ちょっと夢の島熱帯植物園に行き、食虫植物を買ってく
本日は息子のハーブキッズヨガ講師のデビュー初日。
無事に「子ども先生」役をやってくれた彼をねぎらう意味も込めて、
夢の島にある熱帯植物園に行って来ました。
新木場の清掃工場から出る排熱を利用して、
熱帯の植物を育てるという心意気にぐっと来ました。
なぜここに来たのかというと、
食虫植物がいるから
なんです。
最近の彼は植物、特に食虫植物に関心を持っていて、
つい先日、食虫植物の図鑑を読んでいたら、
夢の島熱帯植物園が紹介されていたんです。
行きたい!
という彼の抑えがたいパッションに押されてやってきました。
で、色々歩き回ると、
お目当ての食虫植物を発見!
人気コーナーなのか色んな人がたむろしています。
休憩スペースにはカプラというフランス製の積み木?もあって、
二人でタワーを構築。
息子の指導者のもと、黙々と組み上げます。
ピサの斜塔状態だったので、最終的にはぶっ壊れました。
でも、これはいいね!
こういうものを作りたい!
さて、
ここでは息子のリクエストもあって、ネペンテスウツボカズラの鉢植えを購入。
蟻が入ったら一巻の終わりというおっそろしいもの。
あと植物園の近くにある第五福竜丸の博物館に行ったら、
ヤノベケンジ氏のとらやんと太陽の子がおわしたので、
びっくりしました。
ちょっと今日は頑張ったな、息子も私も冨美江氏も。
iPhoneからの投稿
無事に「子ども先生」役をやってくれた彼をねぎらう意味も込めて、
夢の島にある熱帯植物園に行って来ました。
新木場の清掃工場から出る排熱を利用して、
熱帯の植物を育てるという心意気にぐっと来ました。
なぜここに来たのかというと、
食虫植物がいるから
なんです。
最近の彼は植物、特に食虫植物に関心を持っていて、
つい先日、食虫植物の図鑑を読んでいたら、
夢の島熱帯植物園が紹介されていたんです。
行きたい!
という彼の抑えがたいパッションに押されてやってきました。
で、色々歩き回ると、
お目当ての食虫植物を発見!
人気コーナーなのか色んな人がたむろしています。
休憩スペースにはカプラというフランス製の積み木?もあって、
二人でタワーを構築。
息子の指導者のもと、黙々と組み上げます。
ピサの斜塔状態だったので、最終的にはぶっ壊れました。
でも、これはいいね!
こういうものを作りたい!
さて、
ここでは息子のリクエストもあって、ネペンテスウツボカズラの鉢植えを購入。
蟻が入ったら一巻の終わりというおっそろしいもの。
あと植物園の近くにある第五福竜丸の博物館に行ったら、
ヤノベケンジ氏のとらやんと太陽の子がおわしたので、
びっくりしました。
ちょっと今日は頑張ったな、息子も私も冨美江氏も。
iPhoneからの投稿
もっと私の人生に恋をする。の美しさと甘さ
もう、数年前になるが、冨美江氏が唱えたコンセプトだ。
このコンセプトを打ち出して、タイ、バンコクで講座を行っていた。
その時はとてもいい標語だと思った。
恋という文字には甘い響きがして、蠱惑的な魅力を感じさせる。
タイのサロンには今でもこのポスターが飾ってある。
確かに甘くて、美しいコンセプトだとは思う。
しかし、まだ幼い。
はっきり言えば、これはまだ不十分なのだ。
単なる自己愛に聞こえてしまうから凄みがない。
このコンセプトを打ち出してから数年が過ぎ、
様々な辛苦を舐め、暴動や天変地異にも遭って、
分ってきたことがある。
他者との恋愛や親子の愛のなかで、
恋という概念はもっと恐ろしいものに変わっていった。
自分の人生に恋なんかするもんじゃない。
そう思う日もよくある。
そう、恋はそんなに甘くない。
中学生みたいな結論だけど。
自分の人生に命がけで生きると言うことは、
単なるマーケティング的な言葉遊びで解決するようなもんじゃないな。
よし、寝ます。
このコンセプトを打ち出して、タイ、バンコクで講座を行っていた。
その時はとてもいい標語だと思った。
恋という文字には甘い響きがして、蠱惑的な魅力を感じさせる。
タイのサロンには今でもこのポスターが飾ってある。
