王さま氣質。ひなまつり。 |  京都で逢う日 ~おもろいやっちゃ~

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昨日は3月3日でした。

 

なにもしてないけど〜。爆笑
 
いや、でも、夜中にまたひととき

娘の話を聴いて語り合ったかな。
 
そんなひなまつりも悪くないかなーと。ウインク
 
 
 
 
 
雛人形の画像だけでも、、、と貼ってみて、
 
お雛様って十二単なんじゃ?  

口笛 重そうや〜、でもキレイな重ねねー
 
と今さらにそんなことを思いました。。。爆笑
 
 
 
 
 
前の記事の続き。
 
どうしてもなんだかなかなか書き留められずだった。
 
けど、啓蟄も近いからなー。。書いておく。
 
 
 
 
 
その日は、その後、
 
ヒューマンデザインというのについて
 
氣軽にお話聞けるお集まりに参加して
 
いたのですよ。
 
 

 
 
詳しくはないのだけど
 
ネットで拾える程度の情報と
 
自分がマニフェスターというのだってことは
 
知っていたワタシ。
 
 

 
 
カテゴリー分けみたいなのってどうなんだろう。。
 
などという向きもあるかもしれないけれども
 
そういうことも超えて
 
ずっと少し感じるところがあったものだから
 
その感覚を確かめたくて触れてみたのかも。
 
 
 
 
 
自分をもっと思い出して
 
わかって、ゆるして、認めたら、
 
きっとなんかもっといいはず
 
というのは、
 
もう、ずっとズーーッと前からずっと
 
波のように来ており。

(まあ、それって、ワタシに限らず
どなたにとってもですけれどね。)
 
 
 
 
 
ものすごく時間をかけて
 
やたら遅々として
 
たぶん何年間もかかって、(遅いねん)
 
それを受け取っていると思う。
 
 
 
 
 
なんでかわからないが
 
認めたくなかったのか
 
いや、そんなこともないけど〜?
 
外に出したくなかったのか
 
知られたくなかったのか
 
いや、よう分からんけど〜?
 


謎の「王さま氣質」⁉️ニヤニヤ
 

自分の中には
 
なんの根拠もない氣位の高さ
みたいのがあって
 
良きに計らえ感、
みたいのがある。
 
ように感じる。
 
うわ、言うてしまった。。。
 
 
 
 
 
それは、、もちろん誰かに対してというのでもなく
 
でもそれって、
 
翻って言えば、誰に対しても、なのかもしれず
 
そして何の根拠も後ろ盾(?)も何もないのにだ。
 
可笑しいね。変ですね。まーでもそうですね。
 
 
 
 
 
いやでもそれは謎なのだけどそう謎でもなくて
 
今までにもよくよくそれは、
 
何かしら、お人たちや状況やをキッカケに

自分の中からも受け取っていた
 
フィーリングやことばともよくリンクしていた。
 
そのたびに、そうだよなーと思いつつ

あちゃーと思っていた。かも。
 
 
 
 
 
たくさんあるけど、、、
 
例えば
 
 
これは、この時でした。ありがたい。

 
 
 
 
 
例えばのこれってもう4年も前。
 
ずっと心の何処かには留め続けていたけど
 
何年留めてるねんという感じ。ニヤリ
 
 
 
 
 
王女のようにふるまう、て、、、
 
(王さまでも女王さまでもなく王女なとこが
すごくええとこついてると思う。。今思うと。)
 
は?    はあ。。。   は?
 
と当時思ったと思うけれども。
 
えーーーーそんな偉そうにしたくないキョロキョロ
 
とやっぱ思ったよね。
 
(王女のように=偉そうに   じゃないってことは
この際、置いておいて。。)チュー
 
 
 
 
 
でも、、、、
 
したくない、、、て、何言うてんねん、
 
あんた、けっこうエラソーやでえー
 
って思ってる自分も居るような。。ニヤリ
 
そしてそれは実はバレてるかもしれんてさ。
 
 
 
 
 
そしてまた、
 
「王女のように」で、
 
ほほーうれしー!とかより、
 
え、マズイ!ガーンとなるのは
 
王女さんは王女さんなりのきっと大変さとかも
 
あるのだろうよと思ったのだろうかな。
 
 
 
 
 
王や王女や聖職者?などなどのアイコンが
 
権威なるものであった時代が長くあったとすれば
 
自分の中で抱くそれらへのイメージの一面も

そうだとすれば
 
権威に対するなんだかどうしようもない反発
 
みたいなのも自分の奥にはずっと連綿と根強くて
 
そんなこんなで、千々に乱れて
 
よう分からん複雑というのもあったかもしれない。
 
 
 
 
 
何を言いたいかわからなくなってきたけど
 
少しようやく馴染んできた感覚もある。





なんにせよ、自らの質というものは

どうしたって厳然とあって

それはそうなのだろうし

それでしかなくそれだけのこと。
 
 
 
 
 
もういまさら
 
あまり取り繕う必要もないかな。
 
取り繕ってきたつもりは、毛頭ない
 
毛頭ないんだけれども

普通にそれなりに適して生きて過ごしてきただろう

だけなんだけど、
 
そんな感じ。





誰も皆、その人らしく!

と高らかにそう思うけれども

自分事だとやたら遅い。

そんなもんかな。
 
 
 
 
 
まいったな。笑う。王冠1