BABYMETAL フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ
BABYMETAL(ベビーメタル)Finger font Logo No.262 フィンガーフォントロゴ 手を25使用
BABYMETAL(ベビーメタル)は、日本の女性2人組メタルダンス・ユニット[6]。通称「べビメタ」[7]。
「アイドルとメタルの融合」をテーマに2010年結成[8]。2014年から世界進出を果たし、ワールドワイドな活動を展開している[9]。
| 出身地 | |
|---|---|
| ジャンル | J-POP[1][2][3] ヘヴィメタル[4][5] |
| 活動期間 | 2010年 - |
| レーベル | (2011年10月 - 2013年1月) (2013年6月 - ) (2015年5月 - ) (2015年5月 - ) (2018年5月 - ) |
| 事務所 | (2010年 - ) (2014年6月 - ) |
| 共同作業者 | KOBAMETAL(プロデュース) |
| 公式サイト | BABYMETAL |
ユニットのロゴ (後方)
BABYMETAL(ベビーメタル)は、日本の女性2人組メタルダンス・ユニット[6]。通称「べビメタ」[7]。
現メンバー
| 名前 | 本名 | 生年月日 | 出身地 | 担当及び立ち位置 | 在籍期間 |
|---|---|---|---|---|---|
| SU-METAL (スゥメタル) |
中元すず香 (なかもと すずか) |
1997年12月20日(21歳) | 広島県広島市 | ボーカル、ダンス (ステージ中央) |
2010年 - 活動中 |
| MOAMETAL (モアメタル) |
菊地最愛 (きくち もあ) |
1999年7月4日(19歳) | 愛知県名古屋市 | スクリーム[注 1]、ダンス (ステージ上手側) |
2010年 - 活動中 |
旧メンバー
| 名前 | 本名 | 生年月日 | 出身地 | 担当及び立ち位置 | 在籍期間 |
|---|---|---|---|---|---|
| YUIMETAL (ユイメタル) |
水野由結 (みずの ゆい) |
1999年6月20日(19歳) | 神奈川県 | スクリーム、ダンス (ステージ下手側) |
2010年 - 2018年10月[注 2] |
経歴
構想
BABYMETALは、芸能プロダクションアミューズ社員のKOBAMETALがプロデューサーとなり結成された[11][12]。企画背景は三つあった[8][13][14][15]。
- KOBAMETALが大のメタルファンだったこと。日本のバンドでは聖飢魔IIやX JAPANを好んだ。
- アミューズがマネジメントした可憐Girl'sの中元すず香の歌声を聴いたこと。その歌声は少年少女合唱団のようでありつつ時にリミッターが効いていないと思うほど強かった。
- 同じく同社がマネジメントするPerfumeがテクノとアイドルを組み合わせて商業的に成功したこと。
これらからKOBAMETALは、ラウドなメタルサウンドと中元すず香の歌声を組み合わせれば商業的に成功するはずと考えた。中元は2009年3月に可憐Girl'sが解散した後、2010年4月にさくら学院に参加。KOBAMETALはさくら学院に関わる中で、自らの企画に対し社内承認を得て中元を中心に追加メンバーを探した。しかし中元が独特な存在感を持っていたためこれに伍する候補はなかなか見当たらず、「中元の周りを踊る天使のような子」という全く別のキャラクターを加えることに方針転換し、水野由結と菊地最愛を選抜した[8][13]。
命名から海外初公演まで (2010年 - 2012年)
2010年、学校生活とクラブ活動をテーマにした成長期限定ユニット「さくら学院」の部活動「重音部」として始動[8][13]。同部に属した三人は10月30日に楽曲「ド・キ・ド・キ☆モーニング」を初録音し[16]、11月28日に横浜赤レンガ倉庫で開催された「さくら学院」の単独ライブ「さくら学院祭☆2010」で初披露された[17][18]。
