無題
先日、母が他界しました。
病名は脳梗塞だったんですが、
寝ている間に発症してしまったらしく、同居していた姉が朝に気づいたときにはすでに手遅れで手術も出来ないような状態でした。
しかし、ほとんど意識が無かった状態でも、僕が駆けつけたときにはかろうじてですが間際の会話をすることが出来ましたし、亡くなる間際にもたくさんの母の友人が駆けつけてきてくれて意識のない母を応援してくれて、さらに僕自身も知らなかった母の意外な一面をたくさん聞かせてもらう事ができました。
お医者さんの話によると、痛みも苦しみもない状態で、最後まで自分で呼吸をしていて、その呼吸が止まったことによる自然の死と仰ってました。
母にとっては、痛みも苦しみも寂しさもなく、僕ら家族と友人に見守られての最期だったので、最期の迎え方としてはとても理想的な迎え方だったのかな、と。
この日はとても悲しい日ではありますが、とても良かった一日でもあったのかな、と感じることができました。
思えば、母方の家系は、皆異様に絵が巧かったりダンスで日本一になった叔父が居たりと、芸術気質な家系なので、
その母の遺伝子を色濃く受け継いでいるんだなということを改めて意識した日でもありました。
あらためて、母の分もこれからも精進していきます!
白黒の写真は、僕のお気に入りで母の高校生時代の写真です。
顔も母親似なんですよねー。
ももいろクローバーZ フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ
ももいろクローバーZ Finger font Logo No.265 フィンガーフォントロゴ
ももいろクローバーZ(ももいろクローバーゼット)は、百田夏菜子・玉井詩織・佐々木彩夏・高城れにからなる日本のガールズユニットである。2014年には、国立競技場でのライブ(コンサート)を女性グループとしては初めて行い、2日間で11万人を動員[1]。ライブの年間動員数においては、過去2度にわたり女性アーティスト1位を記録している[2][3]。
2018年に結成10周年を迎え、結束力の強いパフォーマンスや天真爛漫なキャラクター性などを特長として[4]、モノノフと呼ばれる独自のファン層を擁する。
女優としても活動し、グループ主演の青春映画『幕が上がる』においては日本アカデミー賞などを受賞[5]。
愛称はももクロ、ももクロちゃん。Zの文字を宙に書いて指を突き出すポーズを常用する[6]。
| メンバー | ■百田夏菜子 ■玉井詩織 ■佐々木彩夏 ■高城れに |
|---|---|
| 主な作品 | アルバム『AMARANTHUS』 シングル「行くぜっ!怪盗少女」 ライブBD/DVD『ももいろクローバーZ 10th Anniversary The Diamond Four -in 桃響導夢-』 映画『幕が上がる』 ドキュメンタリー『はじめてのももクロ』 |
概説
「ピュアな女の子が、幸せを運びたい」という意味を込め、ももいろクローバーとして2008年5月17日に結成。グループの進化を目指し、2011年4月11日にはももいろクローバーZに改名して現在に至る。
結成当時は全員が学生であったため、週末ヒロインと称して土日を中心に活動を開始。メンバーは所属事務所内から選抜されたものの、“本当に有望な人材というわけではなく努力が必要”だと判断され、メディアに取り上げられることのないライブアイドルとして、数人の客を相手に路上ライブからのスタートを強いられた[7]。
その後も、ワゴン車1台で車中泊をしながら全国各地のヤマダ電機を回り、店先で踊ってCDを手売りするなど数多くの下積みを経ており、メジャーデビューまでに約2年を費やした[8]。今でもライブでは、ファンへの感謝を深く長いお辞儀で表すシーンが度々見受けられる[9]。
5人時代のパフォーマンス
ひたむきで気力あふれるライブパフォーマンスが特徴[10]。数々の試練にも笑顔で、そして全力で立ち向かう姿勢が評価されている[4]。そのスタンスと呼応するように持ち歌には、夢や情熱を感じさせる応援ソングが多い[11]。
激しいダンスと相まって歌声が安定しない面もあるが、口パクに頼らず“生歌”でライブを行う[12]。また、ステージに向けて歌詞を表示するプロンプターも使用しない。
