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宇多田ヒカル(Utada hikaru) Fingerfont-Logo No.267 フィンガーフォントロゴ
この名前の通り、日本を代表する歌姫、と思いきや、実は国籍がアメリカ合衆国なのでアメリカ人なんですよね。ちゃんと調べるまで知りませんでした。今回は日本国内で860万枚のセールスを誇るfirstLoveのアルバム・ジャケットを再現してみました。人間の顔のドアップは、かなり再現が大変で、作った当時は相当苦労して、何度も作り直ししましたー。 手を108使用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宇多田 ヒカル(うただ ヒカル、1983年1月19日[2] - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク出身の女性シンガーソングライター、ミュージシャン、音楽プロデューサー。所属芸能事務所はU3MUSIC。所属レーベルはソニー・ミュージックレーベルズ内のエピックレコードジャパン。ロンドン在住[3]。「Hikki」(ヒッキー)という愛称がある。
1983年、宇多田照實・藤圭子夫妻の娘としてアメリカのニューヨークで誕生。1998年12月9日、東芝EMI(現:ユニバーサルミュージック)よりデビュー。親譲りの才能で国民の注目を浴び、1stアルバム『First Love』は累計売上枚数765万枚を超え(オリコン調べ)、日本国内の歴代アルバムセールス1位になっているほか[4][5]、2ndアルバム『Distance』では初週売上枚数が歴代1位となる300万枚(オリコン調べ)を記録している[5][6]。また、2007年発表の「Flavor Of Life」は当時のデジタル・シングルのセールスにおいて世界1位を記録した[7]。『日本ゴールドディスク大賞』「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を2度[8][9]、『CDショップ大賞』などを受賞しているほか[10]、『First Love』『Distance』『DEEP RIVER』『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』の4作品がオリコン年間アルバムチャート1位になっている[11]。概要
2010年に「人間活動」として翌年以降の活動休止を発表[注 1][12][13]、2016年にアーティスト活動を再開した[14][15]。
人物
1983年1月19日、アメリカ合衆国のニューヨークにおいて父宇多田照實と母藤圭子のもとに日系アメリカ人として生まれる。当時のマスコミに母親に抱えられている生後5ヶ月時の姿が撮られている[16]。本名の表記は宇多田光[17]。東芝EMIからデビューする際に、漢字だと何か堅い感じがするという意見が出たため、漢字表記と同じ画数の「ヒカル」にしたという[17]。画数にこだわったのは、よい画数の名前であると言われていることによる[17]。なお、母親は当初名前の候補に「いちご」や「めろん」、「すいか」を考えていたという[18]。宇多田家の祖先は山口県にあり[19]、父親が子どもの頃に家系図を見せられて由緒ある家の跡継ぎであることを説明されたという[20]。郷土資料によると山口県山口市徳地島地(旧佐波郡徳地町島地)に宇多田という大庄屋があり、たくさんの土地を持っていたとの記述が残っている[21][22]。
本人のツイートによると、予定を3週間以上も過ぎた後もなかなか産まれなかったため、医師の判断で帝王切開したものの、ほぼ死産の状態だったとのこと。この時父親は医師から「残念ですが…」と告げられるも[23]、懸命に名前を呼ぶと、徐々に血の気が入り蘇生したという[24]。
ブログやTwitterにおいて自身の好きなものや興味を持っているものなどを随時書き込んでいる[25][26][27][28][29]。中でもテトリスの腕前について広く知られており、2006年には任天堂のクラブニンテンドー会員限定イベント『宇多田ヒカルとテトリス対戦!!』が開催され、一般ユーザーや任天堂開発チームとテトリスDSの1対1対戦を行った[30][31][32]。ちなみに、テトリスDSでカウンターストップとなる99999999点を達成している[33]。