2011年2月1日、アミューズはユニット名を「BABYMETAL」と公表[19]。ユニット名は“ヘビーメタル”をもじったもの。BABYが可愛さを、METALが激しさを表し、新しいメタル音楽を生む願いを込めた[8]。BABYMETALは7月23日、楽曲「イジメ、ダメ、ゼッタイ」を初披露、10月12日のライブではモッシュ&ダイブが発生[20]。トイズファクトリーは同日、「ド・キ・ド・キ☆モーニング」のミュージック・ビデオをYouTubeで公開[21]。海外メディアが少女がメタルを歌い踊る珍しさを報じ、アクセスが殺到した[22]。
2012年1月9日、楽曲「いいね!」を初披露[23]。3月、シングル「BABYMETAL×キバオブアキバ」を発売[24][25]。4月6日、ニコ生放送を実施[26]。6月23日、楽曲「ヘドバンギャー!!」を初披露[27][28]。7月4日シングル「ヘドバンギャー!!」を発売[29]。7月21日、目黒鹿鳴館でライブ「LEGEND 〜コルセット祭り」を開催[注 3]。8月19日、史上最年少でサマーソニックに出演[31][32][注 4][注 5]。10月、初のワンマンライブ「I、D、Z〜LEGEND“I”」を開催。このアンコールで初めてバックバンドが生演奏した[34]。11月、「アニメ・フェスティバル・アジア シンガポール 2012」にて初めて日本国外で公演[35]。
楽器演奏
Danforth Music Hallでのライブでパフォーマンスする神バンド(2015年、トロント)
当初ライブでは演奏にカラオケ音源を用いており、BABYBONEと呼ばれる骸骨の衣装を着た人々が当て振りのパフォーマンスを行っていた[160]。2013年以降は神バンドと呼ばれる、ギター2名、ベース1名、ドラムス1名の計4名からなるバックバンドが生演奏を務めている[161]。神バンドはメタルの神「キツネ様」により召喚されたとし[162]、コープス・ペイントを施し白装束を着用する。神バンド初期の一連のライブ『五月革命』(2013年)には、「ヴァイオリンの神」が登場した[163]。
アメリカの週刊音楽業界誌『ビルボード』は、ニューヨーク公演のレポートの記事で「バックバンドが恐ろしいほど上手い」と評価した[164][165]。
2018年1月5日、2013年より神バンドのギタリストとして支えてきた小神こと藤岡幹大が不慮の事故により36歳の若さで他界[166][167][168]。BABYMETALの公式Twitterアカウントも追悼ツイートを更新した[169][170]。
Perfume(パフューム)フィンガーロゴ Finger font Logo hand
Perfume(パフューム)Finger font Logo No.263 フィンガーフォントロゴ
のっち かしゆか あ〜ちゃん による、中田ヤスタカがプロデュースする日本の女性3人組テクノポップユニット。 ごく少ない手数で3人の特徴を再現してみましたが、いかがですかね-? 手を18使用
Perfume(パフューム)は、中田ヤスタカがプロデュースする広島県出身の3人組テクノポップユニット。ダンスと舞台演出に特徴がある。アミューズ所属。レコードレーベルはPerfume Records / ユニバーサルJ。公式ファンクラブは「P.T.A.」[注 1]。
左から樫野有香(かしゆか)、西脇綾香(あ〜ちゃん)、大本彩乃(のっち)。(2016年)
| 出身地 | |
|---|---|
| ジャンル | J-POP テクノ歌謡 テクノポップ フューチャーポップ EBM EDM ダブステップ ダンス・ポップ テクノ シンセポップ ハウス エレクトロ・ポップ フューチャー・ベース |
| 活動期間 | 2000年 - |
| レーベル | 徳間ジャパンコミュニケーションズ (2005年 - 2012年) Perfume Records / ユニバーサルJ (2012年 - ) |
| 事務所 | アミューズ |
| 共同作業者 | 中田ヤスタカ、MIKIKO |
| 公式サイト | www.perfume-web.jp |
| メンバー | 樫野有香(かしゆか) 西脇綾香(あ〜ちゃん) 大本彩乃(のっち) |
| 旧メンバー | 河島佑香 |
メンバー
| 名前 | 愛称 | 生年月日(年齢) | 髪型 | 衣装 |
