万円強)。 ああっ、思い出すたびに悔しい。


オープンネイチャー展はすばらしい出来の展覧会でしたよ。 前から感じていたあのメディアアート臭がなくて、表現媒体とメッセージがちょうど幸せな結婚をしている作品ばかりでした。 そろそろそういう時代なのかもしれません。 惜しむらくはICCが今年いっぱいで閉館に追い込まれるようです。 NTTさん、なんとか存続させてください。


明日は10年ぶりに台北に行ってきます。 台北當代芸術館で開催される展覧会にリプレゼントしている若いアーティストが出品するので。 時間があれば歴史博物館や民族博物館に行ってみたい。

靖国とか

島根県が記念日を制定した竹島に関してはその歴史も知らないゆえ何もコメントできることがありません。 ただ事の本質が歴史的な解釈が正しいか否かというよりも政治的に有効性があるかないかということなのでしょうね。


ソウルのインチョンから成田への便で隣に座った50歳くらいの男性から着陸30分前くらいに話しかけられた。 上手な日本語を話す50代の方でした。 訊ねると韓国の大学の先生で経済を教えていて今回の日本訪問は日本の自治体財政と地方分権に関してのリサーチのためらしい。 話は予定調和的に竹島(韓国ではドクト)と小泉さんの靖国参拝におよんだ。 個人的な知り合いなら日本でいうざっくばらんな会話に終始したでしょうけど、初対面の異国の人とはそうは簡単にはいきません。 別段、私が日本を代表しているわけでも彼が韓国を代表しているわけでもないのに話はぎくしゃくしたまま着陸のシートベルトのアンウンスが機内に響いた。 靖国に対しては民主党的で竹島に関しては態度保留のケロロでしたが、こと北朝鮮との統一の話に話題がそれたときに彼の言った「本当は戦争に負けた日本が北と南、あるいは東と西に分割されるべきでしたね」というコトバが聞いた事のないフレッシュな印象でした。 同じ敗戦国のドイツのように日本はソビエトとアメリカに分割される可能性もあったと彼は言う。 仮に糸魚川と静岡フォッサマグナ線で日本が分割されて皇居を含む関東以北がロシア、大阪から当時のハイテク産業の新日鉄(八幡製作所)のある北九州にいたる関西と昨今の愛知県を含む西日本がアメリカにより占領されたとすると事態はどのように展開していたのでしょうか。 私とあなたはどのような生活をおくっているのでしょうか。 歴史に「もしも」はないと言われますが、そんなありえないことを思うと韓国の人たちが被ったありえない歴史をいまいちど追体験してみたくなった。


大きな歴史でも小さな歴史でも加害者と被害者っていうのは裁判所の下す判決のように白黒がはっきりとしていないと思います。 加害者の記憶はすぐに色あせて、被害者の記憶は恨み千年といいます。 ソウルでのビジネスは成功裡に終了しましたが、今回は出張の最後に個人と国家のポジションの差異を痛切に感じた出張でした。 我々が搭乗した飛行機の着陸地点はまだまだ先のようです。

疲れた~

ヨーロッパにおります。

取り扱いアーティストの個展のためパリ、別のアーティストのことし来年のプロジェクトの打ち合わせのためにドイツとイタリアに遠征してきました。 毎日35度くらいあり湿度も東南アジア並みにあるから日中は目がまわります。 今日はちょっといいホテルに泊まってくつろいでます。


フランクフルトで偶然ですが、ついに噂の建築家の作品を見ることができました。


http://www.schirn-kunsthalle.de/index.php?do=exhibitions_detail&id=59&lang=de


こっちのほうがわかりやすいかな?


http://www.bozar.be/jpbjbs/fr/editie_2003_sl_sub_03.htm



ボラティリティ

おとといお隣のまさこちゃんとおしゃべりをしていてボラティリティという株式用語で美術作品の価値を語っていた。 それも無意識裡に。 

 

美術品は万人が理解できない秘められた超越性を持ち、その意味や価値は一般の人が知るところではないという考えがいっぽうにあります。 keroroの仕事はこれら作品を学究的に検証するものではなく作品の売買が主なのでそのようなミステリアスな部分は仕事ではあえて考えないようにしています。 個人的には大いに感心を持っていますけど。 ですから意図的に作品の評価イコール価格って考えるようにしているのです。

 

