福岡からの手紙 -3ページ目

掛川新茶マラソン

掛川新茶マラソンを走ってきた。テーマは最後まで諦めないこと。

大会3日前に突然新しいプロジェクトが入ってきた。大きな仕事ではないが、締め切りが2週間後と異例の速さである。

掛川に行くのは諦めようかと考えたが、前日ギリギリまで仕事をして、何とか目処を付けて博多駅に向かい、新幹線に乗った。夜遅すぎて名古屋までしか行くことができない。

翌朝、ジャージ姿で名古屋駅に行くと、ランナーらしき人が大勢いる。「今日はいろんな所で大会があるんだな」と思っていたら、みんな掛川で降りた(笑)

会場に到着し、もいわさん、ズンタンさんとご友人の札幌組と合流。もいわさんのお知り合い2人も合流して、記念撮影。もいわさんの顔の広さを改めて実感する。

いよいよスタート。しばらくは下り坂が続く。ということは、帰りはゴール直前が長い登り坂ということなのだが、12月の那覇以来のフルマラソンにワクワクしていて、そんなことは気にも止めなかった。

10キロ地点でもいわさんと合流。その後、20キロあたりまで並走する。

お揃いの走る人Tシャツを着た二人が並走。背中には「走る人」の文字。後ろを走っている人たちはどう思うだろう?

「静岡か東京から来たランニング仲間かな?」とは思っても、札幌と福岡からやって来た二人だとは誰も思わないだろうなぁ…

いいペースで来ていたので、ひょっとしたらサブ4もあるかな?と思ったが、30キロ手前から、脚が上がらなくなった。

それ以降は次のエイドステーションまで走っては小休憩の繰り返し。最後まで歩かずに走り続けることと4時間30分以内にゴールすることを目標に走り続ける。

この大会の特徴はフルーツステーション。イチゴ、バナナ、オレンジ、メロン、キウイと色とりどりである。

一番おいしかったのはオレンジ。こんなにも甘く、体に染み渡るものは生まれて初めてだ。走った後のオレンジは、福岡に帰ってからも試してみよう。

それにしても、30キロ以降の登り坂は並みではない。「ここまで登ったら、あとは下るだけだろう」と思ったらまた登り坂である。心が折れそうになる。最後まで歩かず完走は、何が何でも死守したいところだが、何度か諦めそうになった。

残り1キロ。ここまで来たら、4時間台で走れる人ならゴールまで歩くことはないと思うが、どう見ても歩いている人のほうが多い。最後の登り坂は肉体的にもキツいが、精神的にもキツかった。
結果は4時間28分。歩かず完走も果たすことができた。

集合場所に戻ると、最初に戻ってきていいはずのズンタンさんの姿がない。

「待ち切れなくて、シャワーでも浴びに行ったのかな?」「表彰式に出ているんだよ」みんな好き勝手なことを言っていたが、熱中症でリタイアしたと聞いてびっくり!

まだ暑さに体が慣れていなかったのだろう。札幌はまだ寒いんだろうなぁと改めて思った。見た感じは回復して元気そうだったが、札幌までの帰り道は精神的にも足取りが重いだろうなぁ…

精神的にと言えば…

仕事を放り出してマラソン大会に出掛けるのも、たまにはいいもんだ。旅行中はすべてを忘れてリフレッシュできる。

おまけに、今大会のラストの長い登り坂は、最後まで諦めない心を試す絶好のチャンスであった。歩かずに走り通せたことで、これからの仕事も何とかなりそうな気がする。


北海道マラソン

北海道マラソンにエントリーした。あの出会いと感動から、もう一年になろうとしている。月日が経つのは早いものだ。

全国から集まった走る人が、仲間の応援に支えられ、最後まで諦めることなく走り続け、制限時間ギリギリに続々とゴールした。今にして思えば、まさに「がんばろう、日本!」という感じだった。

あの時応援してくれたりんごさんが、今年はランナーとして参加する。暑さも制限時間も厳しいこの大会にエントリーした、その勇気に拍手喝采である。

彼女の挑戦する勇気に触発され、自分も頑張ろうという気持ちになった人も多いはず。人が頑張っている姿を見ていると、自分も頑張ろうという気持ちになるものだ。だから、「がんばれ、東北!」ではなく、「がんばろう、日本!」なのである。

昨年、応援してもらった人たちは、「一足先にゴールして、りんごさんをゴールで出迎えよう!」と頑張るだろう。りんごさんは、みんなが待っているゴールを目指して頑張るだろう。

みんなが待っているゴールにりんごさんがやって来たら…

感極まって、みんなで泣くかもしれない。

今から楽しみである。


長崎にて

昨年度の仕事は、長崎に始まり長崎に終わった。年末年始も長崎に入り浸りだった。市長への最終報告も終わり、ホッと一息ついたところである。

久しぶりに長崎の街を走った。長崎は平地が少なく坂が多いところである。河川敷や広い公園内を走ることは望めないが、街中トレイルには最高だ。普通のランニングシューズで石畳の坂や階段を駆け上がる。

この街のお年寄りは本当に元気だ。100段くらいの階段は平気で登って行く。そのくらい登らないと自宅にたどり着かない人たちも多いのだ。体は労らなければならないが、甘やかしてはいけない。この街に住む人生の先輩が背中で語っている。

元気な先輩たちの姿を見ていて、ふと思った。

この方々は何らかの形で原爆を体験している。爆心地から離れていて命は助かったかもしれないが、今の福島原発とは比べ物にならないレベルの放射能に汚染された環境を生き抜いてきた人たちだ。放射能に汚染された水と食料を長期間にわたって摂取してきたに違いないが、今も元気に暮らしている。もちろん、今でも原爆の後遺症になやまされている人々が、長崎にはたくさんいるが…

この方々の姿を見ていると、今の状況は少し騒ぎ過ぎではないかと思えてくる。福島県産の野菜が一部出荷停止になったそうだが、あの先輩方が口にしてきたものに比べれば、たかが知れているだろう。都内の水道水からも基準値を上回る放射能が検出されたそうだが、もしそれが本当に危険だというのなら、あの先輩方は今ここにはいないだろう。

出荷が認められている福島県産の野菜が風評被害で売れていないらしい。バカげた話である。ならば、積極的に買おうじゃないか…

と思ってスーパーに行ったが、福島県産だけでなく、東北産の野菜が店頭には並んでいない。どうやら福岡までは、普段からやって来ることがないらしい。残念。

だが、店内を歩いていたら、宮城県登米市産の米が売っていたので買ってきた。地図で調べてみると、被害が大きかった石巻や東松島の北にある。津波で壊滅的打撃を受けた地域の災害復旧拠点になると思われる。しばらくは、この米を買い続けよう。