確かに甘くて、美しいコンセプトだとは思う。
しかし、まだ幼い。
はっきり言えば、これはまだ不十分なのだ。
単なる自己愛に聞こえてしまうから凄みがない。
このコンセプトを打ち出してから数年が過ぎ、
様々な辛苦を舐め、暴動や天変地異にも遭って、
分ってきたことがある。
他者との恋愛や親子の愛のなかで、
恋という概念はもっと恐ろしいものに変わっていった。
自分の人生に恋なんかするもんじゃない。
そう思う日もよくある。
そう、恋はそんなに甘くない。
中学生みたいな結論だけど。
自分の人生に命がけで生きると言うことは、
単なるマーケティング的な言葉遊びで解決するようなもんじゃないな。
よし、寝ます。
キッチンの片付けが大変な料理はごめんだヨン!よって、シンプルかつ美味なもの作るヨン。
我思うに、
食事は生活の基礎であり、生命の目的であり、歓喜である。
(とりあえず、そう思ったので書いてみたのである)
そして、我が家の
普段の食事は和食である。
基本的には味噌汁と、
玄米か白米のご飯と(朝昼は玄米、夜は白米)、
たっぷりのサラダと、
後はご飯のおかずである。
この型を守っているだけで、(あまり何も考えずに)メニューが簡単にできるのである。
しかし、
今日はなんというかパスタを食べたくなり、方針を変えてみた。
スープはミネストローネ。
サラダはニンジンのオリーブオイルと塩のサラダ。
ひっさびさにマカロニを購入。
これを2種類のキノコとチーズでつくったソースと絡めて・・・
うは、非常に美味しい料理が出来た!
外に食べに行く必要ないな、これは!
・・・・と喜んでいたが、
キッチン&調理器具が汚れるのだ。
びっくりするほど油でデロデロなのである。
「ちょ、ひったまがった」
と意味の伝わりづらい方言を出す我を尻目に、
冨美江氏がキッチンをピカピカにした。
しかし、こんなに汚れるんじゃあ、料理の習慣が長続きするわけない。
家の中で作る料理はもっとシンプルで、
片付けも楽ちんであるべきだなぁと思うのだ。
実際に宗家では
揚げ物は殆どしないし、
魚焼きグリルも使わない。
チーズやバターなどの動物性の油脂を使うことも滅多にない。
(魚を焼くときにはフライパンで焼く)
ぎっとりの揚げ物も
炭火焼きの魚も、
チーズどっさりの料理も
外で食べれば良いのではないかと思う。
もしくは2ヶ月に1回作る程度ならいいと思う。
例えば、
プロが窯で焼いたピザやナン、
あるいはホームメイドのパスタなんかは特にそう。
料理屋さんは厨房の火力や設備が違うことが多いから、
同じ料理を作ろうとするのは難しい。
よって結論!
普段の料理はキッチンが汚れるようなものを作らない(ほうがいい)。
子どもの頃に、
『遠足は自宅に着くまでが遠足ですよ!』
と、先生がはしゃぐ我らを見ていさめたものであるが、
料理は後片付けまでが料理ですよ!
とも言えるのだ。
時間は平等に24時間しかないのだから、
片付けの手間まで考えて、調理に臨まないといけん。
単に味がどうとか、調理法がどうとかの
作ることだけに一生懸命になるのではなくて、
食後の片付けがスマートに出来るレシピという視点も必要だと思う。
特に男性の料理は調理だけに拘ってしまいがちなので、
自分も含めて自戒の意味も込めてこの記事を書いておく。
食事は生活の基礎であり、生命の目的であり、歓喜である。
(とりあえず、そう思ったので書いてみたのである)
そして、我が家の
普段の食事は和食である。
基本的には味噌汁と、
玄米か白米のご飯と(朝昼は玄米、夜は白米)、
たっぷりのサラダと、
後はご飯のおかずである。
この型を守っているだけで、(あまり何も考えずに)メニューが簡単にできるのである。
しかし、
今日はなんというかパスタを食べたくなり、方針を変えてみた。
スープはミネストローネ。
サラダはニンジンのオリーブオイルと塩のサラダ。
ひっさびさにマカロニを購入。
これを2種類のキノコとチーズでつくったソースと絡めて・・・
うは、非常に美味しい料理が出来た!
外に食べに行く必要ないな、これは!
