六つ塚跡を確認した後は、高円寺へ。
高円寺と言っても地名の由来となったお寺さんです。
参道は植木屋さんが入っている日でした。
高円寺の門の途中にある交番。
景観配慮なのか、なんとなく和のテイストです。
山門。
シンプルですが立派な山門です。
山門の横には石柱。
宿鳳山髙圓寺と刻まれています。
正しくは髙圓寺なのですね。
シンプルな山門に見えますが、凄いのがこちら。
扉に徳川家の葵の御紋が入っています。
こちらは弘治元年(1555年)に、
中野成願寺の三世建室宗正によって建立された曹洞宗の寺院です。
徳川家の勧進でもないのに何故御紋が入っているかというと、
3代将軍・徳川家光公がお鷹狩りの途中で雨に降られ、
雨宿りののためにこちらの寺院へ来られた際、
第5世耕岳益道は将軍としてではなく、
一般の客としてもてなしたことが気に入られ、
それ以降、住職は江戸城まで度々法話で訪れたり、
家光公がお鷹狩りの途中で休憩に立ち寄られるようになったそうです。
なので葵の御紋が入っているのです。
山門から真っすぐ伸びた参道。
木々の葉は茂っていませんが、本堂が見えません。
本堂。
御本尊は室町期に作られた観音菩薩像だそうですが、御目文字適わず。
浄財する場所もありませんでした。
我が家の菩提寺も曹洞宗ですが、浄財箱はおいておらず、
本堂は武家屋敷を改装したものなのですが、外観がよく似ています。
本堂は寛保2年(1742年)、弘化4年(1847年)、
明治33年(1900年)、昭和20年(1945年)と4度焼失したため、
こちらの本堂は昭和28年(1953年)に再建されたそうですよ。
左端の火灯窓が禅宗建築を物語っていますね。
懸魚。
天女と鳳凰。
立派な彫刻です。
懸魚の上にも葵の御紋。
時代を経ても、家光公の信頼を得ていたことが伝わりますね。
家光公が訪れた当時、この辺りは小沢村という名前だったそうですが、
ゆかりのお寺の高円寺を取り、家光公が高円寺村と改めたそうです。
本堂の西隣にあるのは稲荷社。
こちらも開放されておらず、拝殿の外からお参りしました。
見どころは鳥居。
鳥居の両方の柱に龍が施されている双竜鳥居で、
阿佐ヶ谷の馬橋稲荷神社と北品川の品川神社と共に東京三鳥居と言われています。
鳥居の裏側の土台には昭和8年(1933年)の建立と刻まれていましたよ。
こちらは降り龍ですね。
昇り龍の方も撮ったはずなのですが、残っていませんでした。
もしや撮っちゃいけないものだった?
本堂の前のお庭。
このお庭の感じも我が家の菩提寺とよく似ています。
境内に家光公が宇治から取り寄せて植えたと伝わる
茶の木があるはずなのですが、どこにあるのか分かりませんでした。
お庭の奥に見えていたお堂にはお地蔵さんが祀られていました。
石柱のような六面幢の六地蔵さんもいらっしゃいましたが、
お写真を撮るのは控えておきました。
お堂への短い参道の途中にいたのはこちら。
たぬきさん?
そして茂みの奥には古い手水鉢なのかな?
真ん中に葵の御紋が入っていました。
奉納と入っていますし、もしやその当時のもの?
茶の木は分かりませんでしたが、蝋梅を発見。
ちらほら咲き始めていました。
朝日を浴びてキラキラ輝く蝋梅がとても綺麗でした。
今回のおでかけ
★宿鳳山髙圓寺
住所:東京都杉並区高円寺南4-18-11
電話:03-3311-2395
拝観料:無料
公式ウェブサイト:髙圓寺(曹洞禅ナビ)