|---|---|---|---|---|
| 樫野有香 (かしの ゆか) |
かしゆか | 1988年12月23日(30歳) | 前髪ぱっつん(または右寄せ)のロングストレートヘア[1] | ストレートスカート |
| 西脇綾香 (にしわき あやか) |
あ〜ちゃん | 1989年2月15日(29歳) | セミロングパーマまたはポニーテール[1] | フレアスカート |
| 大本彩乃 (おおもと あやの) |
のっち | 1988年9月20日(30歳) | ボブ[1] | ホットパンツ |
愛称は公式サイト、PV、歌詞カードで使用されており、公式の名前として認識されている。3人は同じ学年であるがあ〜ちゃんのみ平成生まれである。
全員が広島県出身[注 2]。3人が出会った当初、かしゆかとのっちはあ〜ちゃんから大きな影響を受け、それ以来、あ〜ちゃんのことを「長」と位置づけている[2]。しかしあ〜ちゃんがリーダーというわけではなく、他の2人も含めてPerfumeにリーダーは存在しない[2]。ライブの曲順は基本をあ〜ちゃんが決め、他の2人やスタッフの意見をそこに織り交ぜていくという手法をとる[3]。
立ち位置やダンスの際にセンターポジションは固定されず、1曲の間にも3人の立ち位置は変わる。したがって、3人のことを立ち位置で識別することはできない。メンバーはデビュー以来、それぞれの特徴を覚えてもらうために髪型と服装を大きく変化させないよう心がけている[1]。
グループ名
Perfumeは英語で香水の意味を表す言葉である。グループ名としての由来は、結成時(デビュー前)のメンバー(かしゆか・あ〜ちゃん・河島佑香[4])全員の名前の最後の文字が「香」であったことにちなむ[5]。
しかしまもなく河島がグループを脱退し、名前に「香」の文字がないのっちが加入したため、グループ名の由来を「香りは人の気持ちを和ませたり、楽しい気持ちにさせたりできるので、私たちもそういう存在になりたいという気持ちを込めて、英語で香水を意味するPerfumeという名前にした」と説明するように変わった。あ〜ちゃんはこの説明について、「まあ……後付けなんですけど」と2008年2月9日放送のフジテレビ『ミュージックフェア』で述べている[信頼性要検証]。
当初は「ぱふゅ〜む」とひらがな表記だったが、これはSPEEDなど人気の出るグループは画数が13画というジンクスにあやかりたくて考えたものだった[6]。
その後、2003年春に上京してアミューズに所属した際に、グループ名をひらがなからアルファベット表記に改名[7]。このとき3人は改名を強く拒んだが、ほぼ強制的に改名。この時を振り返り、のっちは「権力って怖いですよね」と2007年9月22日放送のテレビ東京『月刊MelodiX!』で語っている[信頼性要検証]。
安室 奈美恵 フィンガーロゴ Finger font Logo hand ハンドロゴ
安室 奈美恵 Finger font Logo No.264 フィンガーフォントロゴ
安室 奈美恵(あむろ なみえ、1977年9月20日[2] - )は、日本の歌手、ダンサー。本名同じ。身長は158cm[2]、血液型はO型[2]。沖縄県那覇市出身。愛称は安室ちゃん・奈美恵ちゃん。引退前の所属事務所はstella 88。レコード会社はavex。レーベルはDimension Point。
1990年代に数多くのヒット曲を生み出し、アムラー等の社会現象を引き起こした。40歳の誕生日を迎えた2017年9月20日、公式サイトにアップしたメッセージにて、芸能界を引退することを発表(詳細後述)。2018年9月16日をもって引退した[1][3][4][5]。
| 別名 | Namie Amuro namie amuro NAMIE AMURO |
|---|---|
| 生誕 | 1977年9月20日(41歳) |
| 出身地 | |
| 学歴 | 沖縄県那覇市立城東小学校 沖縄県那覇市立石嶺中学校 沖縄アクターズスクール |
| ジャンル | J-POP R&B ヒップホップ ダンス エレクトロニック ロック ユーロビート |
| 職業 | 歌手 ダンサー タレント |
| 活動期間 | 1992年 - 2018年[1] |
