今気づいたけど、ラテン語で”Doctor"って、「先生(teacher)」って意味なんですね。
それで日本語では、学校の先生のことを「先生」と読んで、医者のことも「先生」と呼ぶのかなあ。
ちょっと納得しました。
今気づいたけど、ラテン語で”Doctor"って、「先生(teacher)」って意味なんですね。
それで日本語では、学校の先生のことを「先生」と読んで、医者のことも「先生」と呼ぶのかなあ。
ちょっと納得しました。
今日は先生と論争をした。
また、その内容が低次元で得るものはなく、疲れだけが今も残っている。
この先生は僕より若い女の先生で、ことある毎に僕がちょっと言った意見に反対してくる。まるで僕に対抗心でも燃やしているかのようだ。
今日も僕の得意分野だったので、先生が説明するべきことが抜けていたので、「ここは、~ですね。」と先生に言うと、
先生はそのことを他の学生に説明した。
でも、その説明に少し不足を感じたので、「~もですね。」と僕が呟くように付け加えると、そこから先生の反発が始まった。
僕はちょっと軽い気持ちで言っただけで、先生に恥をかかそうとかそういう気持ちは毛頭なかったのだけど、先生の言っていることは明らかに間違えだったので、それに同意することもできずに論争は30分ぐらい続いた。
他の学生は黙って聞いていた。先生もだんだん自分の間違えに気づきだしたのか、だんだん言っていることが矛盾してきた。
でも、絶対に他の学生たちの前で自分が間違えていると言うことを認めたくないみたいで、なんとかしようと、争点とは違うことで僕の揚げ足を取ったりして、なんとか自分の勝ちという形で論争を終わりたいようだった。
低次元のことなので、僕はどうでもよかったのだけど、明らかに先生がおかしいので、「はい、先生のおっしゃるとおりです。」とも言えず、なかなか論争が終わらなかった。
ほんと、昔、日本の学生時代、薬理の教授が海外で論争をすると8:2ぐらいで自分に分があって、やっと五分五分だと言っていたけど、今日のはほんと9:1か10:0ぐらいだったけど、なかなかやっかいだった。
先生も立場上、他の学生たちの前で間違いを認めるわけにはいかなかったのだろう、必死だった。僕は先生に恥をかかすつもりなどなく、ただ正しいことを付け加えただけのことだったのにこんなことになってしまった。空しい。
そのうち、修了時間を過ぎたので、他の学生たちが帰りたいと言い出して、論争はひとまず終わった。
他の学生たちが帰ったあと、教室には僕と先生だけになったのだけど、それからは立場が完全に逆転した。
他の学生たちがいるところでは、先生も立場上がんばっていたのだろうし、僕は緊張してうまく英語で説明できなかったのだけど、二人きりになると
そこは年齢と経験の差がものを言います。僕が落ち着いて先生に説明すると、先生は少し顔を赤らめて、恥ずかしそうにしていました。
最後まで先生は自分の間違いを認めませんでしたが、先生の態度を見て、それ以上、先生の間違いを明らかにするのをやめました。
僕は本質的にやさしいんですよ。でも相手の対応によって、引けなくなる時もあるじゃないですか?
あとに残ったのはただ空しさと疲れだけです。
これからは、この先生の講義の時には何か意見を言うことを控えようと思います。
※上記の低次元の論争というのは、「筋肉注射の時、一端シリンジを引いて血液の逆流を見るかどうか」というものです。僕がそのことを指摘すると、先生が、「そうだ。オイル類を注射する時は、血管に薬剤が入るといけないので、血液の逆流がないか確認しないといけない」と説明したので、僕が「オイルだけじゃなくて、どんな薬剤の時でも確認する方がいい。」と言ったら、そんなことはないと反発されました。
日本だったら常識なんですけどねえ。
論争中の先生の言動の変化
オイル以外だったら、血管に入っても問題ない。
→血管に入るなんてありえない。(だったら、オイルの時なんで、血流の逆流を確認するねん。)
→今まで、薬剤が血管に入るなんて経験したことない。
こういう風に変わってきました。
もう、それ以上、追求しませんでしたが、
外人と論争していて、怖い事。相手が間違っているって気づいた時、相手がこちらの主張を自分の主張にして、論争を勝ちで終わらせる。
今回はそういうことはなかったけど。もっと追求を続けてたらありえる。
相手:AはBである。
私:いや、AはCです。
相手:いや、Aは、Bである。
私:Aは、Cです。間違いありません。
相手、やっと自分の間違えに気づく。
相手:Aは、Cである。
私:イエス、AはCです。
相手:やっと、わかったか。Aは、Cだろう。
相手の勝ちみたいな。ほんと冗談じゃなく、よくありますよ。
周りでぼんやり聞いている人は、ほんとに相手が正しかったかと勘違いしてしまいます。
ゴクン、ゴクン。(水を飲む音)
「ウンチ先生出ておいで」
ゴクン、ゴクン
「ウンチ先生出ておいで」
{ウンチ先生なかなか出てこないなあ}
ゴクン、ゴクン、ゴクン、ゴクン
「ウンチ先生出ておいで」
ウンチ先生まだかなあ。
ゴクン、ゴクン、ゴクン、ゴクン、
「ウンチ先生出ておいで」
今日はウンチ先生出てこないのかなあ?
