臨遥亭の跡で働く医系技官の独り言 -7ページ目

臨遥亭の跡で働く医系技官の独り言

心に移り行くよしなしごとをそこはかとなく書き連ねています。

 現在、食品中の放射性物質に関する安全基準が議論されていますが、一部に、日本の基準は国際規準に比べて厳しすぎるという意見があります。

 確かに、年間10mSv程度の被ばくにより、どのような健康被害が生じるのか、はっきりとしたデータはありません。
 短時間(10時間程度)に100mSv以上の放射線を浴びたような場合には、原爆被害者らの疫学調査などを元にして、ある程度しっかりとしたデータが揃っているので、比較的な確かなことが言えますが、1年間(525,600分)掛けて、じんわりと100mSvの放射線を浴びた場合には、多分、何も起こらないだろうという程度のことしか言えません。

 今後、30年以上に渡って福島県の住民健診を行い、疫学調査を進めれば、影響の有無について、きちんとしたデータが得られるとは思いますが、当座の問題解決には、とても間に合いません。

 ところで、ICRPのPublication 63 “Principles for Intervention for Protection of the Public in a Radiological Emergency” (1991年)では、飲食物の摂取制限がほとんどいつでも正当化される介入レベルとして、1食品あたりの年回避実効線量を10mSvとしています。

 回避(実効)線量とは、防護措置(例えば、ほうれん草の摂食禁止措置)を取った場合に被曝を避けられる放射線の(実効)線量です。

 ある防護措置の継続が正当化されるのは、その防護措置による回避線量が十分に大きい場合であり、その判断に際しては、その防護措置に要する費用と、その防護措置により、もたらされる放射線被曝以外の損害とのバランスを考慮すべきとしています。

「緊急事態対応判断基準等に関する調査」について
【平成19年4月24日 原子力安全委員会】
http://kokai-gen.org/html/data/20/2010317002/2010317002-27.pdf

国際放射線防護委員会(ICRP)2007 年勧告の国内制度等への取入れに係る検討
事項の論点整理 「緊急時被ばく状況(参考レベル)」(案)

【平成22年10月1日 放射線審議会事務局】
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/002/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2010/11/01/1298174_2.pdf


 つまり、ICRP(Pub.63)は、1食品当たりの被曝が年10mSv以下ならば、安全と言っているのではありません。

 1食品当たりの被曝線量が年10mSv以下ならば、確かに規制は不要ですが、もしも、10mSvを超える虞があるならば、規制は徹底的に行わなければ、意味はありません。

 すなわち、放射性物質に汚染されたほうれん草をいくら食べても年間10mSv以上の被曝がないと考えられるならば、いかなるほうれん草についても摂食を制限する必要はないとする一方で、もしも、10mSV以上の被爆があり得るならば、汚染の程度にかかわらず、すべてのほうれん草の摂食を禁止すべきというと言うことになります。

 この考え方においては、被ばく線量を10mSv以上減らすことに意味があるのであって、被曝線量を10mSv以下に制限するという意味ではないので、理論的には規制値は限りなく0に近くなります。
 特にヨウ素131のように自然界には存在しない放射性物質の場合、検出限界以下でなければ、摂食してはならないという規制(防護措置)を講じることになります。

 中途半端に2,000Bq/Kg以下のほうれん草は摂食しても良い等としてしまうと、回避線量は10mSv以下となり、そもそも、そのような規制は行うべきではないと言うことになります。
 また、回避線量は、一つの食品について考えるので、摂取制限により、ヨウ素131の被ばく5mSvとセシウム137の被ばく5mSvを回避できるのであれば、摂取制限は正当化され得ます。

 ちなみに、ICRPにおける公衆被ばくに対する線量限度は、1990年勧告(Pub.60)以来、「公衆の被ばくに関する実効線量限度は1mSv/年とするが、特殊な状況においては、5年間にわたる平均が1mSv/年を超えなければ、単一年にこれよりも高い実効線量が許されることもあり得る」としています。
 理論的には、10mSv/年も許容され得ますが、5mSv/年が一つの目安です。

リスクの考え方を導入するための論点・課題について(案)
【平成22年1月29日 原子力安全委員会事務局】
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/bougoWG/7/siryo4.pdf
 福島第一原発の事故に関して、3月21日付で、ICRP(http://www.icrp.org/)から日本政府に勧告が出されています。
 また、この勧告を踏まえて、食品や飲料水に関する放射性物質の基準を緩和するようです。