・・・・と喜んでいたが、
キッチン&調理器具が汚れるのだ。
びっくりするほど油でデロデロなのである。
「ちょ、ひったまがった」
と意味の伝わりづらい方言を出す我を尻目に、
冨美江氏がキッチンをピカピカにした。
しかし、こんなに汚れるんじゃあ、料理の習慣が長続きするわけない。
家の中で作る料理はもっとシンプルで、
片付けも楽ちんであるべきだなぁと思うのだ。
実際に宗家では
揚げ物は殆どしないし、
魚焼きグリルも使わない。
チーズやバターなどの動物性の油脂を使うことも滅多にない。
(魚を焼くときにはフライパンで焼く)
ぎっとりの揚げ物も
炭火焼きの魚も、
チーズどっさりの料理も
外で食べれば良いのではないかと思う。
もしくは2ヶ月に1回作る程度ならいいと思う。
例えば、
プロが窯で焼いたピザやナン、
あるいはホームメイドのパスタなんかは特にそう。
料理屋さんは厨房の火力や設備が違うことが多いから、
同じ料理を作ろうとするのは難しい。
よって結論!
普段の料理はキッチンが汚れるようなものを作らない(ほうがいい)。
子どもの頃に、
『遠足は自宅に着くまでが遠足ですよ!』
と、先生がはしゃぐ我らを見ていさめたものであるが、
料理は後片付けまでが料理ですよ!
とも言えるのだ。
時間は平等に24時間しかないのだから、
片付けの手間まで考えて、調理に臨まないといけん。
単に味がどうとか、調理法がどうとかの
作ることだけに一生懸命になるのではなくて、
食後の片付けがスマートに出来るレシピという視点も必要だと思う。
特に男性の料理は調理だけに拘ってしまいがちなので、
自分も含めて自戒の意味も込めてこの記事を書いておく。
2012愚者になろう宣言
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
という言葉がある。
これは愚かな人間は自分の経験からのみ学び、
賢者は歴史(文物・記録)から学ぶ(から、失敗が少ない)という意味だ。
拙者もこれに憧れて、
大学院の博士課程まで(半ば勢いで)進んだわけだけれど、
はっきり言って、一つの真理を悟った。
これは凄いことだぞ!
・・・それは
賢者の話は面白くないということだ。
或いは、
知った風なことを話していても、
誰も聞いてくれないし、
伝わらないと言うこと。
実際に世の中を見てみれば、個人的な体験に基づく話の方がよっぽど面白く、
そして、多くの人が耳を傾ける。
良くも悪くも、皆、愚者(自分の内側に足りない部分があるのを自認している人々)であり、
結果として、仲間の話に耳を傾けたがっている。
この情報の検索が水道の蛇口をひねるよりも簡単な社会では、
過去の統計に基づく、複製可能な賢者の意見ではなく、
個人のオリジナルな体験をベースにした
面白い愚者の意見の方が求められるのじゃないだろうか。
よって、2012年は愚者の年になると、そう思った次第である。
その勢いは「バカ」以上である。
Let's 愚者!
この言葉を流行らせたいものである(たぶん、明日、この宣言も忘れるとは思うが)。
という言葉がある。
これは愚かな人間は自分の経験からのみ学び、
賢者は歴史(文物・記録)から学ぶ(から、失敗が少ない)という意味だ。
拙者もこれに憧れて、
大学院の博士課程まで(半ば勢いで)進んだわけだけれど、
はっきり言って、一つの真理を悟った。
これは凄いことだぞ!
・・・それは
賢者の話は面白くないということだ。
或いは、
知った風なことを話していても、
誰も聞いてくれないし、
伝わらないと言うこと。
実際に世の中を見てみれば、個人的な体験に基づく話の方がよっぽど面白く、
そして、多くの人が耳を傾ける。
良くも悪くも、皆、愚者(自分の内側に足りない部分があるのを自認している人々)であり、
結果として、仲間の話に耳を傾けたがっている。
この情報の検索が水道の蛇口をひねるよりも簡単な社会では、
過去の統計に基づく、複製可能な賢者の意見ではなく、
個人のオリジナルな体験をベースにした
面白い愚者の意見の方が求められるのじゃないだろうか。
よって、2012年は愚者の年になると、そう思った次第である。
その勢いは「バカ」以上である。
Let's 愚者!
