こないだ仕事中にぼんやりと(何を言ってるんだ、仕事しろや)

この本のことを思い出しまして、

久々に再読しました。

 

いやあ、やっぱりすごく面白いわあ、これ。

ミステリーはあまり読まないけれど、これは傑作だ。

 

あらすじはご存じの方も多いでしょうが、

失踪した若い女性を探す物語。

 

はじめは単なる?お金のゴタゴタかと思っていたら、

そんな簡単な話ではないことが判明。

 

平成のはじめごろの作品なので、

お金をめぐるシステムや、個人情報の管理など、

今とは違うところも多々あります。

 

でも、根本的なところは変わらない。

 

お金の話であることは確かだが、

「消費」や「欲望」を満たすことを正しいとする

現代社会の犠牲ともいえる、二人の女性の悲しい人生が明らかになる…。

 

二人とも、贅沢したいとか思っていたわけではない。

ただ、幸せになりたかっただけなのだ。

 

その「幸せ」のそばには、

大きな落とし穴が口を開けて待っているということなのか。

 

 

再読して気づいたのだが、この作品に出てくる女性たちは、

自分の幸せには、必ずしも男は必要ではないのだな。

 

ちょっと横道の話として、

ある女が、かなり年上の夫を殺す、というエピソードが出てくる。

(あ、ちょっとネタバレします。でも本筋とは直接は関係ないので)

痴情のもつれかと思ったら、そうではなく、

同性の友人と共謀して夫を殺し、

夫の事業を自分たちでやろうとしていたのだ。

 

自分の人生に、自分を一人前の人間として見てくれない

夫はいらないということだ。

 

本筋の二人のヒロインも、

一人は恋愛とか結婚は全く不明。

 

もう一人は何度か恋愛経験はあるが、

その過程で、男は頼りにならないと気づいた。

 

幸せは自分の力でつかまねばならないと実感したのだ。

そのやり方はたしかに間違っていた。

無関係の人間を巻き込んだのだから。

 

だが、誰も頼る人のいない彼女の立場であれば、他に何ができただろう。

 

読者にそんなふうに思わせるあたり、やっぱりうまいなあ。

 

あ、もちろん、ふつうに?結婚してそれなりに幸せになる女性も出てきます。

そういうキャラも頭や性格がよくて、

人づきあいのやり方を心得ている。

 

基本、主要キャラはいい人たちなのである。

 

凄惨な事件を起こしたヒロインだって、悪人ではなかった。

ふつうに働いて、結婚して、子どもを持って、

というささやかな夢を見ていただろう。

 

だが、ほんの少しのズレが、人生を大きく狂わせる。

本当はやり直すことは何度もできるはずなのに、

絶望するとその道も見えなくなる。

誰にでも当てはまることなのだろう。

 

 

で、もひとつ面白いなあ、うまいなあと思ったこと。

 

このお話、休職中の刑事がプライベートで女性の行方を捜す、

という展開で、すべてこの人の視点で語られます。

といっても三人称だけど。

 

捜索中の女性たちは直接的には物語には出てこない。

すべて刑事が調べた伝聞というかたち。

 

この、調べたことと、ヒロインたちの実際の人生が、

どれほど一致しているかは不明のまま終わる。

 

それはうやむやとかそういうこととは違います。

 

ラスト数行にあるのですが、

この本間という刑事はここで初めて、失踪したその女性に会うのです。

(はい、ここでヒロイン初登場。もうラストなのに)

 

そこで思ったことは、他人をだまし、悲劇に追い込んだ

ヒロインを責めたい気持ちではなく、

「君の話を聞きたい」でした。

 

……この余韻よ!

 

たぶん、ヒロインの自供を書くほうが簡単なのではないだろうか。

この人が実際、何を思って失踪したのか、

直接話すほうが早い。

 

でも、それじゃあ台無しなんだよ、この長い物語は。

 

読者に想像の余地を残す、というラストだからこそ、傑作なのだ。

 

何を書くかより、何を書かないかのほうが

難しいぞ、きっと。