2006年の23歳の誕生日に大きなテディベアをプレゼントされ、以来大のくま好きであることを公言。ちなみにそのテディベアには「くまちゃん」という名前がついており(宇多田が自ら命名)、『ぼくはくま』のモデルになった。
身長に関しては、ある時に病院で正確に測ったところ、158.9 cmであることが判明。今まで158 cm(15歳当時の記録)であると公言してきたことから、2017年3月に出演したラジオ番組内で各所プロフィールの更新を求めた[34]。
2010年に活動休止を発表したことについて、「(休養中の行動を『人間活動』と表現したのは)思っていることを長く書こうとしても伝わらないことが多くて、短い言葉を使おうと思った。」「自分の力で生きたい。色々と知らないことがあるまま生活しているので、1人でも生きられるようになりたい。」「得意なことばっかりやっても成長がないと思って。もし私と同じく、自分の中の苦手なこと、避けようとしている部分に向き合っていきたいと考えている人がいるなら、一緒に頑張りましょう!」と発言しているほか[35]、「有名人(見られる側)になってからの十数年、どんどん自分が見えなくなっていってた。全然自分のこと理解できてなかったし周りの人たちのことも「知ろう」としてなかった。苦しい、さびしい生き方をしてました。まだ若いうちに気付けてよかったです。みんなに感謝」とツイートしている[36]。
2003年に紀里谷和明と結婚し[37][38]、2007年に離婚を発表[39][40]。2014年2月にイタリア人男性と再婚し[41]、2015年7月に第1子となる男児を出産したことを報告したが[42][43]、2018年4月に離婚していたことが明らかになった(公式発表ではない)[42][44]。
音楽性
作詞・作曲・編曲を手掛け、自らプログラミングも行っている(2016年現在もApple Logic Pro 9を使用[45])。絶対音感を持っていると巷で言われたことがあるが、本人がこれを否定している[46]。曲作りに関しては曲先であり[47]、「桜流し」配信開始時には「基本、コード→メロディー→歌詞という流れ。アレンジャーも私です。」とツイートしている[48]。
母親の藤圭子は、演歌の陰鬱や悲しさに影響されないように心掛けていたとしている[49]。デビュー当初から宇多田ヒカルを担当している三宅彰は、デビュー10周年の際に受けたインタビューで彼女の変化についてコメントしており、『First Love』から『ULTRA BLUE』までのアルバム4枚は誰に向けて書いたのか具体的に見える曲が多かったが、『HEART STATION』は顔の見えない不特定多数に向いていると述べている[50]。さらに、「10代は内面に向かいがちだったのが、20代半ばになり社会と自分というものを結びつけることができるようになったのかなと思う」とも評している[50]。
LOVE PSYCHEDELICO(ラブ サイケデリコ)フィンガーロゴ
LOVE PSYCHEDELICO(ラブ サイケデリコ)Finger font Logo No.266 フィンガーフォントロゴ
アンニュイな楽曲が声ととてもよくマッチして、唯一無二の独特な世界観を持ったバンドですね。Godinというメーカーの、日本では使っている人がほとんどいないレアなギターを使っていて、昔それが欲しくて買おうかと悩んでた時期がありました。 手を55使用
LOVE PSYCHEDELICO(ラブ サイケデリコ)は、日本の男女2人組による音楽ユニット。略称はデリコ。所属レーベルはビクターエンタテインメント、所属事務所はJVCエンタテインメント。
| 出身地 | |
|---|---|
| ジャンル | J-POP、ロック、ロックンロール、ポップ・ロック、フォークソング、フォークロック、カントリー、ブルース、リズム・アンド・ブルース、ソウル、サイケデリックロック[1][2] |
| 活動期間 | 1997年 - |
| レーベル | ビクターエンタテインメント |