| レーベル | 東芝EMI / USM JAPAN (1992年 - 1995年、2018年) avex trax (1995年 - 2013年) Dimension Point (2013年 - 2017年)[1] stella 88 (2018年) |
| 事務所 | ライジングプロダクション (1992年 - 2015年) Dimension Point (2015年) stella 88 (2015年 - 2018年)[1] |
| 共同作業者 | 小室哲哉 (1995年 - 2001年、2017年) ダラス・オースティン (1999年 - 2003年) SUITE CHIC (2002年 - 2003年) TIGER (2003年 - 2017年) T.Kura & michico (2003年 - 2011年) Nao'ymt (2005年 - 2013年) Emyli (2013年 - 2017年) |
概要
人物
- 小室哲哉は第一印象について、「たまたま見た『THE夜もヒッパレ』でTRFの楽曲を歌っていた事から、『TRFの曲は楽勝で歌って踊れるんだ』とプレゼンしていると勝手に感じた」「イメージは『TRFの10代バージョン』『渋谷の109で見かけそうな感じ』でやったらすごくはまるだろうな、と考えた」「シャイな感じだけど『とにかく大きい所でコンサートをやりたい、ジャネット・ジャクソンみたいなブラックミュージックをやりたい、コーディネーションはこのスタイルでいきたい』と明確なイメージを一人で用意し、話せる子だった」[6][7][8]と話している。姿勢に対しては「僕は安室さんのプライベートとビジネスの両方を見ているわけではありませんが、プロフェッショナルなパフォーマーとしての彼女と普段の彼女というのはどの瞬間に変わるのか、いつも不思議に思っていました。彼女は実際に仕事では淡々としていて、喜怒哀楽を表に出す方ではないと思います。だから彼女はレコーディングやステージを『言葉ではなく、本能的な集中力でやっているのではないか?』と感じました。アドレナリンが分泌するというか、本能的に頭がスッと指令を出す時があるのではないでしょうか。レコーディング等では、曲の時間軸、つまりイントロからエンディングまで曲が進んでいくプロセスがあります。彼女にはそういった時間軸に乗った集中力を感じます。音楽が始まると窓を開き、音が消えると閉じるような感覚。そこが彼女の魅力だと思います」と語っている[9]。
- マーク・パンサーは「皆と飲んで騒ぐような子ではなくて、真面目。当時の小室さんの周りには、ごまをする人や言いなりの人が多い中、安室ちゃんだけは自分を貫いていた」「『TK PAN-PACIFIC TOUR '97 IN TAIPEI』の時、アーティスト・スタッフ全員が高級ホテルの1フロアの全部屋を貸切にして泊まる中、安室ちゃんだけ別の場所に泊まっていた。徹底して距離をとって媚びない彼女は近くで見ていても格好良かった」と語っている[10]。
- 引退日の2018年9月16日に出身地の沖縄県で行われた「We♥ NAMIE HANABI SHOW」ではサプライズ出演を行うことはなく、浴衣を着てファンと同じ客席からひっそりと花火を眺めていた[11]。ファンとの一体感を何よりも大切にして来た、安室奈美恵らしい活動の締め括りであり、明日から一般人として過ごすことを自覚した姿がそこにはあった。
- 引退後もマスメディアにより復帰の可能性が語られているが、デビュー当時から引退の時期を継続的に考え続けた結果として、活動25周年かつ年齢が40歳という記念すべき年に引退するという結論を出したことや、ブレない信念を売りにしていた事実を考えると、まず有り得ないと言える[12]。
- 日本一と言える程に熱烈なファンであるイモトアヤコに対して感謝したいとして『イッテQ!』のドッキリに参加し、その後のホテルでの対談中は『イッテQ!』におけるイモトの挑戦や安室ファン振りを日常的に視聴している事を語ったが、その後のイモトとの交流は一切行っていない[13]。本件はあくまで『イッテQ!』のサプライズ企画でしかなく、イモトに対してプライベートな連絡先は一切教えていない上に、イモト自身もそのような軽々しい関係は望んでいない。
影響力
