華龍神社 (花龍神社)
(はなかごじんじゃ)


大和国吉野郡
奈良県吉野郡吉野町菜摘
(詳細住所不明、「菜摘470」と「406」の間に鎮座)
(P無し、十二社神社から徒歩5分余り)

■祭神
(不明)


「吉野川」が大きくうねり湾曲、山々に囲まれた「菜摘」集落に鎮座する社。「菜摘」は万葉集に「夏身」「夏実」としても見られます(詳細は十二社神社の記事参照)。
◎当社はご本殿の背後から両脇を中心とした磐座信仰を始原とした社のようです。背後に一体、さらにその奥に一体、右側(向かって左側)に一体、左後ろに一体とさらにその奥にも一体。また社前には計三体の磐座と思われる岩が座しています。以上が確認済みのもの。縄文時代から人々が生活を営んだ地でもあり、ロマンが膨らみます。
◎創建にまつわる伝承として、「吉野山」の子守明神(吉野水分神社)にゆかりのある人物が花籠を天武天皇に奉ったところ、大いに喜び子守明神を勧請してきたとあります。したがってご祭神は天之水分神というところでしょうか。
◎また地元伝承として、源義経と静御前が「吉野山」から「喜佐谷」を下り、菜摘の大谷家に逗留したというものがあるようです。義経はその後奥州へ向かいますが、静御前は当地に残り花籠を編んでいたとか。
いずれの伝承も後世の附会のように思われますが、天武天皇や義経、静御前ゆかりの地であったようです。


社前の磐座二体。

もう一体が左端に小さく写っています。



ご本殿右側(向かって左側)の岩。




ご本殿裏側のそのまだ先の磐座。


万葉集に詠まれた「菜摘」の「吉野川」(社前を下って撮影)。