水着など露出度の高い衣装は着ず、握手会などの接触系イベントも実施していない[13]。CDにイベント参加券などの特典を封入しないことから、シングルの売り上げは最高で10万枚前後に留まるものの、ライブに軸足を置いて活動し、動員数は60万人を超える年もある。2014年と2016年には女性アーティスト1位を記録した[2]。
| 映像外部リンク | |
|---|---|
グループのコンセプトとして「和」を掲げており、神道や仏教などの要素をライブ演出に取り入れるケースが散見される |
ロックファンからも評価される傾向にあり[14]、布袋寅泰・高見沢俊彦(THE ALFEE)らから楽曲提供を受け、アメリカのロックバンド・KISSとのコラボシングルもリリース。綾小路翔(氣志團)やhyde(L'Arc〜en〜Ciel)主催のロックフェスに毎年招聘されており、国際的なハードロック・フェス『オズフェスト』への出演経験もある。
夢の変遷
まだ色分けはなく、全員“ももいろ”の衣装でパフォーマンス(2008年)。ファンはほとんどおらず、物珍しさに見物人が取り囲む
2008年の結成後、路上ライブを行っていた代々木公園はNHKホールに隣接していたため、紅白歌合戦への出場、という夢を抱くこととなった[15]。
メジャーデビュー発表会見では、紅白とともに日本武道館でのライブ開催を目標として宣言。同時期にDVDで観た嵐の国立競技場公演にも感銘を受け、デパートの屋上でライブを行った際には国立をイメージした舞台を設営するなど、より多くの人前で歌を届けることを夢見ていた[16]。そして長く愛されるグループとして前述の嵐やSMAP、ザ・ドリフターズのような存在を女性グループとして目指し始める[17]。
数年をかけてさいたまスーパーアリーナでのライブを実現し、客席数の面からは“武道館の目標”に到達[18]。そして、アルバム『バトル アンド ロマンス』がCDショップ大賞(全国の店員による投票で決定)を受賞し、グループの存在が一般的に知られるようになった[19]。その後、目標の日本武道館でのライブが実現し、悲願であった紅白歌合戦出場も果たした[20]。
紅白出場の翌日には、国立競技場でのライブ開催を、正式に次の目標として宣言。さらに、2020年のオリンピック開催地が東京に決まると、メンバー全員が祝福のコメントをブログで発信するとともに「開会式で歌いたい」という夢も掲げた[21]。
国立競技場は改修される運びとなっていたが、工事開始直前の時期に“ライブ開催”の夢は実現。女性グループでは初の快挙となり、2日間で11万人が来場[1]。夢のきっかけとなったグループである嵐からは、櫻井翔が鑑賞に訪れ祝福した[22]。
ライブ中にメンバーらは、以前から掲げていた同じ仲間で末永く続けられるグループになりたいという思いを観客に向けじっくりと語った[1]。その際にリーダーの百田夏菜子は、夢について以下の様に述べている。
スペースシャワーTV 「sumikaのコシカケ」
久しぶりに顔出しでテレビ出演します!
と言っても地上波ではないですが、初の音楽番組出演ですっ
いま若者に大人気の急上昇中バンド、sumikaの冠番組にて「The Back Horn」ゲスト回に、フィンガーダンス講師として出演することになりました!
スペースシャワーTV 「sumikaのコシカケ」
本放送 2/26(月)22:30〜22:45
再放送 2/28(水)24:15〜24:30 3/3(土)25:30〜25:45
本放送 3/5(月)22:30〜22:45
再放送 3/7(水)24:15〜24:30 3/10(土)25:30〜25:45
15分番組で、二周に渡って放送する内の第一週目。
初回は本日!再放送も来週中に2回あるので、スペシャTVが観れる方はぜひ宜しくお願いします!
https://www.spaceshowertv.com/program/special/sumika_r.html
今回、番組で自己紹介がてらパフォーマンスをするのに、sumikaさんの曲をつかってパフォーマンスしました。
放送時には50秒ほど使われていましたが、実際にはsumikaさんの「ピカソからの宅急便」という曲を三分間まるまる使ってパフォーマンスしていました。
その振付がコチラ、合わせてヨロシクです!