この言葉を流行らせたいものである(たぶん、明日、この宣言も忘れるとは思うが)。
子育て:運動会と俺と部族の祭り
そんなわけで、本日は息子の運動会であった。
徒競走でかける息子の雄姿(?)をみていると、
しみじみと感無量であり、
思わずシャッターを押す指にも力が入るのだ。
しかし、しかしである。
俺は運動会が嫌いだった。
激しく嫌悪していた。
いや、運動能力を競わさせる小学校に、
ひいてはそれを許容する地域社会すらも憎悪していたといっても過言ではない。
その理由は俺自身が呪わしき運動音痴の血統を引いているからである。
俺の父親は脚が早いほうだったと記憶しているが、
母親がもの凄いのだ。
母親は父兄参加のリレーか何かに出たときに
俺の姉曰く、
『後ろ向きに走っているようであった』
と言われるぐらい脚が遅い記憶がある。
慧眼なる諸兄にはこの『後ろ向きに走っている』と言う表現から
「早いとか、遅いとか、そんなレベルじゃない」ことを察して頂きたい。
そして、その血統を純粋に引いているのがこの俺なのだ。
無論、徒競走は遅く、
大抵は後ろから2番目だったと記憶している。
(人生というのは残酷なモノで、俺と競り合うほどの強者もいるのだった)
人間の歴史とは本能と闘い、
それと勝利することで未来を切り開いてきたと思うが、
運動音痴というのは人類の前に現れた途方もない壁である。
大体、運動音痴の遺伝子が今日まで生き残っているというのは、
ダーウィンの適者生存の矛盾しているのではないだろうか、
とすら思えてくる。
つまり、神すら呪うほどであったのだ。
小学生時代の男子生徒にとって運動音痴というのは致命的な欠点であり、
これまでに様々な禍根を残してきた。
サッカーではボールにおいつけないため、基本的に『守備専門』であり、
野球は飛んで来る球が怖いのでやらない(やれない)等、
真っ黒に塗りつぶしたくなるような
黒歴史にも枚挙に暇がない。
論ずる必要もないことだが、
運動会も大嫌いであり、
できるならボイコットしたいぐらいだった。
笑い飯の西田氏が『運動会の日は(大会に出ずに)学校を探検していた』というのも頷けることである。
(無論、そうするほどの度胸があるはずもないが)
…なかなか本題へと進まないが、
今回のエントリーにはそもそも本題がないので、ご了承いただきたい。
そんなわけで、今日は息子の運動会を懐かしく眺めたわけだが、
「なんか、いいな~、こういうの」
と、呑気なことを思ってしまった。
一昔前まで、俺がシンパシーを感じていた
全国運動音痴連盟(全運痴)および、
運動会撲滅連合(運撲連)の皆様には申し訳ないことだが、
運動会というのは面白いことだったようだ。
そう、一種の祭りだったのだ。
それも小学校というおそらく日本でもかなり強力なコミュニティにとっては
必要不可欠な部族的な祭りなのだ。
このことは子ども達にも伝えんといかんばい!(←なぜ博多弁!?)
そして、子どもの時の「ちょっとした胸の高鳴り」というのを思い出した。
「先頭で走れたらいいな」
「いや、この組み合わせなら前から二番ぐらいにはいけるんじゃね?」
とか、そんな類の夢想である。
まぁ、その夢想は15秒後に崩れ去るわけだが、
それでも自分のパフォーマンスに無性にワクワクしてしまうことには価値があると思う。
その『何だかやれる気がする』を何度も何度もぶっ壊して、
自分自身の「これだ」が見つかるんだから。
おー、何かの受け売りっぽいけど良いこといったな、俺は今。
ちなみに、
息子の運動会には父兄が参加できる競技がなかったのは非常に残念なことだった。
昨日までの俺なら「あぁ~、良かった。格好悪いところ見られなくて」と思っていたが、
父兄はもっと参加できる方がいいのではないか。
そう、
親父達が張り切って走って、
第三コーナーで激しく転び、
鎖骨を折りながらもゴールする。
そして、その姿を全員で祝福する(主に救急車で)。
それぐらいのことはしてやってこその親心というモノだろう。
いや、違うか。
そんなわけで、運動会を見物した結果、こんなことを思った次第である。
この俺とあろうものが完全に体制側に寝返った
ように見えるかも知れないが、すんませんと謝るほかない。
その点、全国の運動音痴で運動会にうんざりしている父兄の諸君にはご容赦頂きたい。
ちなみに息子は最後から2番目であった。
・・・さすが、血は争えないと言うことか・・・?
頑張れよ、息子!
