君と僕の物語(第一四話) | 若宮桂のブログ・空と海がぶつかる場所
これは今までこの題で書いてきたなかで最も古い、1988~90年の話。
自分が19~20歳頃アルバイトしていたマクドナルドで出会った、猫さんの話です。


家を出て自転車で10分くらい走ると、国道沿いのマクドナルドに着く。

マックといえばいつも天神の新天町にあるお店を利用するので、こちらは久しぶり。

懐かしいな。広々とした駐車場だったところは一部別なお店が建てられ、そこにあった2階建ての事務所兼倉庫も、その隣のゴミ庫も無くなったけど、店舗の内装はまだ当時のまゝのところがあります。

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この写真はその頃のメニューが書かれた下敷きで、捨てるときにもらい、ずっと家に残していました。

自分は1987年に高校を卒業。
担任の勧めで短大に通い始めたけど、周囲の声に流されて安易に決めたこの進路は大間違い。家計が苦しく、「明日のことより今夜をどう乗りきるかが悩みのタネ」でした。
そこで在学中にアルバイトを始めましたけど、結局後期の学費を収めることはできず、また、自分自身も短大で勉強することの意義を見いだせなかったこともあり、中退してしまいました。

1988年9月。
アルバイトしてたコンビニを辞め、ズルズルと次もまたアルバイト。
メンテナンスマンといって、交代で週に2、3日、営業時間終了後のマクドナルドの店舗と駐車場、事務所を清掃する仕事でした。

記憶がはっきりしないですが、確か閉店1時間前の22時に出勤(後に22時半出勤に変わる)。
まずは一足早く営業を終えている店舗2階とトイレ清掃から始め、店舗が閉店したらゴミを捨てに行き、1階フロアーと全ての窓、それから厨房を掃除し、朝になってオープン準備のクルーが来たら外へ出て駐車場とゴミ庫(ゴミを一次的にまとめておく倉庫)、事務所と、9時間(10時間だったかもしれない)かけて清掃していく流れ。

ある日、出勤して2階を掃除しようと思ったけど、まだ2階から下りて来ないお客さまが。
よくあることで、こんなときは配慮して閉店時間まで待ち、その間別な場所を掃除する決まりでした。
ほうきとちりとり持って、薄暗い駐車場のゴミを集めることにし、外へ。

するとドライブスルーのところにぽんっと、ハンバーガーが何故か転がっていました。
作り置きした商品は、時間が経つとまだじゅうぶん食べられるのにゴミ袋に入れて捨てられます。
クルーの誰かがゴミ袋をゴミ庫へ持っていくときに1個落としたのかな。
拾って捨てようとしたら、視線を感じました。
鴉(からす)の羽根ように真っ黒い、細い猫さんがハンバーガーをじっと見つめていたのです。
当時は猫とほとんど関わったことがなく、新鮮な驚きでした。

ハンバーガーを捨てるのを止め、店内へ戻りました。
翌朝、再び駐車場の清掃の為外へ出ると、ハンバーガーは無くなっていて代わりにピクルスが。
ぴくるすっておいしくないんだなと、当時まだマックのハンバーガーを一度も食べたことがなかった自分は思いました。


安部光俊/Workin' For The Weekend

閉店後の店内はエアコンも消され、防犯の為窓も閉め切って夏はうだるような暑さに。白いつなぎの上半身を脱いでTシャツだけになり、両袖を腰のあたりでしばって氷水を飲み、朝まで掃除をしました。
誰も居ない店内で安もののヘッドホンステレオ(遊歩人)に、やはり安いアクティブスピーカーをつけ、カセットテープにダビングしたあんべ光俊さんのアルバムを聴き乍ら、。
将来が見えなかった私は、枯れた声で下層労働者やはみ出し者の悲哀を叫ぶようにうたう、彼の80年代中期頃の作品に傾倒していきました。

あの黒猫は、閉店後にゴミを捨てに行くと、いつも何処からともなくやってきてゴミを庫内に入れる自分を見つめました。
本当はいけないことですが、ゴミのなかから手をつけていないナゲットやバーガーを抛って立ち去るようにしました。また、ときにはゴミ庫のドアもわざと開けっ放しに。

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1990年。漠然と将来のことを考えていた自分は、当時まだ持っている人も多くなかったパソコンを購入。更に情報処理・ワープロ・英会話を勉強できる専門学校へ通おうとしてお金を貯めていました。
マクドナルドの給料は安く、ちょうどこの頃、朝から夕刻まで働けるゲームセンターでアルバイトしてた友人に一緒にやろうと誘われました。行く予定だった学校が18時から始まることもあり、マックは辞めることに。
挫折から抜け出し、将来への希望が少し見えた頃でした。

9月。あと数回で勤務が終わるある晩。
いつもと同じようにゴミを捨てに行くと、誰かが開けっ放しにしていたゴミ庫から、あの黒猫がピュッと飛び出していくのが見えました。
とうとう一度も触らせてくれなかったな、と思い乍ら歩いて行くと、数匹の仔猫が次々に飛び出していきます。
庫内を覗くと、段ボールのなかに仔猫が一匹。
死んでる?!と一瞬思いましたけど、仔猫はゴロゴロ。そして私の存在にようやく気づき(笑)、慌てて飛び出して、心配そうにこちらをみつめる母猫の元へ。

あの黒猫、お母さんになったのか。

そのときなにか優しい気持ちになったのを、今でも憶えています。

あの猫親子を見たのはそれが最後で、その後どうなったかは分かりません。

このお店へ来ると、安部光俊と、40度に達する暑い店内、ナゲットをうまそうに喰う痩せっぽちな野良猫、それから、痩せこけていた私の心を思い出します。




吉崎硝子さんの楽曲をライブハウスで聴かせてもらったのが切っ掛けで書きはじめた不定期連載日記、「君と僕の物語」。
最後までお読みくださってありがとうございます。

もう少し続きます。
次回はあいつのことを書いてみようかな。