かれこれいろいろありました。(なにがや)
私が中学生の頃、1980年代前半のことです。
当時は英国ポップスが大流行しており、アメリカのビルボードチャートやMTVでもランクインしない時はないくらいでした。
その数か月後にはLAメタルを聴き始めるのですが、私が初めて自覚して聴いた洋楽はカルチャークラブというグループのダンサブルビートなポップスでした。
(自覚しなかった時期には年の離れた兄、姉が聴いてたABBAとかKISSとかあるんですけどね。)
当時、このカルチャークラブとデュラン・デュランは英国を代表する2大トップスターでした。
カルチャークラブはちょっと(もう文字通り)毛色が違ってたので仲間内でアルバムまで買って聴いていたのは私だけでしたが、そのアルバムを貸してみんなが聴く感じ。
他の友達はデュラン・デュランや他のアーティストのアルバムを買ってみんなで回すみたいなイメージでした。
まだ前振りですよ。もうちょっと前振りですよ。
これがもう全員が全員で歌えるくらい聴きこんでました。
友達なんか、ふざけて「サイモンルボンのマネ!」とか言ってそりゃもうそっくりに歌えるくらい。
(注:女性)
みんなで「すごい似てる!やめて!!」と爆笑してたりね。
でも、その友達が17歳の時、交通事故で亡くなりまして。
前も書いたことあるかもですが。
17歳という多感な時期に、それも事故で突然喪ってしまったものですから、とてもとても後を引きまして。
デュラン・デュランを聴くと彼女を思い出してしまうので聴けなくなってしまったのですよ。
再び聴けるようになるまで30年かかりました。
さあ!ここまでが前振りです。
まあ、最近になって聴いたってことの説明なだけなんですけどね。
ひっさしぶりに聴いて(AppleMusic、なんでもあるわー)「うえー!30年経っても歌詞覚えてるもんだなー」とびっくりしたしだいでして。
若い頃に覚えたことってずっと残っているものなんですね。というハナシじゃなくて。
当時、歌詞の意味が知りたくて、学校の勉強なんてそっちのけで歌詞の単語の意味を調べて文章に書いたりしてました。
で、当時歌えるくらい覚えましたけど、文章を聴いてぱっと意味が浮かぶ、というレベルじゃありません。まだまだ「これがこういう意味だから」とか、必死で着いて行ってる感じですね。
そして今、そこそこ英語のレベルも上がって久しぶりに聴くデュラン・デュラン。
(基本、アメリカのメタルミュージシャンがお手本だったため)「サイモンルボン、めっちゃイギリス訛り(失礼)やなー」とか思いつつ、すんなり意味が入ってきてけっこうくだらなラブソングが多いですね、デュラン・デュラン。
そして思ったこと。
当時の私、意味も分からず丸覚えって逆にすごいなwと。
今考えるとただただ唱えているだけじゃお経や呪文と同じじゃないwとか。
それでも歌ってれば気分が上がったり泣けたり、勇気をもらったりしたんですよね。
で、思う。(多分ここからが本題)
お経ってそういうことか、って。
お経って仏さまが呟いた言葉を弟子が書き留めたものですよね。
(本人は恥ずかしがってそういうの残さないで!と遺言してるけどw)
一応、日本で普及してるお経はほぼすべて日本語です。(密教は違うよ)
意味が分かると割とまったりほっこりするんですけど、だいたいの人って意味、分かりませんよね?
(WEB上に意訳がけっこう載ってるので興味のある方はお探しになってね)
でもお経に救いを求めたり、願いをかけたりします。
人によっては気持ちが整理されてスッキリする、とか、なんらかの期待をして成果を得ることも多いです。
つまり、お経はロックだ!と。(違)
まあ実際にお経ロックってありますけど、私けっこうお寺の法事とか好きなんです。
あ、もちろん釈迦フリークとかもありますけど、本気でロックだと思ってるからです。
宗派によって歌詞(違)は違いますが、木魚ビートってかなりハイペースですし、宗派によっては太鼓とか出てきてマジかっこいいw
お坊さんって低音の渋いイケボの方が多いですし、どっかの宗派では経典(経本?)をバラバラーって、なんじゃ、どう表現すりゃいいんだコレ、こう、バラバラーっと流す?めくる?みたいなパフォーマンスがあったり、みんなで同じお経を読んだりする宗派だとすごく一体感があったり、大声も出せてなかなかのstress解消になります。おいなぜ英語にしたIME?
なんかいろいろ書きましたが、もっとカジュアルにお経なりお寺なりを楽しめたらいいのに、と思っています。
意味が分かるとむやみに宗教に救いを求めなくなるよ。
だって「南無阿弥陀仏」って、ライブ会場で「アミダー!!」って声かけている程度のものだものw
(キリスト教でいうところの「主よ!」みたいな感じですかね。キリスト教は判りやすい文章になってるからいいよね。)
ぜひとも仏陀の面白話術の意味を知ってほしいです。
(日本のお経は開祖の個人的解釈とかが入ってる場合もありますけどね。)
いやもうだから仏陀がいい人なんだよー、というお話でした。(どこにそんな言葉あった?!)