伊豆諸島・神津島にタクシーは2社合計4台、神津島交通(丸甚運送店)と都島タクシー。
ホテル神津館から、都島タクシーに乗り、
神津島の北西部に位置する名組湾へ。
神津島港から村営バス便もある。(名組湾の最寄バス停名︰ドンタクハウス前)
名組(なぐみ)湾のトロッコ軌道跡
神津島には、トロッコ軌道の遺構が今も残る。
このトロッコ軌道は、近くの神戸山で採石した建築用石材「抗火石」を港まで運搬するために、採石場を運営していた日産化学工業が1942年(昭和17年)頃敷設したもの。昭和30年代まで石材運搬用の手押しトロッコが活躍していた。
ちなみにこの名組湾には、昭和60年頃まで道路が通ってなかったのだそう。
トロッコ軌道は海岸の岩の上に敷設されたため、トロッコ用のコンクリート橋が大部分を占めている。
トロッコ橋の下には当時の採石(抗火石)も散在している。
湾の先端には「ボンブ」があり、支柱が残存する。この支柱は、石材をトロッコから運搬船に積み込むためのクレーンを支えていた。
トロッコ橋の先端の方は、風化が進んでいる。
海岸の岩の上に造られたトロッコ橋
トロッコ橋は海岸にあるため風化しやすいが、橋は風化しても崩落しにくい構造になっており、現代に至るまでなんとか形を留めている。
運搬船に荷物を積み込むクレーンを支えていた支柱。「ボンブ」と呼ばれるあの場所に、石材を積み込む運搬船を横付けしていた。
トロッコ橋の手前に休憩用のベンチ
崩落の危険があるため、トロッコ橋上は通行禁止
トロッコは手押しだったため、軌道はほぼ平坦
トロッコ橋の先の岩場にもトロッコ軌道の枕木の跡が残り、朽ち果てた枕木そのものも一部残る。
かつては橋の下に放置されていたトロッコ車輪。今はここに置かれている。
運搬船に積み込むボンブと呼ばれる場所までトロッコ軌道跡が続く。
このトロッコは、昭和30年代に廃止されたが、神戸山の採石場は2000年(平成12年)まで稼働していたそう。
神津島ジオスポット「踊り岩」
トロッコ軌道跡近くの山側には、「踊り岩」がある。
流紋岩の地層が弧を描き表面に露出した「踊り岩」
かつて抗火石を産出していた神戸山を望む。
目の前の山上の採石場から索道が道路のある部分まで張られていたとは想像し難い。
名組トロッコ跡から徒歩で赤崎遊歩道へ向かう。距離は0.7kmほど。
振り返ると、先ほどのトロッコ軌道の先端の運搬船発着場のボンブが見える。
神津島港を出港した高速船が沖合を疾走
神津島発、利島、大島経由熱海行きの東海汽船の高速ジェット船「セブンアイランド愛」
時速約80kmで過ぎ去っていく。
沖合には漁船の姿も。
トロッコ軌道跡のある名組湾
赤崎遊歩道
海は透明度が高い。
赤崎遊歩道は、島北部に位置する赤崎海岸に作られた全長約500mの木造遊歩道
遊歩道には飛び込み台をいくつか設置
波穏やかな入り江ではシュノーケリングやダイビングなどを楽しめる。
磯遊びをする家族連れの姿も。
展望台からは、伊豆諸島の式根島、新島の島々などを望む。
スキューバダイビングを楽しむ人々
向こうには神津島最高峰の天井山を望む。
午後の日差しで煌めく大海原
スキューバダイビングで潜水中のダイバーたち
奥には、伊豆諸島の島々
平らな式根島(しきねじま)と、その奥に新島(にいじま)を望む。
※2024年(令和6年)5月上旬
(次回へ続く)