ベトナムから世界へ!目指せPolyglot!多言語話者への終わりなき道 -8ページ目

ベトナムから世界へ!目指せPolyglot!多言語話者への終わりなき道

18年間ずっとベトナム語一筋!
ベトナム人ネイティブと間違えられることも頻繁になってきたので、今後は多言語を話すことにチャレンジ中。(会話重視)
日本語(母語)、ベトナム語(上級)、英語(中級)
当面のターゲット言語→インドネシア語、中国語マンダリン

今身につけてるもの!

上から順に行ってみましょう!

メガネ=mắt kính

もうずーっと手放せずにいます。

私の目は中学校からずっと

近視=cận thị

です。

その後いつの間にか、

乱視=loạn thị

も入ってると言われ始め。

40を超えた最近は、なんとなんと、

老眼=lão thị

あ、今気づきましたが、

遠視=viễn thị

も含めて、ベトナム語はみんな

~ thị

で統一されてるのに、日本語と来たらもう!

何で素直に老視って言わないん?

一つだけ仲間はずれじゃかわいそうだし、
統一性がないのは日本語学習者には
不便この上ないですね!

日本語けしからんプンプン

と思った矢先、
まじめにウィキペディア調べたところ、


ja.wikipedia.org/wiki/老視
老視(ろうし)は、目の障害の一つ。老眼(ろうがん)とも呼ばれるが、老視が正式名称。


と書いてあるじゃないですか!

老視サマー!
お初にお目にかかりました!目

しょっぱなから横道それてしまった。

続く
日本の旅館に泊まっています!

ココの周りにはすでに廃業してしまった
旅館やらお店やらがチラホラ。

日本の温泉街は、昔に比べると
だいぶ寂しくなりましたね。

操業130年にもなるこの旅館は、
古き良き伝統を守る一面と、
時代に即したその時々の
ニーズに合せ変化していく一面を
絶妙のハーモニーで併せ持つからこその
存在感を放っているんですね。

私の語学学習も、
ブレてはいけない軸を持ちつつ継続し
時代にあった新しい学習方法などを
うまく取り入れながらやっていこうと
心を新たにしました!

さっそくですが、

この旅館にあるものを行ってみましょう!

温泉旅館ですので、お風呂から。

温泉=suối nước nóng
とか
=nước khoáng nóng

Suối=泉
khoáng=鉱物、ミネラル


次はコレ!

大浴場=phòng tắm lớn

ベトナム式の温泉プールみたいな
大きな浴槽なら

Hồ tắm lớn

でもいいですかね。

じゃあ露天風呂は?

Phòng tắm dã ngoại ?

dã ngoại=野外

野外なのに部屋っておかしいかな?

じゃあ、

Hồ tắm dã ngoại

かな?

とりあえず意味は通じるのでしょうが、
まぁベトナムに無い言葉なんだから
ムリに造語する必要も無いか・・・

じゃあ脱衣所は?

むむ?

これって単に

Phòng thay đồ

でいいですかね。

Phòng=部屋
thay đồ=着替える


脱衣所が部屋というほどの
立派なものでもない、
という場合は、

着替える場所という意味で、
Nơi thay đồ

でもまぁ通じますね。
あ、でも、
あんまり言いそうにないな、コレ
何か違和感あるような気がします。

大浴場にはホテルの浴衣をはおって、

スリッパ=dép đi trong nhà

で。

đi=行く
trong nhà=家の中


浴衣=áo yukata

って言って、キモノとは違うとか、
説明するしかないですね~。

この旅館は古くて伝統があるので、
Khách sạn truyền thống

Khách sạn=ホテル
truyền thống=伝統


ですが、

とてもキレイに保たれています。
キレイ、清潔=sạch sẽ

ところで旅館になくてはならない人、

女将

って何て説明したらいいんだ?

そもそも女将の定義って何だろう。

日本人42年もやってるのに、
知らない言葉や、
普段使ってるけど正確な意味を
わかってない言葉など、
まだまだいーっぱい!

だから少々外国語を知らなくたって
恥ずかしいことはこれっぽっちも無し!

どんどん
聞いて、使って、間違えて
自分のものにして行こうじゃないですか!

なんか無理やり総括みたいになっちゃいました。

ちなみにネット上にある各方面の辞書によると、
女将= 料亭・旅館などの女主人
なのだそうです。

っていうことは

ベトナム語訳は

bà chủ=女主人→女将

ということになるのかな???

bà chủって言葉の響きには、
なんか、ただのその辺のレストランで、
アゴで従業員を使って自分は何もやらない
女主人、というイメージがあるのは、
僕だけでしょうか???
今日はちょっと違うやり方で、

歩く=đi bộ

という言葉を掘り下げて見ましょう!



