八女市内には江戸期の町家が残っています
久留米市に隣接する福岡県南西部の八女市に、マスク装着で出かけました。
ここ八女市は九州でも美味しお茶の名産地として知られているのですが、豊富な水源に恵まれていることから古来から農芸や酒造・林業、さらには手漉き和紙、石灯籠、銘木、提灯造りを中心に各種手工業(伝統工芸)が栄えた地域でした。
さらに云えば、八女市は古来より九州王朝の本拠地であって、自然環境抜群の土地柄でもありました。
先の大戦中では、八女そのものは意外にも首都の移転候補地の有力地であるとして、当時の大本営作戦部が極秘に調査選定していたほどでした。
このことは、今の八女市民も意外と知らないと思います。
それは、八女がもともと「天災地変少なき土地」、「冬季寒気厳しからず夏季暑気甚しからざる土地」、「地形平潤にして高燥、風光明媚なる土地」、「諸物資豊富なる土地」といった首都の移転候補地としての選定条件をすべて満たしていたからです。
当初より居住環境としては最適の条件が揃っていたわけですし、現状を見ても住環境としては素晴らしい土地であることに違いはありません。
市役所や図書館など主要な施設を取り巻くように、いろいろな施設が中心部に集まっていますが、歴史に裏打ちされた高い伝統文化と豊かな自然の中に、いまでも街路に沿って塗屋造の町家が残されています。
町家は内部見学などが観光客に解放されていて、それらは市内の文化遺産として管理されています。
見学者は自由に、むかしながらの佇まいの立派な町家の建て付けや豪華な内装を観ることが出来ます。
また八女市は、著名な文学者、俳人として知られる山本健吉と深い地縁があり、八女市図書館にはその資料室があります。
偶然、町家の中庭に山本健吉と妻石橋秀野の句碑が並んで置かれているのを見付けました。
陽光が差し込む130年前に建てられ町家の奥座敷は、趣向が凝らされた見事なものでした。
京都の町家の風情があると思っていたら、当時、この町家の建設にあたって事前に地元の大工さんらがわざわざ京都まで1ヶ月間見学、修行に赴いたと云うことでしたからとにかく贅沢な話しです。
見学した木下家の町家では、縁側の板は分厚い桜材、床の間の床柱は黒い光沢のある渋柿(樹齢400年)の銘木が使われていました。
欄間は貴重な屋久杉材が使用されていましたし、手彫りも秀逸でした。
障子戸の明治期の豪華な嵌めガラスは手造りのもので、その透明な嵌めガラス自体には微妙なゆがみがあって、ガラス越しに外を眺めると格別な趣があります。
この時代の嵌めガラスは普通赤色が多いのですが、このような透明ガラスは始めて目にしました。
さらにトイレは近代的なタイル張りの内装が施されていて、これらが建築当時のままに保存されていました。
町家の外にでてみると、玄関先に白っぽい毛並みの子猫が日向ぼっこをしていました。
猫に思わず声を掛けていたら、反対側の町家からも別の可愛い茶色の子猫が走り寄ってきました。
八女では猫までが、何だか訪問者を歓迎してくれているようでした。
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