 個別の案件について、ICRPがコメントを出すのも異例なら、被曝限度を引き上げるように勧告するのも前例のないことです。
 それだけ、今回の事故の影響が甚大で、長期に及ぶということかも知れません。

 なお、ICRPは、十分な情報の与えられた自発的な志願者が救命救急に従事するときは、リスクがベネフィットを上回るならば、被曝限度を設定しなくても良いとまで言っています。

Fukushima Nuclear Power Plant Accident
http://www.icrp.org/docs/Fukushima%20Nuclear%20Power%20Plant%20Accident.pdf

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放射性物質:被ばく限度「引き上げを」 国際組織が勧告
【毎日新聞 2011年3月25日】

 国際放射線防護委員会(ICRP)は、東京電力福島第1原発事故で放射性物質の漏えいが続いていることについて、日本の現在の被ばく線量限度(一般人で年1ミリシーベルト)を引き上げる検討を求める勧告を出したことが判明した。

 勧告は21日に出された。それによると、今回の事態を受け、緊急的に一般人の年間被ばく限度を100~20ミリシーベルトの範囲に引き上げることを求めた。また「原発事故が収束したとしても、原発周辺地域に汚染が残る」と分析。地域住民がふるさとを捨てず、住み続けることができるよう、線量限度を20~1ミリシーベルトの範囲で設定し、長期的に1ミリシーベルトを目標とすることを提案した。いずれも現在の限度を大幅に上回る数値だが、「緊急事態と汚染が広がっている地域の将来を考えるうえでの一助にしてほしい」と求めている。ICRPは従来、自然被ばくや医療上の被ばくを除いて職業上の被ばくの限度は5年間で100ミリシーベルト、年50ミリシーベルトとし、一般人は年1ミリシーベルトとすることを勧告している。


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放射性物質:食品や飲料水、規制値緩和へ 食品安全委
【毎日新聞 2011年3月25日】

 食品や飲料水に含まれる放射性物質について、内閣府の食品安全委員会は25日、暫定規制値の根拠となっている健康への安全性の許容範囲を広げる方針を固めた。これを受け、厚生労働省は現在より緩やかな規制値を策定する見通し。暫定規制値は厚労省が17日に急きょ策定。原子力安全委員会の「飲食物摂取制限に関する指標」を用い、水や食品から1年間に摂取するヨウ素を50ミリシーベルト以下、セシウムを5ミリシーベルト以下としている。
 水道水1リットル当たり、100Bq以上のヨウ素131が検出されたということで、各地で大騒ぎになっていますが、100Bqのヨウ素131というのは、一体、どのくらいの量なのでしょうか。

 1Bq(ベクレル)とは、1秒間に一つの原子核が崩壊して放射線を放つだけの放射能(放射性物質)の量ということなので、ヨウ素131の半減期(8.02日)を元に自分で微分方程式を解いた人や「アイソトープ手帳」の記載によれば、

1Bqのヨウ素131は、ヨウ素原子100万個(1.00×10^6)となります。

 つまり、濃度100Bq/Lの水道水1リットル中には、1億個(1.00×10^8)のヨウ素131が存在すると言うことになります。

 また、1mol(6.02×10^23)のヨウ素131の重さは131gですから、

1億個のヨウ素131の重さは、2.18×10^-14 gとなります。

 一方、1Lの水の重さは、1000(1.0×10^3)gですから、100Bq/Lを重量濃度で表すと、

2.18×10^-17、すなわち、2.18×10^-8ppb(10^-9) となります。

 ところで、日本の地表水には通常3~7ppb(0.003~0.007ppm)のヨウ素が含まれていて、水道水にも同程度のヨウ素が含まれています。

「イオンクロマトグラフとICP質量分析器を接続したヨウ素の化学形態別微量分析」
http://www-cc.gakushuin.ac.jp/~e881147/HP-Yasuyuki/kisida.pdf

 つまり、1リットル当たり100Bqのヨウ素131が検出される水道水には、1億個のヨウ素131と、その1億倍、約1京個のヨウ素127(安定ヨウ素)が含まれていると言うことになります。

 ちなみに、海水中には40~60ppb(0.04~0.06ppm)、海草類には、61,000~1,310,000ppb(61~1310ppm)のヨウ素127が含まれています。

「ヨウ素解説」
http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail680.html

 ついでに言うと、日本人の平均的なヨウ素の摂取量は、1.5mg/日、母乳中のヨウ素濃度は、150ug/L(0.15ppm=150ppb)、乳児の平均的なヨウ素摂取量は、100ug/日とされています。

「日本人の食事摂取基準」(2010年版)
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/dl/s0529-4al.pdf