ボラティリティ(volatility)って相場に詳しい人なら知っている言葉で、株価の変動が激しいことをいいます。 ボラが大きいとは偏差が大きいことです。 たった一日の値幅が10%って株の銘柄も珍しくありません。 特にベンチャー企業の株式に多く見られ、リスクは大きいけれどもkeroroはジェットコースターのようなこのマーケットがとても好きなんです。 大損する時もありますが(涙)。 さて美術作品でボラティリティが大きいとはどのようなケースかと考えてみると価格の変動が大きな作家、作品が玉石混交な作家、あるいは賛否両論の幅が大きな作家といえます。 ちょっと話題になった若いアーティストや中堅でも大嫌いな人とリスペクトしている人の距離が大きなアーティストや作品をさすでしょう。 たとえばデビュー当時のダミアン・ハーストやマシュー・バーニーなど。 国内でも奈良美智はマンガみたいと悪口を叩かれましたし杉本博司でさえただの海の写真じゃないかといわれてました。 そのいっぽうで論理的にその正当性と革新性を説く人たちもいたわけです。 このボラティリティは時間軸に沿ってだんだんとポジティブな意見とネガティブな意見が相互に交わることで次第に幅が狭くなっていきます。  振幅が小さくなります。 そしてあるときに決定的なエネルギーで高い評価(まれに低い評価)へ居場所を変えることになるわけです。 相場の言葉で三角持合といいますが。 このときにもうひとつ大切な要素が地理的なボラティリティではないかと考えます。 単一の文化のなかでの論議より地理的に隔たった異文化から論じられることものちのちに作品がより跳躍のエネルギーになるようです。 早くから海外に数多く流出した戦後の具体派の作品などは典型なのだと思います。

 

keroroは学者ではないのでうまく理論化できませんが古いところでは戦後になっても今のような積極的な評価が与えられなくて外国人の好事家により主要作品が持ち出された伊藤若冲や曽我蕭白、この20年ほどでいうと売れない時代の荒木経惟や草間彌生への近年の再評価などがサンプルとして有効ではないでしょうか。

88年以降

今年はベニスビエンナーレの年です。


自分の経験から言わせてもらえば日本のアーティストが現在のように広く海外で活躍する契機となったのは1988年のベニスビエンナーレからではないでしょうか。 日本館よりも今後活躍するであろう若手を集めたアペルト部門の日本の作家が出色でした。 森村泰昌さん、舟越桂さんそして宮島達夫さんです。 そのアペルト以降、日本の美術は堰を切ったように国際的に活躍することになりました。


この流れは現在まで続き今日のように海外と積極的な交流を持つようになり、一方で日本の美術は交流を通じて「自分は誰なのか 世界は何なのか」を探り続けているように感じます。 作家の制作面で、研究者の学級的な面で、そしてケロロのような商業的なレベルでも。 こうして20年近くを要して曖昧なかたちながらいまのような日本のキャラが確立されてきたわけです。


まえに98年のシティオンザムーブ展のことを書きましたが、88年そして98年というふうに考えると2008年には何か起こりますかね。 期待しているんですけど。 いまの公立美術館は自治体の財政悪化で悲鳴をあげている状態ですが美術とは所詮作品であり作家ですから状況の悪さをものともせず良い変化が訪れることを期待して止みません。 別にナショナリストではないけどもっともっと日本産のゲージュツのプレゼンスが確立することを夢想している最近なんです。

ストックホルムからの提案viaミラノ

ストックホルム近代美術館から取り扱い作家のプロジェクトの申し出があった。

予算も含めた条件のあらましも提示されゆるいヨーロッパにしてはしっかりした印象です。 まあ進めてみなければ分からないけど。 ここ数年フランスのキュレーターとの仕事が多かったがなにかと大雑把すぎる進め方に辟易したりひどいときには絶望したり。 国で判断するのはナンセンスだけれどもほとんどのフランス系アートピーポウがそうであるのは何か理由があるのかな。 イタリアの大雑把とは性格をことにする。 美術大学で大雑把学を教えているとは考えづらい。 思考の文法のせいか?


文化や社会によって差異はいたるところにあるし、違いを前提としなければコトがすすまない。 悪どくみえる振る舞いも問いただせば特に他意がなかったりする。 一方が感情的になってももう一方は何故だか分からないこともしばしば。 抗日デモもその典型だろう。 世界は思う以上に広いと感じる。



古くからの友人がアフリカでトラブルにあっている。 日本に戻れない。 名のある人も開放のため手伝ってくれているが先行きは不透明。 自分はどこまで力になれるのか。