すいません。勉強しすぎで、しかも結果が伴わないので頭がおかしくなってきました。
今日も’5”(十段階評価の試験の結果)でした。
毎日疲れる。今、さっき帰って来て、のどが渇いていたので夕食時にビールを飲んだ。
明日テストなのに。終わっているのか?!いやいや、これから勉強やりますよ。
明日の試験はいつも最下位付近にいる科目。この辺でトップを取っておきたい。
でも眠い。
学友の子供たちには疲れる。日本だったら敬語というものがあって、年上には敬語を使うけど、英語にはない。でも、内容で敬っているかどうかはわかる。
もし彼らが日本語を話すなら絶対に僕には敬語を使っていないだろう。
でも僕はそんなことは気にしない。いつも自分が上に立っていたいという気が憎らしい。
例えば、今日も講義のある場所がいつもと違うので、何番のバスに乗っていいか分からなかった学生が僕に質問した。(僕はよく使うバスなのでバスのことをよく知っている)
彼女「あなたは~へは何番のバスに乗っていくの?」
こういう風に聞いてくる。普通「~へ行くのは何番のバスに乗ったらいいの?」って聞くでしょ。でもそう聞くとなんか自分が僕に教えてもらったっていう感じになるからプライドが許さないらしい。
これは小さなことだけど、こういうことが日常茶飯事で彼女の精神構造が読める。かわいくない。
それに平気でうそをつく。
でも、プレゼンとかで非常に堂々としているのは感心する。やっぱり平気でうそをつくぐらいの根性でないとだめなのか。
今日は試験がある予定だったのになかった。
昨日、結構勉強して覚えたのに。これも一種の盤外戦による揺さぶりである。困る。
でも、今回の勉強の内容は一生もんだと思うので、何度も覚えなおした方が身につくだろう。長い目で見て、よかったと考えよう。試験が来週に延びたので,また今週末そのために最低半日は費やさなければならないのは辛いけど。
昨夜はもう記憶の容量に限界がきたから、15年前の獣医師国家試験の試験勉強以来の語呂合わせを使い始めた。これならまだまだいくらでも覚えられる。最後の必殺技である。
円周率の暗唱でギネス記録を作った人は、数字を言葉に変えて、円周率の数字で物語を作って覚えたそうである。その人、日本人で59歳のおじさんだそうである。
歳をとってもまだまだ記憶力はあまり衰えないようだ。僕もがんばろう。
僕も語呂合わせは、結構得意だ。語呂合わせだけでなくて、こじつけや歌にするなど覚えるのにはさまざまな方法がある。
それにこうして覚えたものはなかなか忘れない。
円周率のギネス記録を作った人も言っていたが、人は記憶よりもそれを取り出すのが難しいそうだ。脳のどこかに記憶はあってもそれをなかなか取り出せないらしい。焦っているときとかは特に。
僕が今まで良く使う。語呂合わせというかこじつけ。
リトマス紙が青に変わるのは?
答え:アルカリ性(なぜなら信号が青になったらみんなアルくでしょ?)