歩くという行為は、片足ずつ一歩一歩、
足を踏み出さなければなりません。

一歩=1 bước、二歩=2 bước

一歩一歩という時は、

từng bước một
とか
từng bước từng bước

などと言えますね。

英語でいうところのステップバイステップ
同じ意味、だいたい同じ使い方ですね。

といいますか、これ、もうニホンゴでしたね・・・。

học tiếng Việt từng bước một
=ステップ毎にベトナム語を勉強する

(あせらずに着実にやる、というニュアンスもあり)


部屋の中で考え事をしたり
道に迷って、

行ったり来たり=đi tới đi lui

あなたと彼女/彼氏との関係も、
行ったり来たりどっちつかずだったり、
くっついたり離れたりの繰り返しなら、
đi tới đi lui

主婦が子供の塾に迎えに行ったり
スーパーに夕飯の買い物に行ったり、
子供を病院に連れて行ったり、
一日中あっち行ったりこっち行ったり、

→→→だから大変だった、疲れた
ということを強調する時にも使えますね。

一日中あちこち奔走したような時は
Chạy tới chạy lui
を使って慌ただしさを強調するのも
ありですね。
※必ずしも実際に”走る”必要はなく、
走り回るような忙しさだったという強調ですね。

反対に、

えっちらおっちらゆっくり歩く

なら、

đi tà tà

市場などで店を物色しながら
ゆっくり歩いてるとか、
目的なくブラブラするとか、
これに当たりますね。

ではまた。
この1ヶ月間、インドネシア語会話をやらなかった
とはいえ、実は読み書きはそこそこ
こなしていたんです。

日本で念願叶って手に入れた表現集を
ひたすら「書き写し」て、
暗記しようと試みたり、

自作単語帳Memriseは
引き続きちょこちょこやっていましたし、

気付いた時にはLang-8に
インドネシア語作文投稿して、
添削も受けたりしてました。

でも、ただそれだけです。
「学習」していただけ

実際に「話す」「聞く」、
要するに会話で実践する、使ってみる
ということが伴わないと、
せっかくのMemriseによる単語の暗記も
結局はなかなか定着しないです。

せっかく表現集買ってきて、
一通り書き写して覚えようとしても、
やっぱり使わないとダメなんです。

ちっとも頭に残らない・・・叫び

10個の単語や表現を覚えた"つもり"、
になって読み書きだけで終わらせるより、
たった1つ表現を覚えて確実に使ってみる。

ということを、繰り返して行ったほうが、
遠回りなようで、実は最も堅実で効果があります。

でもどうやって会話実践したらいいか?

一度話さなくなってしまうと、
とことん話すことに対して不安になり、
先生との会話セッションを予約する手が
パタリと止まってしまってました。

前みたいに自分主体のフリートークを
仕掛けていく自信がまったくありません。

1ヶ月やらなかったことに対する
恥ずかしさやら、情けなさやら、
いろんな感情が入り混じって、
動けないんです。

でも、
下手くそがさらに下手くそに逆戻りしても、
ネイティブレベルから見たら
レベルダウンすら気づかないぐらいの、
些細な変化に過ぎないのに・・・

何か変化があるとすれば、
それは僕の気持ち、内面の変化だけ。

だから先生や会話相手は
おー久しぶり!って
暖かく迎えてくれるんですよね。結局は。

実際に今回は、
会話セッションの復活のため、
いつものフリートークではなくて、
iTalkiでEva先生の
プロフェッショナルレッスンを
5回分まとめて取ってみました。

インドネシア語をやり始めて初、
先生のテキストに乗っかって、
先生のやり方で教わってみる
ことに
方法を変更してみようと思います。

単にフリートークしていく自信が
なかったということもありますし、
今までと同じことをやっていたら、
今の状態と同じ結果しか得られない、
という焦りみたいなものもあります。

途中でやり方を変えることに対する不安
も同時にありますが、
今の状態だと会話を続けてく
自信がないんだから、
変化してみる方を選びました。

この結果が
吉と出るか、凶と出るか
それはこれからのお楽しみ!

またインドネシア語会話に
没頭していきますチョキ
告白します!

5月の1か月間、私はインドネシア語を使って、
インドネシアの人と会話することが出来ませんでした。

出来ませんでした」、
というのはちょっと語弊があって、
本当のところは、

やらなかった

じゃあ、なんでやらなかったんでしょ?

●学習リズムを崩されたちょっとしたきっかけ

4月末から5月頭にかけて、
ベトナムでは珍しく長期休みがあったんです。

お役所なんか8日間、9日間の休み、
と言うような状況の中、私はたったの4日しか
休めなかったんですが、4連休でも珍しい!

と言う状況で、この休みの間、
インドネシア語の会話セッションを入れなかったところ、

あっという間に1週間がたち・・・

「あれ、ここ1週間インドネシア語会話やってないや俺」

って感じた時には、もう同時に

別の感情が芽生えはじめてたんです。

・もうだいぶ単語を忘れてしまったんじゃ?
・会話が前みたいにスラスラ出てこないんじゃないか?
・Eva先生やFrancisca先生に前よりヘタになったと思われるんじゃないか?


結局こうなってしまうと、

もじもじ悩んでいる間に、2週間たち、3週間たち

そして結局5月の1か月間はほぼインドネシア語会話をせず。
厳密にはたった1回だけ、語学交換友達のFuad君と
久しぶりに連絡が取れて話しただけ、でもそれだけです。

結局のところ、僕自身がよく言っている、

話し始める勇気

を振り絞ることができず、一歩が踏み出せなくなっていたんです。
少なくともこの1か月間は・・・

この間、じゃあ何もしなかったのか?
インドネシア語学習を全く何もやらなかったのか?

というとそんなことも無く、
読み書きはそれなりにやっていました。

学習はそれなりにやっていたけど、
じゃあ、何でダメだったんでしょうか?

続く