- 1996年 - 1997年、茶髪のロングヘアー・ミニスカート・細眉・厚底ブーツなどといった彼女のファッションスタイルや髪型、メイクなどに憧れる若い女性たち、いわゆる"アムラー"が大量発生した「アムラー・ブーム」を巻き起こし、社会現象となった[14]。
詳細は「アムラー」を参照
- ミリオンヒット作を次々と世に送り出し、1997年には10代シンガーとしては日本の音楽史上初となるシングル・アルバム総売上げ2000万枚突破を記録[15]。
- 2008年7月にリリースされたベストアルバム『BEST FICTION』で、史上初となる10代・20代・30代の3つの世代でのミリオンを達成し、再び返り咲いた(詳しくは#2005 - 2011年 : ソロデビュー10周年を参考)。後にこの記録は、2017年11月リリースのベストアルバム『Finally』(40代)で更新された。
- 1998年の産休中、浜崎あゆみや宇多田ヒカルといった新たな国民的歌姫が続々と登場する中、復帰した後も人気を維持した。
- ファン層に関しては、20代から30代後半までの半数がターゲットとなっていたが、老若男女問わず幅広い世代からの支持を獲得した。また、2008年の再ブレイク以降、邦楽女性ソロアーティストのトータルセールスとしては唯一の年間TOP10位入りを果たした。
- 近年のライブでは毎年開催されるほどチケットは即売され、非常に入手困難な為、プラチナ化となるほどだった。引退日に行われた「We♥ NAMIE HANABI SHOW」のチケットに至っては、本来無料イベントであるにも関わらず、転売市場において18万円近くの値が付いている。引退発表後の1年間に渡って行われた各種特別企画の経済効果は1000億円超と推測されている[16]。引退日の2018年9月16日には数多くのファンが渋谷109前にかつての「アムラー」の姿で集結し、「アムロス」と呼ばれる状況が生まれつつあることも明らかになった[17]。
- 2017年9月16日から2018年9月16日の引退準備期間は、日本に存在するありとあらゆるメディアを巻き込んだ大騒動に発展した。特に、2018年9月1日頃から2018年9月18日頃まで、日本中のマスメディアが安室奈美恵の引退に関する動向を常時報じたため、日本全国で安室奈美恵のニュースの嵐とも言える状況が生まれた。ニュースを介して、大部分の著名人が引退を惜しむメッセージを発表した。
音楽性
- 東芝EMI時代はポップス調やユーロビートの楽曲を歌っていたが、avexに移籍して小室哲哉プロデュースが始まると、徐々にブラックミュージック色の強い曲が増えていった。いわゆる小室ファミリーの中でも特異な存在だった[15]。
- 1999年に産休から復帰すると、TLCやMonicaの作品でも知られる海外大物プロデューサーのダラス・オースティンを起用するなど本格的R&B路線を志向し、2001年発売のシングル「think of me/no more tears」を最後に小室プロデュースを離れる[15]。
- 2002年 - 2003年のSUITE CHICとしての活動以降、自身で「GIANT SWING PRODUCTIONS」のT.KURAとMICHICO、Nao'ymtなど新たなクリエーターたちの楽曲を選曲し、自らアイデアを出すなど楽曲制作においてセルフプロデュースを行うようになり、ジャパニーズR&Bの女王としての地位を確立していく。特にMICHICOによるリアルな女性像を描いたキャッチーな歌詞は、多くの女性たちの心を掴んだ[15]。
- ハイレゾ音源のリリースは2004年1月28日に発売された、『181920』と『LOVE ENHANCED ♥ single collection』のDVD-Audio盤のみである。音源は96kHz/24bitのフォーマットで収録されている。
- 2010年代はavex関連の外国人プロデューサーを起用し、EDMを交えたその当時の最新のR&Bを体現した楽曲が中心となる[15]。
- 2010年以降はテレビなどのメディア露出を控えてライブ中心の音楽活動にシフトしていった[15]。
- 2018年9月16日の引退に対しても手抜かりはなく、1年前から活動終結のストーリーを綿密に計画して臨んだ。