マイコプラズマ(小さい細菌の一種)に有効な抗生物質は
マクロライド系(なんとなく名前が似ている)
その他、外国の地名や外人の人名から来た病名などほんと覚えづらい。
そういうときは意味不明の語呂合わせを使うときもある。
中学の地理で、ソ連のコンビナートの名前を覚えなければならない時(そんなの覚えて意味あるんか?!)
「アンガラバイカルコンビナート」(たぶん)
「あんたがラスカルコンビナート」と覚えた。(その時、アライグマラスカルというアニメがあった)
こうやって覚えたものは何十年経っても忘れない。(でもいらないものは忘れた方がいいかもしれない)
今は日曜の午前11時、さっき起きました。
昨夜は、上の階のステレオがうるさかったので、それを消すために音楽をかけて寝ました。
音楽を聞きながら、寝た時はあまり熟睡できないし、起きた時、体が凝っています。
それに試験(口答試験)にまつわる悪夢も見ました。
夢の舞台は日本なのですが、口答試験(コロキュラム)に苦しんでいるために見た夢のようです。
夢の内容は以下のようなものでした。
道を歩いていると、向こうから、動物病院で受け持っている犬の飼い主が来ました。
僕の頭の中「あっ、あのゴールデンレトリバーの飼い主さんだ。あのゴールデンなんていう名前だったかなあ。えーと、えーと、思い出せない。早く思い出さないと飼い主さん来る。「~ちゃん、元気ですか?」って声をかけたい。えーと、えーと」
焦る私。
「あっ、そーだ。スカーレットだ。」なんとか、思い出して、ほっとする私。
飼い主が来た。
私「スカーレットちゃん、お元気ですか?」やったね。してやったりです。
でも、飼い主の反応がおかしい。
飼い主「先生、私のとこの子の名前知ってますか?」
私、頭の中「えっ、今俺スカーレットって言ったよな。えっ、違うのか?」
焦る私。頭の中がぐるぐる回転する私。「なんなんだ、なんだんだ答えは。」
しばらく沈黙があって、
飼い主「ゴールデン・レ・ト・リ・バーですよ。」
そんなことも知らないのかという風な表情をする飼い主。
落ちていく私。
夢の内容は以上なのですが、
これまさしく、口答試験での私の悪夢です。
先生の質問が簡単すぎて「まさかそんなこと聞いてないやろ」と思っていたら、答えはその簡単なことで「そんなことも知らないの」って言われる。
これ、ここに簡単に書いてますが、なんとも言えないジレンマがあります。
明日も口答試験です。
最近はインターネットでだいたいの電子教科書が見れる。英語の教科書も辞さなければ、かなりの数を発見した。
僕は医学、生物学系しか見ないけど、たぶん探せば経済学とか工学系とかもあるんだろうなあ。
もう本を買わなくてもいいかもしれない。でも僕は古い人間だから、一つの教科につき一冊は本をもっていないとなんか頼りないんだけど。
でもほんと、本を買わないでインターネットで得られる教科書だけでも、たぶんやっていけると思う。
先日、携帯電話が僕たちの生活を変えたと書いたけど、インターネットも僕らの生活をかなり変えた、というか効率的にしてくれたと思う。
映画にヤフオクに出会い系に電子教科書なんでもある。
インターネットのおかげで今まで無駄になっていたものが効率的に働き出したようだ。
今までも映画だってあったし、いらなくなったものだってあったし、恋人がほしい人たちだっていっぱいいたし、教科書だってあったのだけど、それらがインターネットのおかげでうまく有効利用されるようになったという感じがする。
すばらしい。ほんと世の中変わっていくなあ。
私はこのメガネをもう24年間使っている。もちろん、レンズも何も変えずにである。ただケースと掃除用の布は替えたが。
同じメガネをこんなに長い間使っている人など、他にいるのだろうか?
