久しぶりに晴れた東京
叔父の家の整理に行ってまいりました
こちらも久しぶり
衣装部屋と押し入れの中の衣類を
すべて出して
まずは叔父から
「これは絶対持っておいてね」と
仰せつかったものを分けて
それ以外で
私がとっておきたいものや
譲りたい人が思い浮かぶもの
そして
「ごめんなさい
これは処分させていただきます」
を分別して
車に乗せられるだけのものを
持って帰ってきました
とっておきたいものはベッドの上へ
疲れてきて丁寧に畳めていない
奥のルイヴィトンの袋には
なぜかノースフェイスのダウンジャケットが!
7着も⁉︎
そう
このブログでも書きましたが
やっぱり、まったく同じものが
出てくる!出てくる!!
Tシャツなんか
同色、同デザインのものが20枚もありました‼︎
叔父には申し訳ないけれど
私にはそのすべてを取ってはおけないので
どなたかに引き取っていただける
最善の方法を考えます
そんなたくさんの衣類の中で
私が懐かしいって浸ったのが
Mademoiselle NON NON
(マドモアゼルノンノン)のニット
今では
ご存知の方は少ないかもしれません
原宿の同潤会アパートに
1964年にオープンしたお店で
東京オリンピックの年ですね
デザイナーは荒牧太郎さん
その後に立ち上げられた
papas(パパス)のデザイナーとして
知っている方は多いのではないでしょうか
同潤会アパートのお店は
小さな間口を入ると
真っ直ぐ縦に続いていて
壁一面の棚には
Mademoiselle NON NONの
Tシャツがぎっしり
どれもが無地かボーダーに
Mademoiselle NON NONのロゴ
私が小学生の頃から
当時、原宿に住んでいた
叔父叔母の家に遊びに行くたびに
連れて行ってもらっていましたが
子どもながらにパリっぽいなんて
思っていました
きっと誰かがそう言っていたのを
聞いたのでしょうね
いつもお店には
荒牧太郎さんがいらして
叔父は
「太郎ちゃん」なんて呼んでいましたが
いささか無愛想な太郎さんは
私にとっては
ちょっと怖いおじさんでした
今思えば人見知りだったのかも
このときの私が着ているTシャツが
Mademoiselle NON NONです
本来の
Mademoiselle NON NONらしさは
もっと体にフィットする
コンパクトなのですが
この頃の私には
抵抗があったと思われます
Mademoiselle NON NONを
はじめとして
同潤会アパートには思い出がいっぱい
今は今の良さがあるけれど
やっぱり当時の原宿は好きだなぁ
なんて
思い出に浸っております
いい加減だけどね
良い休日をありがとう❤️