| 事務所 | JVCエンタテインメント |
| 共同作業者 | 堀江博久(キーボード) 高桑圭(ベース) 白根賢一(ドラムス) 権藤知彦(コンピュータオペレーション・プログラミング) 山田ノブマサ(レコーディング・エンジニア) |
| 公式サイト | LOVEPSYCHEDELICO |
| メンバー | KUMI(ボーカル・ギター) NAOKI(ギター・ベース) |
概要
ボーカルのKUMIとギターのNAOKIの男女二人によるロックデュオ[3]。1997年に青山学院大学の音楽サークルで結成[4]。もともとは大学でNAOKIがKUMIに声を掛けたことをきっかけになにげなく始まったバンドで、当初はプロデビューなどという野心はまったくなかった[5]。2人を中心にバンド形態で活動をスタートするが、メンバーが入っては辞めての繰り返しで、ファーストアルバムも、バンドが無くなって後任のベースとドラムとキーボードを探すまでの間にデモテープのつもりで2人だけで作っていたものだった[5][6]。そのテープがたまたまレコード会社の人間の手に渡り、アコースティック・ギターとボーカルを録り直した以外はほとんどそのままの形でCDになって世に出てしまった[注 1][6][7][8]。
本来のバンド名は「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」であったが、長すぎるのでORCHESTRAの頭文字「O」を取ってPSYCHEDELICの後ろにつけ、現在の名称になった[9]。
2004年にはアジアツアーを開催し、2008年にはL.A.を拠点とするインディーズレーベルHacktone Recordsよりアルバム『This is LOVE PSYCHEDELICO』で正式に米国デビューを果たすなど、海外での活動も展開している[3]。アメリカデビューは彼らの音源を聞いたレーベルのプレジデントのデヴィッド・ゴーマンからの数年越しのラブコールに応えることで実現したもの[10][11]。それをきっかけにハリウッドの伝説的なライブハウスであるトルバドールで公演するなど、しばらくL.A.と日本とを行き来しながら活動を続けた[6]。また香港、上海、台湾などのアジア圏では2000年のデビュー当時から「愛的魔幻」の呼び名で親しまれ、香港のロック・フェスティバルにヘッドライナーとして出演するなど絶大な人気を誇っている[2][12]。
デビュー当時は自らがDJを務めるFMラジオを主体にプロモーション活動を展開[13]。2人はメディアに出ずにCDジャケットも象徴的なイラストを使用し、どんな人間がやっているのか、どのようなバンドなのかなど、すべてがヴェールに包まれたまま、純粋に楽曲の力だけでミリオンヒットを記録した[6]。2ndアルバムリリース後は自分たちでバンド・メンバーを集めて全国ツアーを行ったり各地のフェスティバルへ出演したりするなど、ライブ活動に対してより積極的になる[6]。また映画やテレビドラマへの主題歌の提供や地上波の音楽番組への出演など、メディアにも積極的に関わるようになる[13]。
1st, 2ndアルバムなどのジャケットカバーやオフィシャルグッズに使われているKUMIに似たイメージキャラクターの女性の名前は「デリコちゃん」。
音楽性
NAOKIのギターリフが印象的な洋楽的サウンドとKUMIが手がける日本語と英語が混在した歌詞と歌唱が彼らのスタイル[1][2][14]。
60-70年代のロックなどの洋楽がルーツミュージックでありながら、クラブミュージックの影響を受けた打ち込みを中心とするリズムトラックなど90-00年代の現代的なセンスに裏打ちされたサウンド・プロダクトは、一見、懐古趣味に見えて、しっかりと当時のリアルタイムのサウンドを取り込んでいた[1][2][14]。
デビューからずっとリフを中心にした曲を作っていたが、結成から20年を経て、メロディとコードを主体とした曲作りも行うようになった[7][15]。
楽曲制作では、作曲やアレンジだけでなく、歌詞も2人で相談しながら書く[7]。NAOKIが持ってきたリフにKUMIがメロディを乗せることもあれば、お互いに核になるメロディとコードを持ち寄ってそれに肉付けすることもある[16]。プライベートスタジオ設立後はレコーディングやミキシングの作業まで自分たちの手で行うようになった[16]。