徒競走でかける息子の雄姿(?)をみていると、
しみじみと感無量であり、
思わずシャッターを押す指にも力が入るのだ。
しかし、しかしである。
俺は運動会が嫌いだった。
激しく嫌悪していた。
いや、運動能力を競わさせる小学校に、
ひいてはそれを許容する地域社会すらも憎悪していたといっても過言ではない。
その理由は俺自身が呪わしき運動音痴の血統を引いているからである。
俺の父親は脚が早いほうだったと記憶しているが、
母親がもの凄いのだ。
母親は父兄参加のリレーか何かに出たときに
俺の姉曰く、
『後ろ向きに走っているようであった』
と言われるぐらい脚が遅い記憶がある。
慧眼なる諸兄にはこの『後ろ向きに走っている』と言う表現から
「早いとか、遅いとか、そんなレベルじゃない」ことを察して頂きたい。
そして、その血統を純粋に引いているのがこの俺なのだ。
無論、徒競走は遅く、
大抵は後ろから2番目だったと記憶している。
(人生というのは残酷なモノで、俺と競り合うほどの強者もいるのだった)
人間の歴史とは本能と闘い、
それと勝利することで未来を切り開いてきたと思うが、
運動音痴というのは人類の前に現れた途方もない壁である。
大体、運動音痴の遺伝子が今日まで生き残っているというのは、
ダーウィンの適者生存の矛盾しているのではないだろうか、
とすら思えてくる。
つまり、神すら呪うほどであったのだ。
小学生時代の男子生徒にとって運動音痴というのは致命的な欠点であり、
これまでに様々な禍根を残してきた。
サッカーではボールにおいつけないため、基本的に『守備専門』であり、
野球は飛んで来る球が怖いのでやらない(やれない)等、
真っ黒に塗りつぶしたくなるような
黒歴史にも枚挙に暇がない。
論ずる必要もないことだが、
運動会も大嫌いであり、
できるならボイコットしたいぐらいだった。
笑い飯の西田氏が『運動会の日は(大会に出ずに)学校を探検していた』というのも頷けることである。
(無論、そうするほどの度胸があるはずもないが)
…なかなか本題へと進まないが、
今回のエントリーにはそもそも本題がないので、ご了承いただきたい。
そんなわけで、今日は息子の運動会を懐かしく眺めたわけだが、
「なんか、いいな~、こういうの」
と、呑気なことを思ってしまった。
一昔前まで、俺がシンパシーを感じていた
全国運動音痴連盟(全運痴)および、
運動会撲滅連合(運撲連)の皆様には申し訳ないことだが、
運動会というのは面白いことだったようだ。
そう、一種の祭りだったのだ。
それも小学校というおそらく日本でもかなり強力なコミュニティにとっては
必要不可欠な部族的な祭りなのだ。
このことは子ども達にも伝えんといかんばい!(←なぜ博多弁!?)
そして、子どもの時の「ちょっとした胸の高鳴り」というのを思い出した。
「先頭で走れたらいいな」
「いや、この組み合わせなら前から二番ぐらいにはいけるんじゃね?」
とか、そんな類の夢想である。
まぁ、その夢想は15秒後に崩れ去るわけだが、
それでも自分のパフォーマンスに無性にワクワクしてしまうことには価値があると思う。
その『何だかやれる気がする』を何度も何度もぶっ壊して、
自分自身の「これだ」が見つかるんだから。
おー、何かの受け売りっぽいけど良いこといったな、俺は今。
ちなみに、
息子の運動会には父兄が参加できる競技がなかったのは非常に残念なことだった。
昨日までの俺なら「あぁ~、良かった。格好悪いところ見られなくて」と思っていたが、
父兄はもっと参加できる方がいいのではないか。
そう、
親父達が張り切って走って、
第三コーナーで激しく転び、
鎖骨を折りながらもゴールする。
そして、その姿を全員で祝福する(主に救急車で)。
それぐらいのことはしてやってこその親心というモノだろう。
いや、違うか。
そんなわけで、運動会を見物した結果、こんなことを思った次第である。
この俺とあろうものが完全に体制側に寝返った
ように見えるかも知れないが、すんませんと謝るほかない。
その点、全国の運動音痴で運動会にうんざりしている父兄の諸君にはご容赦頂きたい。
ちなみに息子は最後から2番目であった。
・・・さすが、血は争えないと言うことか・・・?
頑張れよ、息子!












