装う学び、ヨソオウ氣づき。 |  京都で逢う日 ~おもろいやっちゃ~

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       京都のけんはなこと☆すぎえ じゅんこ☆と、たのしいほうへ。

 
 
この時
 
の次のステップの日だったです。
 
やはり濃密な機会だった。
 
 
 
 
 
手や身体を使って
 
感覚や心を使って
 
なるほど〜とか、グワ〜って色々。
 
そして氣づきは自分の中で広がりを見せ
 
淡々と楽しくってかつビックリしたのでした。
 
 
 
 
 
Class2・2回目において
 
改めて個人的に響いてきたことがらを。
 
(内容を書くわけにもいかないので
 
なんのこっちゃという書き方かもだけれど
 
ワタシの覚書きとして。)
 
 
 
 
 

はじめはいろいろやってみること。

 

決断するということ。

 

シンプルなんじゃんということ。

 

余計なことをすると起こること。

 

下向くことで起こること。

 

目で見ようとして起こること。

 

力むことで起こること。

 

 

 

 

 

微細な、でも、日常の、誰も皆持つ、

 

ととのえ鎮めれば今ここにある感覚

 

の上に成り立つ

 

上手くいくように周到に練り上げられたシステム。

 

 

 

 

全部繋がっていること。

 

 

 

 

対象そのものに直接アプローチしない

 

というアプローチ。

 

 

 

 

日本。

 

 

 

 

帯に預けること。

 

お腹の自家発電。

 

 

 

 

ニセモノは似せたもの。

 

ホンモノを知ること。

 

ホンモノを体感すること。

 

世界、自然とワタシとの循環。

 
 
 
 
合ってる間違ってるじゃないこと。
 
 
 
 
ここからは更に個人的なこと
 
 
 
 
自信を持つということ。
 
簡単に言えばそうだけど
 
んー、でもちょっとニュアンスが違って。。。。
 
 
 
 
 

できない人を装おわない。。。。?キョロキョロ

 

 

 

 

できてるし。できてるけど?真顔

 

 

 

 

できてないことを

 

できていない人を

 

巧妙に無意識作為的にヨソオウ戦略

 

についての指摘。

 

(このままの語彙表現ではありません。

 

それをさりげなく爽やかに華麗に。)

 

 

 

 

 

いやはや、

 

さりげないsuggestionだったのかも

 

しれないけど、やたら響く自分。

 

 

 

 

 

そうか、、、そうかも、、、

 

そうだね、そうだ、、、

 

たぶん、きっと、実にそうだね、と。

 

 

 

 

 

それは実に

 

自己防衛的戦略なのではないだろうか。

 

もちろん悪くないけど、

 

いい悪いはもちろんないけど

 

目的は平和のつもりなのか、そうだろうけど

 

めんど、めんどくさい。チーン 

 

なんだろうこのめんどくささ。微妙な。違和感。

 

 

 

 

 

 

無意識の層だけど、、、

 

手渡されたそのことに

 

ハッとするやら、アッとするやら

 

内心なんというか

 

ニヤリと笑えて

 

(なんでやねん爆笑わろてる場合かと思うけれど。)

 

くるというのか。。。まいったな。

 

 

 

 

 

そんな、和やか、かつディープなお教室を過ごし

 

 

 

 

 

ナンジャコリャ

 

これってホンマ着付け教室なんかいなニヒヒ

 

って面白くとても有難く思ったのでしたよ。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

着付け教室としてのオススメになっていないかもね

 

と恐縮でございますけれどチュー

 

とてもおススメです。

 

リンク鞠小路スタイル

 

代表 田中千衣子さんの最新のご発信を

 

紹介させてください。

 

 

 

 

 

 

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さて、、、、虹

 

 

 

その後、たぶんその辺を更にシンクロさせて

 

体感するためだったのかな

 

自分でそうしようと思っていたのかな

 

と今思えば思うのだけれど、

 

直前に行くことを決めた

 

次なる予定に出かけたのだった。。。

 

それも書ければ書きとめようと思っている。。。

 

 

 

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