今回はこのめがねにまつわる話を綴りたいと思います。
このメガネを購入したのは、先ほど書きましたように、今から24年前、私がまだ高校2年生17歳の時です。
私はもともと視力はよくて、小学校時代は両目とも1.5。中学時代にちょっと落ちて両目とも1.2でした。しかし、高校に入ると徐々に落ちていき、これを購入した時は0.7~0.9ぐらいだったと思います。
まあ、原因は勉強のし過ぎと言うより、私はめんどくさがりで、暗いところでも面倒なので電気をつけずに読書をしたり、姿勢が悪かったのが主要な原因だと思います。
この購入にも話があります。当時、両親が夫婦喧嘩の最中、父親が誤って母親を傷つけてしまいました。その罰として、当時、父が所有していたマンションに父が1人でしばらく住むことになりました。
そこに私が1人で訪ねたときに、父といっしょに近所の百貨店にメガネを買いに行き、このメガネを購入しました。当時としては、やや高価で3万2千円ぐらいだったと記憶しています。百貨店で値切っていた父が印象に残っています。(こういう親を見て育つので関西人は値切る習慣がつくんですね)
私は近視だけなのですが、このメガネをつけると当時でも今でも、景色がはっきり見えます。
私がこのメガネをレンズも替えることなしに使えたのには理由があります。
私は、近視でもそんなに悪くなく、最悪の時でも0.5ぐらいはあったので、普段面倒なので、ほとんどメガネを使わないのです。今でも、黒板の文字が非常に小さくて見えにくい時にたまに使う程度です。
よくメガネを使う人はその人の視力がメガネに合っていくので、ときたまさらに度数の高いレンズに替えていかないといけないんでしょうね。
車に乗っているときは、一時、免許にメガネ使用を義務づけられましたが、再びだんだんよくなってきて、ここ2回ぐらいの免許更新ではメガネ使用の義務はなくなりました。老眼がはじまったのでしょうか?
いや、実は最近の視力検査の方法のおかげなんです。最近では、機械を覗き込んで答えるので、目を思いっきり細めて見ています。目を細めるとよく見えるようになるんです。(以前の検査では、顔が検査員にまるわかりなのであからさまに目は細められなかった)
でも目を細めれば見えるということは、運転中も見難かったら目を細めればいいわけだから、別に問題はないだろう。以前、一度、メガネかけてないということで減点されたので、やはり義務はないほうがいい。必要だと思えば自分で判断してかける。
まあ、そんなこんなで、このメガネ24年間使っています。どこまで記録更新するでしょうか?!
今、下に前回書いた試験の答えあわせをした。 覚えている問題だけなので、はっきりとはわからないが、
それでも、-5点分の間違いを見つけた。3問は合っていた。あとは記憶がない。
ということは、よくて”5”悪くて”3”か。きついなあ。
今日は、まあまあ完全燃焼できたと思う。
抜き打ち試験があった。今、アパートに戻ってきたとこなので、ほんの1時間ほど前に終わったところです。
抜き打ち試験と思っていたら、他の学生はみんな知っていました。ただ僕が先週先生が言ったことを聞き取れていなかっただけみたいです。
でも2週間前に試験があったとこなのに、そんなすぐあるなんて思わないでしょ。英語力もあるけど、意外なことを言われたら聞き取れないよ。
でも、幸い今日、その試験の3時間ぐらい前に試験があることを聞いたので、速攻勉強しました。超省エネ、高効率勉強でいきました。
そのかいあって、なんとか合格点は取れたのではないかと思います。
この科目の試験は、今学期2回目で前回は”4”で下から2番の成績でした。”3”が二人いたので最下位は免れました。(いや、下を見て安心していてはいけませんね。)
この試験、筆記試験で選択問題が9問、筆記解答問題が1問だったのですが、前回はまさに”4問”しか合わなくて4でした。ひどいですね。時間も十分あったのに言い訳できません。知識不足です。
今回うれしかったことは、先生が今回は「カンニングしたら”0”点にする」と言ってくれたことです。これで、僕の相対的な順位は上がるはずです。
でも、カンニング禁止の方法が、慣れないものでした。書き直したらだめだということでした。僕は試験はいつも鉛筆で解答しているので(書き直せるように)、今回はボールペンでしかも書き直しだめですから、解答する時は緊張しました。
今日のできは、やっぱり即席勉強だったので、あまりできませんでした。”6”点取れたら恩の字です。
でも”5”はほしいですね。この科目は4回の試験の平均で”5”以上だったら単位がもらえるのですが、今回また”4”だとちょっと苦しいですね。”3”以下は論外です。
いや~、そんなこといっている場合じゃない。トップを取らなきゃ。まだまだトップへの道のりは遠い。
まあ、今週も終わりです。昨日、臨時の休みがあったのでいつもとちょっと違う感じなのですが、でも一休みします。