影響を受けたアーティストはローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ボブ・ディラン、キャロル・キング、イーグルス、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、エリック・クラプトン、ショッキング・ブルーなど[15][17]。
メンバー
- KUMI(クミ、1976年4月11日(42歳) - 、東京都生まれ・千葉県出身)[18]
- ボーカル・ギター他を担当。
- 帰国子女で2歳から7歳までサンフランシスコに住んでおり[2][5]、ネイティブな英語が話せる。その一方、日本語の発音がおかしいと言われる事もある。音楽を聴き始めたのは大学以降。青山学院入学後、ビートルズ、ビリー・ジョエル、ボブ・ディラン、ローリングストーンズ、レッドツェッペリンといった70年代の音楽が好きだということに気づいた[19]。フェイバリット・シンガーはシェリル・クロウ、ジャニス・ジョプリンなど[17]。ギターを始めたきっかけはボブ・ディランの「ミスター・タンブリン・マン」で、ギターを弾きながら歌うスタイルに魅かれた[20]。2010年3月9日に10歳年上の一般男性と結婚するが、2015年に離婚[4][21]。3年後の2018年元日にMellowhead・PLAGUESの深沼元昭との再婚を発表した[22]。
- NAOKI(ナオキ、1973年7月21日(45歳) - 、静岡県出身)[18]
- ギター・ベース他担当。
- 本名:佐藤直樹(さとう なおき)。初期のリリース作品にはNAOKI SATOと表記されていた。敬愛するミュージシャンはローリング・ストーンズ、ヴァン・ヘイレン、ビートルズ、ジョン・レノンなど[17][23]。ジョン・レノンの影響もあり、ライブ中に缶ビールを飲むパフォーマンスをよく行う。THE BAWDIESのプロデュースを行っている。バンド・ペトロールズのトリビュート・アルバム『WHERE, WHO, WHAT IS PETROLZ?』(2017年)に、シンガーソングライターのReiとTHE BAWDIESのボーカルROYとともに、それぞれのイニシャルを配したユニット「R'N'R」として参加している[24][25]。
シャキーン!新コーナー
準レギュラー出演しているEテレの子供番組にて
4月の新年度に伴い、僕の新コーナーが明日から始まります!
Eテレ「シャキーン!」
新コーナー『やっ手みようぜ 』
4/11(水)7:00~7:15
4/13(金)7:00~7:15
今回はよりパワーアップして、
顔も含めて全身が映り、なおかつ二人でパフォーマンスします。
今回の相方は「芸人 兼 ダンサー 兼 振付師 兼 セラピスト」という経歴をもつ
和みムード満載な「タコサム」と組んだので、いい感じに肩の力が抜けたものが出来たので、
より子供たちにも真似してもらえるようになったと自負してますよ。
知らない方はぜひ「少女タコサム」とググってみてください。
よろしくです!
ニコイチはんど 「シンプル編」
https://www.youtube.com/watch?v=qgw8JhPNOiU
シャキーン!の「やっ手みようぜ」のコーナーに紐付いて、
僕のyoutubeチャンネルでも、同じ動きの振付を公開。
テレビだと一回しか観れないので、
繰り返しみてマスターするための練習用動画になっています。
今回の企画のテーマを簡単に説明すると、
「おちゃらかほい」とか「アルプス一万尺」みたいな、二人で行う手あそびの新しいバリエーションをつくろう、とNHKのディレクターに依頼されてつくったものです。
親子同士だったり、仲の良い友達同士でやることによって、
より息ぴったりになってさらに仲が良くなるようになれば良いなと思いながら作ったので、これが広まってくれると嬉しいですねー。。
現在すでにストックが19パターンあり、
テレビの放映と同タイミングで随時アップしていきます!
まず一発目は最初のご挨拶ということで超簡単な振りになってるので、
ぜひサクッと覚えてみてください。




